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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第三章 法という名の理不尽
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3劣性の民


 続く廊下を歩く。木材でできたそこが時々キシキシと音を鳴らすのを感じ取りながら、廊下の一番奥。大きな窓が見えるそこで、メアリーは足を止めた。

 びくつくローランドを真剣な眼差しで見る。これから話すことが冗談でもないことを示すための警告でもあった。

 ローランドの瞳を見てもその真意はよくわからなかった。それもそうだろう。別にメアリーは心理学者でもないし、神でもない。そんな芸当ができているのなら、対話なんて方法を取る必要だってない。

 ヒトだから、だから対話を取る。

 慎重に、そして大切に。


「アリオストロの件を聞いてどう思った」


 切り出したメアリーは視線をローランドから窓の外に向ける。

 神都ニフタの光景はどこを切り取っても美しいという言葉があう風景だった。美しい街、美しい城、美しい家屋その中にある腐敗しきった思想。皮肉にも見える。それがどれほど愚かで、現代的思想を持った鶯鳴にとって気持ちの悪さを掻き立てるか、きっと共感してくれるものはいない。


 でも理解できる仲間を作らないといけない。


 共感はできなくてもメアリーの考えを理解できるヒト。そうでなければアリオストロが王になった後でも争いは絶えないだろう。それは困る。医学の進歩を何よりも優先させるメアリーにとっては不必要な争いなど研究の邪魔でしかない。


「その、どう、って言葉にするのは、難しいです」

「難しい?なんで?」

「今まで、その、劣性の民との交流はなかったので」


 だからここで試さなければならなかった。

 

 ローランドはそう言って顔を伏せる。

 メアリーは彼女の頭のてっぺんを見ながら、無関心そうに「ふーん」と言葉にした。劣性の民と交流したことがない。この言葉は正直メアリーにとって難解な言葉である。だが被差別民と捉えなおせばなんとか理解できた。

 ローランドは多分結構な地位を持っているヒトだ。

 でなければそう言った言い方は出てこない。見たことないとか、知らないとかだったら劣性の民の母数は少ないと思えたが、交流がないときた。わざわざそう丁重に言うということは言葉に責任を持つヒトであろう。


 ならば偏見的な教育を受けているかもしれない。


 そこまで考えて、切り捨てるか?と心の内のメアリーが嘯く。

 いや、まだ判断は早い。と理性的なメアリーが引き止める。


「どんなことを言われて育ってきたかわからないけどさ、あんたはアリオストロのことをアリオストロとしてみることができるのかい?」

「アリオストロさんのことを?」

「劣性の民なんて大きな主語で語るんじゃなくって、一人のヒトとしてアリオストロを見ることができるのか、てこと」


 そういえばローランドは目を見開いた。

 初めて聞いたような、そんな衝撃を受けた表情をするローランドにメアリーは面倒臭そうに「だいたい主語が大きい言葉を使う奴は大抵ばかだ」とひん曲がった倫理観を伝える。

 「ひとりのヒトとして……」そう噛み締めるローランドを見て、メアリーはとてつもなく悪いことを思いついた。


 もしかしたら悪魔だと罵られるかもしれないが、正直本当の悪魔みたいなヒトを知っているから――これはもちろんジャックのこと――自分なんて可愛いものだろうなんて考えて、メアリーはローランドの恋心を利用することに決めた。


「あんたが好きになったのは、アリオストロなのか?それとも優生の民なのか?」


 ローランドの顔がまるでショートケーキに乗るイチゴのように赤く熟れてくる。

 そして唇を噛み締めながらメアリーの方を見て「いつから……」と言ってくるのを「女の勘」と答えになっていない言葉で片付けた。


「それは、はい、私はアリオストロさんが、その、好きなんだと、思います」

「だろうね。じゃなかったら、大人しくここまでついてこなかっただろうからね」

「私が、そのアリオストロさんをお慕いしていることを可笑しいと思わないんですか?」


 そう言われて今度はメアリーが驚く番になった。

 もしや目の前の少女はメアリーがアリオストロを好き、もしくは両思いとでも思っているのだろうか。

 それは本気でやめて欲しい。メアリーは自分にだって選ぶ権利がある、そう失礼すぎる考えを浮かべて、苦虫を潰したような表情を浮かべながら「私たちは付き合うとか絶対ないから」と念を押すようにそう言った。


