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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第三章 法という名の理不尽
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1劣性の民


「……どうしたんだいアリオストロ」


 必死に涙を拭っては、更に滝のように涙の雫をぼろぼろと流すアリオストロにメアリーはそう言うしかなかった。

 多分状況を理解しているローランドは懐疑的な表情をしながら困惑しており、それを齎したジャックはにこにこと笑っている。

 今現在が理解できない。なぜアリオストロが泣いているかも、ローランドがアリオストロを見つつ懐疑的な視線を向けているかも、そしてこんなに楽しそうにジャックが笑うのかも。


 手がかりとしては、この銅色のプレートに刻まれた「優生証明済み」と言う言葉だろうか、プレートに視線を向けてその文字を指でなぞる。何も種も仕掛けもない。ただの文字。だがもしも、もしもこの世界に優生学なんて時代遅れな考えが普及しているのだとしたら……。


 アリオストロを見る。

 彼は確かに極端に自己肯定感が低かった。王になるものとしてそこは直さないとな、なんて思ってしまうくらいには、だがその原因をメアリーは今まで彼の育ってきた環境=貧しさのせいだと思っていた。


「これ、は、本当に……?」

「言っただろう?手続きには一ヶ月はかかるんだ。その一ヶ月はその子が本当に優生証を持っているかの確認……それを僕の権限でスキップしたのさ」


 嗚咽を殺しながら聞いたアリオストロにジャックは楽しげにそう言ってのけた。

 そこでメアリーも現状を把握する。要するにアリオストロは優生ではなく、劣性という印を押されていた被差別民だったのだ。鶯鳴の記憶の限りだと優生学とはその名前の通りより良き遺伝子を広め、悪しき遺伝子を淘汰しようという馬鹿げた研究である。

 ようこそ意味のわからない世界へ。

 神がいる前提で作られた世界では普及が難しいはずなのに、なぜか生まれることができてしまっている優生学に心の中で悪態をつく。

 科学が衰退している世界でそんなものはヒトから普及されるはずはない。と言うことは神が優生の民と劣性の民がいるとでも宣ったのか。


 セウズ神の意思がわからない。

 いや、メアリー的にはわかってたまるか。なんてことも思っているがそれ以上に優生学を作った上でセウズ神がやろうとしていることがわからない。優生学を作ることでセウズ神は何か得るものはあるのか、ないなんてことはないだろう。ひとりのヒトが泣くほど優生証明というのが大切と言うことはそれだけ根深いと言うことだ。


 根深いと言うことはそれだけ歴史があると言うこと、そうやって長く積み上げたと言うことは何か利益を得ていると言うこと。


 でなければこんな面倒くさい思想を入れる理由がない。

 後世に酷い形で爪痕を残す法なんて。


 メアリーはそこまで考えて、横目でローランドを見た。

 懸念点は彼女だ。彼女がここでアリオストロの身分に対して拒否反応を出したら、それこそアリオストロの精神的な弱さを肯定してしまうことになるだろう。それはまずい。最悪メアリーと培ってきた信頼関係も破綻する可能性がある。口元に触れる。それから汗ばんでいく背中をなんとか落ち着かせようと努力し細かく息を吐いた。


