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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第三章 法という名の理不尽
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1許されざる倫理観


「それがね、何故だか知らないけど彼はソピア馬車運営の人々を標的にしているんだよ」


 ジャックはそういうと楽しそうに――彼がそうするべきでは到底ない感情だが――笑顔を浮かべる。

 それはまるで「面白いよね」と言っているようで、事件そのものを演劇として見ているように他人事で、依頼に対してもどこか真面目に頼むとかではなく、おすすめの映画があるから見に行ってきなよ、みたいなチケットを渡してくるような気軽さがあった。


 そんな態度にメアリーとアリオストロ、それからローランドはドン引きする。

 ジャックの持つ倫理観と呼ぶべきなのか、価値観と呼ぶべきものなのか、今まで騙されてきたメアリーやアリオストロは彼が一般的な精神をしていないとは知っていたものの、ここまでとは思いもしていなかったからこそ、ローランドよりも更に深くドン引きしていた。


「ああ……うん、そう」


 メアリーはここからジャックに詳細を聞かないといけないことにげんなりしている。

 聞けば正しい情報をくれることはわかってはいるが、多分この人はずっとニヤニヤ観察しながらメアリーたちにとんでもない情報を伝えてくるのであろう。それを理解した上で聞くのはちょっとだけ抵抗感があった。


 なんというか、ジャックの掌の上で踊らされているような、デジャブ感を感じていたのだ。


 いや掌の上で踊らされているだけならまだいいのかもしれない。

 観劇気分で人生終わらせてきそう、そんな多大なる誤解を抱きながらもメアリーは頑張って情報を引き出すために行動する。


「要はうちのもんに手を出したんだから目つけるけどええんやな……て意味ですね」

「毎回思うけど愉快だよねメアリーって」

「メアリー……多分だけどその後にそれはそうとして面倒ごとは別のものに任せるって注釈はいってるぞ」

「おやアリオストロも愉快なメンバーに加入かな?」


 リーチをかけるようなアリオストロの言葉にジャックは面白いというように笑ってみせる。

 怒ったり、それに対して不快さを出していないところを見るに機嫌を損ねているわけではないだろうが、それにしたって感情の出力が笑みにしか振られてないことはなんというか不気味であった。


「あの、私的にはこの依頼を受けることになんの拒否感もないんですけど……メアリーさんは何か引っかかったんですか?」


 さて、そんなアホみたいなやりとりをする中、一人だけ真面目だったローランドがメアリーに小首を傾げて聞く。

 そして別に隠し立てするつもりもなかったメアリーは、思い出したというようにジャックに手のひらを見せた。その動作があまりにも自然でポカーンとローランドの口が開く。

 何かを察したアリオストロだけが呆れたような目でメアリーを見た。


「依頼者はシモンって方なんでしょうけど、実質これはジャックさんからの依頼だとも取れますよね?もちろん、依頼達成報酬は貰えますよね?」

「抜け目がないよね。だが、それも君の良いところだ。もちろん、ソピア馬車運営からも報酬は出させてもらうよ」


 そういうジャックの顔は指摘されなければタダ働きをさせるつもりでした。

 なんて書いてあるようなちょっと残念そうな表情を浮かばせていた。この野郎。メアリーは胸ぐらを掴んでやりたくなる衝動を何とか誤魔化す。今ここで戦ってもきっとジャックには勝てない。そんな気がしていたからこそ、勝てない勝負には挑まないという姑息な精神でなんとか不満を紛らわした。


 ジャックはそんなメアリーの様子を楽しみながら、新しく依頼書を取り出す。

 そこにはソピア馬車運営からの切実な「ハイドロの殺人鬼をどうにかしてくれ」という嘆願が書いてあり、それを隠していたジャックを責め立てるようにメアリーとアリオストロ、ローランドが視線を向けた。


