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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第三章 法という名の理不尽
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2許されざる倫理観


「……ん、は?」


 メアリーは絶句した。

 それ以上ジャックの口から説明がなされなかったからだ。劣性の民だからなんだ。通常の感覚で生きていたメアリーにはその言葉は未完全のようにしか聞こえない。

 なのに周囲はなんのツッコミもしない。

 あたりは静けさを纏って、それでいて進んでいる。アリオストロは諦めのような表情を作って、ローランドは困ったような表情を作って、ジャックは真顔のまま、その反応が当然のように世界はなんら不自由なく回っていく。

 不気味な気分だ。

 まるで言語が通じない場所に一人できてしまったような、言葉としては理解できるのに頭の中は混乱でいっぱい。そんな衝撃がメアリーの耳を通って脳に直接不快感を届ける。


 世界なのだから、ヒトが生きるのだから、差別はあって仕方ないだろう。

 文明が築かれる中でそう言った悲劇的なこともある。それが現実だ。優しいばかりではない、苦しいことも、目を逸らしてしまいたくなるほどのことだって繰り返される。だが、それにも限度というものがある。


 かつてある人種を消そうとした人がいた。

 そしてその思想はまるで伝播のように広がってしまい、それがひどい差別を生んだ。だが、これは根本的な想像する差別ではない。まるで生きることも死ぬことも許されないような、それでいていない様に扱われるような、形状し難い心情が胸を動かす。

 人権がない。そもそも、人権という概念がない。

 劣性の民は差別されているのではなく、区別された上でいないものとして扱われているのだ。


 差別よりも尚悪い。


 要は生きる血の入った袋だと思われている。

 かろうじて意思疎通のできる動く肉塊だとでも思われているのだろう。


「あ、たまが痛くなってきた」


 痛いどころではない。

 これは差別よりも根が深い。これからを統治していくという視点では目の上のたんこぶになるだろう問題だ。

 差別であってもそうであったが、ベクトルが違うのだ。ヒトのどうしようもない醜さじゃない。いわばこれは神という存在の醜さ。


「とりあえず話を進めてもらおう。それで、話題になってない理由は理解したが、ジャックさんからしてみても劣性の民とは使い勝手のいい生きる駒なんじゃないか?しかも代わりなんていくらでもある」


 刺々しくいうメアリーにアリオストロが反応する。

 だがそれを知ってもメアリーは止まる気はなかった。ここで下手に腫れ物扱いされるのも居た堪れないだろう。それに気にしたところでいつかは向き合わなければならない問題。後に回すことがどんなに愚かなことか、メアリーはそのことを考えられないほど馬鹿ではない。


 だから、この時代のこの世界の価値観に基づいてそう言ってのけた。

 たとえそれでアリオストロが傷つくと知っていてもだ。


 それに彼はもうジャックの手によって優生であるという血統書を貰ったんだ。被差別者が差別側に形式的には回ったのだから、そっち側としても向き合ってもらわないといけない。


「そうだね。世間体に言えば彼らは替の効く駒だ。だけど使えないわけではない。僕にとっては十分な労働力であり、そして労働力である限りは同じ仲間だ。対価を払ってわざわざ雇っているのに勝手に強制解雇されるのは運営に関わる……そう言えば、君は納得してくれるかな?」


 ジャックのその言葉にメアリーは疑心に溢れながらも頷いた。

 この世界の倫理観を知った上でジャックを改めて見ると彼の思想はやけに奇抜だ。メアリーもヒトのことは言えない立場だが――育った環境と鶯鳴という記憶を持つゆえのため特殊である――それでもジャックは異様に見えた。


 なんというか思想が、考え方のロジックがやけに現代的なのである。


 頭がいいとかそういう意味ではなく、神が収める国の民にしては思想が資本主義的であった。

 それが悪いというわけではない。だがどんな環境で育てばこの神至上主義の世界でそのような思想が生まれるのか、メアリーには想像ができなかった。


「……ソピア馬車運営も同じ思想だと思っていい?」

「もちろん。むしろ僕は今ソピア馬車運営の立場でモノを言っているからね」

「あ、そう」

「気に入らない発言かい?」

「いや、このご時世にはだいぶ最先端な考え方だと思ってね」

「それを言える君も大概だよメアリー」


 二人の間に何故か剣呑な空気が流れる。

 先ほどまで劣性の民の扱いについて蟠りを感じていたアリオストロも、劣性の民を消費物として考えるこの世界ではある意味正しい思想を無自覚に持ったローランドも段々と過激さが混じっていく二人のやり取りにあわあわと焦りを募らせていった。


「な、な?一旦落ち着こう」

「そ、そうです。メアリーさんも、ジャックさんも、その落ち着いてください」


 理解が追いつかない様子でも二人の意見に食い違いがないことだけをわかった二人が間に入る。

 そうすればいくつか落ち着いたメアリーはジャックから目を逸らした。


「納得はいかんが」


 この世界の差別思想を知った上で、ソピア馬車運営に所属するすべての人がそれに納得しているかは置いておいて、メアリーは「理解はした」と口にする。

 納得はいってない。劣性の民と呼ばれるモノたちの扱い。それを考慮されていない現代的な依頼。思想的には好ましいとは思うが、なんといか神に準ずる組織ではないといっているようなモノである気がした。神の支配であっても行き届かない場所はあるのか、そんな感覚がする。そしてそれをもたらしたのが目の前の男、ジャックなのではないかとメアリーは心の奥底から疑っていたのだ。


 彼はもしかすると神に叛逆を企てているヒトかもしれない。


 そのために今こうして劣性の民に人権を与えるような動きをして反発の種を植えているのかもしれない。かもしれない止まりであったが、妙に確信めいた感情があった。


 戴冠者として、メアリーは考える。

 普通に考えればジャックのやっていることは、ソピア馬車運営がやっているのは劣性の民の救済。だがそれは後々の神への、セウズ神への不満につながるだろう。真の真っ当な戴冠者であれば彼の行動を咎めるかもしれない。

 だがそもそもの話、そんなことを言って仕舞えば劣性の民であるアリオストロを次期王候補に挙げたメアリーも糾弾されるべきだろう。


 セウズの威を借りて新しい統治と医療の発展を目指すメアリーにとってはジャックはまるで火薬庫のようだった。


 だからこそ真意を今この時聞いておきたかった。

 それがメアリーたちの手元に王冠が来たときに奪い取るための布石なのか、それとも本人の言う通りただのご贔屓として扱って欲しいということなのか、


「ソピア馬車運営も、アスター宿場連盟も王権に対する介入はするつもりはないよ」


 そしてまた心の声を盗み聞くようにジャックはそういった。

 そこでアリオストロもローランドもメアリーが何に懸念を抱いているかを悟る。


「そう、ならいいけど」


 少しだけ引っかかった言葉ではあれど、わざわざ会社の名前を出してまでそういったジャックに免じてメアリーは一旦は疑いの目を瞑る。

 そして次の懸念点である「自警団は何故劣性の民のために動こうとしているのか」について聞こうと思ったとき、ローランドが控えめに手を挙げた。


「どうしたの?」

「いや、その、ソピア馬車運営が劣性の民のためにハイドロの殺人鬼をどうにかしてほしいっていうのはわかったんですが、ではなぜ自警団は動いているのでしょうか?」


 わざわざ別に依頼書を出すということは何か意味があるのではないでしょうか?

 続いた言葉に一層ジャックの笑みが深まった。


「それはね。どうやらハイドロの殺人鬼……そいつに因縁があるらしいんだよ」

 

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