「やっぱり君は面白いね。メアリー」


 そのとき、口を出したのはこの爆破物を取り出したジャックだった。

 ジャックはメアリーの指先から瞳まで視線を這わせそれか満足げに笑う。


「君はこの世界に対して無知すぎる。劣性の民の存在も今知ったようだしね」

「は?」

「え?」


 左右から聞こえる驚きの声にメアリーは押し黙ってジャックを見た。

 睨みとも取れるかもしれない。もしくは怒りとも取れるかもしれない。ただわかるのは今なぜそんなことを?と言う疑問が混ざっていたと言うことだ。

 ジャックはキセルに口をつけるそれから余裕そうに煙を楽しみながら「ふー」と煙と共に息を吐く。


「出身はどこだい?」

「北だよ。ポスよりもずっと北」

「へぇ……君の思考回路や学習能力的に随分な高待遇を受けていたと思われるけど?」

「孤児院で教育を受けていただけだ」

「それは面白いね」

「で、要件はなんだい」


 談笑を好まないメアリーのピッシャリとした言い方に、ジャックは「まぁまぁ」と嬉しげに答える。

 キセルをくるりと回して、それからまた唇に戻す。そして煙を吸って、また吐いた。


「話し合いって嫌い?」

「今はそんなことを言っている場合なのか?」


 泣きっ面に蜂。

 メアリーの視線にびくつくアリオストロを見てそんな諺を思い出したメアリーは肩をすくめた。こんな状況のアリオストロをまずどうにかしたいのだ。多分頭の中で開催されている劣性の民だとバレた〜的な思考を一旦止めたい。

 だからさっさとこの話を終わらす方向性で話を進める。


「ふふ、性急だな。まぁでも、簡単に話が済むのはこちらとしても嬉しい限りだよ」


 ジャックはそう含みを持たせて言った。

 何かおかしなことを、一瞬自分が取り返しのつかないことをしたのではないかという疑念に取り憑かれる。

 だが、何も、それこそただのお話し合いみたいな軽い話題しか話していないため、早々にメアリーは気のせいだと鼓動する心臓を押さえつけた。


「その冒険者証明証は文字通り、冒険者だと言う身分を表すためのものだ。今後は戴冠者であることを隠さないといけないんじゃないかなって思って、勝手に作らせてもらったよ」


 頼んでない。

 とは流石にアリオストロの前では言えなかった。

 メアリーは再びプレートを見てから「なんで銅なんかで?」ときく。


「まぁ階級みたいなものだよ。そのプレートの色によって出来る依頼が変わってくる……みたいなシステムでね」


 そういうとジャックはキセルを持っていない手で懐を探る。

 そして出したのは銀、金、プラチナのプレートだった。ジャックはそれを見せびらかすように机に置く。それからわかりやすいようにキセルで指を刺すように示す。


「銅の次は銀。最高級はプラチナ。プラチナになればなんと全ての依頼を受ける権利に加えてアスター宿場連盟やソピア馬車運営の利用時の代金が一割になるんだ」

「銅だと?」

「四割負担だね」


 なるほど、と言うことはこれはマイナンバーや保険証のようなものであるのか。

 メアリーは一人納得して、銅色のプレートをポーチの中に入れた。


 それにしてもこんなに軽いものでヒトの人生を左右できるとは皮肉なものだ。

 メアリーはそう思いながらさほど重みの変わらないポーチとアリオストロを見比べる。彼に取っては知られたくなかったことなのだろう。どれほどの差別が横行したのか、それを見たこともないメアリーはそう思うこと以上のことはできなかった。


 胸が突っかかるような、そんな感触を覚える。

 やるせなさなのか、この国の制度への怒りなのか、メアリーは自分の感情を定義することができなかった。


「これからもご贔屓に、それから告知よろしくってところか?」

「おお、流石、そうそう。何度も言うけど僕は慈善家ではないから」

「抜け目がないな」

「褒め言葉として受け取っておくね」


 口にしないが、劣性の民を違法的に優生の民にしてやったぞ、という真意も感じる。

 と言うかそもそも劣性の民と優生の民ってどう区別されるのだろうか、一見して何かが違うとか、容姿の違いや身体的特徴の違いとかそう言ったものには見えない。判別するのは難しいのではないのか、まさか本当に血統書みたいなのがあるのか。


 そこまで考えて、まぁ聞けないよな。

 そう思う。どうしたってアリオストロを傷つけることになるだろうし、そして何よりも無意味にヒトを傷つける趣味を持っていないのだ。


 そんなことを考えていれば、ジャックは今度はメアリーから視線を外してアリオストロを見る。

 今まで以上に肩を跳ねさせたアリオストロににっこりと微笑み。それから、


「アリオストロと話がしたいからね。二人ともちょっとだけ席を外れてくれないかい?」


 と曰った。

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