「いやぁ、出すのを忘れていたよ」

「今からそれは無理がある」

「そう?じゃあ、いいか」


 よくないだろう。

 メアリーはアリオストロとやりあうジャックのセリフを聞いて瞬時にそう思う。

 今までの緊張感など、どこへやら。気が抜けたようなやり取りに、メアリーは一度呼吸を置いてから、ジャックを見る。


「んで、わかってる情報も出してもらえるんだよね?」

「もちろん。まあ、今の所っていう注釈は入るけどね」

「それでいいからキリキリ吐け」


 ぞんざいなメアリーの言い分にジャックは気にした様子もなく、


「相手の武器は魔術。しかも調べる限り焔属性ぽいんだよね」


 と答える。

 想像する殺人鬼というものよりかけ離れた回答にメアリーは一瞬「は?」と惚けた。

 よくある切り裂きジャック――もちろん目の前の男ではない――とか、通り魔とかそんな感じのテンションで武器はナイフや小回りの効くものだと勝手に想像ていたメアリーは、魔術という一見して派手さに傾きがいきそうなものを武器にしていることに疑問を感じた。

 いやもしかしたら、メアリーが知らないだけで派手ではない魔術があるのかもしれない。

 現にジャックが使用する魔術は派手なものではなく日常に使えるちょっとしたものであるため、その可能性は否めない。


 だが焔と聞く限り隠密には向いてないような気がする。

 どうしたって焔は目立ってしまう。たとえ小さくても闇夜に紛れることはできなさそうだ。


 ならばハイドロの殺人鬼は昼型なのか、いや殺人鬼に夜型とか朝型とかあってたまるかという話だが、それはさておきメアリーは親指の腹を何度か押してから「あんたが出ないのは属性が属性だからか?」と気になった点を挙げた。


「おお、正解だよ。どうしても焔属性が相手だと手加減ってのができなくってね」

「手加減できなかったらどうなるんだよ……」


 アリオストロの少々怯えたような言葉にジャックは笑みを向ける。


「どうなると思う?」

「ひえ」


 悲鳴をあげたのはローランドだった。

 思わずメアリーの顔が厳しくなる。その顔にはデカデカと「遊んでないでさっさと答えろ」と気のせいでなければ書いてあった。


「わかってるよ、ちゃんと答えるよ。うーん相手の技量によるけど、領土一個分は許して欲しいな」

「魔術って核ミサイルか何かなのか?」

「なんて?」

「いや、なんでもない」


 思わず鶯鳴のときの規模感で語ってしまう。

 メアリーはなんとか意識を元に戻して、聞き返してきたアリオストロを誤魔化した。

 ジャックは相変わらずにこやかである。先ほどの発言が冗談かそうでないか判断がしにくい、だが終始怯えた様子のローランドを見れば、冗談じゃない可能性が高いとメアリーは推測する。


 もしかしたらジャックがソピア馬車運営とアスター宿場連盟に同時に所属できるのは力押しなのかもしれない。

 先ほどから終始にこにこと笑っているジャックを見て、メアリーはその笑顔の裏にある圧をなんとなく推し量ることができた。


「それで依頼の話に戻るけど、()()()()っていうのはどういうことか、そこを聞きたい」

「うーん。特に拘りはないかな。それこそハイドロの自警団の判断に任せるよ」

「依頼人は自警団のヒトか?」

「そう。そこの副リーダー」


 その言葉にメアリーは考え込む。

 何か突っかかるような、喉元で違和感が行き来しているようなそんな微妙な気持ちに襲われる。何か見逃している。それも結構重要なことを、鶯鳴だったときの記憶がそう主張するようにメアリーを揺さぶる。

 そんな中、座り心地の悪そうなローランドが控えめに手を挙げた。


「どうしたのかな?」

「あの、ハイドロの殺人鬼の話はわかりました……だけどなんでその、あまり有名になってないのかなって、ソピアさんと自警団が動いてるならそれこそもっと噂になってもいいのにって……」


 メアリーとアリオストロにはない着眼点に思わずアリオストロが「おー」と口にした。

 だがそんなアリオストロの余裕は次の瞬間消え去ることになる。


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