「そう、なんですね」

「だから安心してアリオストロを好きなままでいな」

「あ、いやそう言う意味じゃあ」

「はいはい」


 惚気話を聞くつもりはない。メアリーはさっさと本題に戻るために「それで」と口にする。


「それで、最初の疑問に戻るけど、結局あんたが好きになったヒトはアリオストロなの?それとも自分を助けてくれた優生の民なら誰でもよかったの?」


 ずるい言い方なのは理解している。

 だが、こちらはお遊びで旅をしているつもりはない。これからも生半可な気持ちでいられるのは困るのだ。足を引っ張るヒトがいてもフォローできるほどの余裕はメアリーたちにはないのだから。


「ち、違います」


 助けられたから好きになる。

 そんな不名誉なこと地位が高いヒトほど認めたくないだろう。加えて、メアリーの問いはローランドの()()()()()()()()()()()()()()()()だ。メアリーの返答にイエスと答えた時点でローランドの立場はなくなる。

 誘導尋問であることに変わりはない。

 いやだがジャックと同じ手法を取っている。

 ジャックとの差は相手がその手法を使っていると理解しているかしていないか、メアリーは誘導されていることに気がついていた、だがローランドは気がついていない。


 面白い具合にメアリーに対して怒りをあらわにさせながら「そうじゃありません!」と答えた。

 それを待っていたと言うようにメアリーは「ごめんごめん」と思ってもない謝罪の言葉を口にする。


「でもそこはちゃんと確認したくてね」


 メアリーの言葉にローランドは押し黙った。

 それから少しだけ躊躇うように、言葉を重ねていく。


「最初は驚きました。けど、その、嫌悪感とかじゃなくって」

「知識と見たものの齟齬か?」

「多分そうだと思います」


 ローランドはそういうと、メアリーに乗せられるまま口を開く。


「劣性の民はセウズ神の栄光を得られなかった敗者であると教わりました」

「敗者ねぇ」


 それならローランドの困惑も理解できる。

 セウズ神の栄光を得られなかった敗者がなぜ次期王候補になっているのか、セウズ神に選ばれた戴冠者が何故劣性の民を選んだのか、矛盾なことが起きていることにローランドの思考は止まったのだ。


「メアリーさんが騙されているのかと思いました」


 そう考えるよな。

 メアリーはその思考に至ったローランドを責めるわけでもなく「それで」と言った。正直なことろメアリーはアリオストロが己を騙したとは思っていない。むしろ無理矢理メアリーがアリオストロを次期王候補に吊り上げたのだ。メアリーがアリオストロを騙すことはあってもその逆はあり得ないのだ。


 しかしそんな事情を知らないローランドは正解を見つけるために何度も言葉に詰まりながら、自分が納得できる答えを探す。


「でも劣性の民であることを知っても、あの部屋での重い空気を感じても一切アリオストロさんを非難するような態度を見せなかった」

「私に取ってはアリオストロは自己肯定感の低いバカだからね」

「……そして、さっきのメアリーさんの言葉で思いました」


 ローランドはそこまでいって、呼吸を整えた。

 それから両手を胸元の前で握り、少々興奮した様子で口早にいう。


「私は、アリオストロさんに惹かれました。そしてそれは劣性の民とは関係はありません。ただ彼がたまたま劣性の民だっただけ、それをメアリーさんが教えてくれた」


 メアリーは思わず真顔になった。

 確かにメアリー側に引き込むことが必要だと思っていた。それに間違えはない。だがなんだかおかしな方向に変わっているようなそんな気がする。斜め四十五度くらい方向性が変わっているような。


「だから私は私の好きなアリオストロさんを信じます!」


 若干信仰心が見えすいた言葉にメアリーは、気圧されるように「あ、はい、そうですか」としか答えられなかった。

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