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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第二章 戴冠者を襲うもの
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4ジャックの再来


「待ってほしい。簒奪者ウェヌスタってそもそもなんだ?」


 アリオストロが不思議そうに目を瞬かせる。

 一方でメアリーは口の中で飴を転がすようにその名前を吟味した。簒奪者と言うことは何かから奪うと言う意味だろう。ウェヌスタの意味は流石にメアリーもわからなかったが、それでもその組織が北野町ポスを襲撃したと言う情報だけである程度予測ができる。


「神の統治下にある領地を簒奪しているってことかい?」

「あ、はい。メアリーさんの言う通りです」

「簒奪ってセウズ神の領地を!?」


 驚きを隠せないと言うようにアリオストロはいう。

 そう言った反応が当たり前なんだろう。どこか他人事のように考えたメアリーは目の前にいるジャックへと視線を戻す。彼は優雅にキセルを取り出して、それから口をつけてモクモクと煙を立てる。

 一体どう言う原理なのか、そんなツッコミをしたかったものの、どうせ帰ってくるのは魔術という理解し難い単語だろうと考えてメアリーは話題を変えるように「それで」と口を開いた。


「実際あんたは内通者なの?」


 まぁ、ないだろうな。

 本当に内通者であれば今の話をしたのはおかしな事だ。手の内を明かさないと言う方針をとるジャックの動きに矛盾が発生する。だから否定されることを前提にメアリーは軽くそう聞いた。

 メアリーの推測に間違いわなかった。

 ジャックは一瞬目を丸くさせたものの、面白いものを見るようにメアリーを視界に収める。


「ないって思っているくせに、君は面白いな……」


 そう言ってから、ジャックはすぐに「もちろん内通者じゃないよ」とニヤニヤしながら言った。


「神殿側も君みたいに利口であってくれればいいんだけどね」


 そう付け足してため息を吐くジャックにメアリーは彼が神罰代行騎士団に目をつけられているのではないかと訝しんだ。

 と言うのも、その簒奪者ウェヌスタとの内通情報が嘘ならまだしも、ジャックの発言を信じるなら確固たる証拠もなしに神罰代行なんて仰々しい名前をした組織が動くはずがないと考えたからだ。他に何か隠していることがある。例えばジャックの動きが神殿側に不利な何かにつながったとか、あくまでメアリーは考察止まりになってしまうが、彼との関係を明かされることはまずいことになる……と言うことだけは理解できた。


 また彼の術中に嵌っていたのだ。


 これだから商人が嫌いになるのだ。そんなことを心の中でぼやきつつ、メアリーはジャックを一秒でも早く視界から消したいがために「それで今度は何で私たちを利用しようと?」とぶすくれながら訊いた。


「メアリーが気がついているように、君たちが僕と個人的な繋がりを持っていることを知られるのはまずいってことを理解して話を聞いてほしいんだけど」


 そこでアリオストロとローランドがこの状況が最悪であると知り驚愕する。

 そしてメアリーはまるで自分の思考が読まれたような発言に警戒心を露わにした。


「ウィンウィンな話をしよう」


 脅しておいて軽い口調ですでに不利な交渉の席へと立たせる。

 つまり黙っておくからこっちの要求をのめ、と言うことだろう。ソピア馬車運営やアスター宿場連盟に所属するジャックの部下がどれほどの規模かはわからないが、断ればそれはもうさぞ早く噂が広まるのだろう。

 例えそれが嘘であっても、耳にしたヒトが多ければ多いほど真実だと思われるのがヒトの認識の欠点だ。


 民主主義的と言えばいいのか、要するに後ろ盾のないメアリーたちにとっては大きな損害となるだろう。


「僕は君達との関係を黙っておこう。代わりと言ってはなんだけど……ブルゴーニュ邸で盗んできた金銀財宝を僕にくれないかな?」


 メアリーは思わず懐に入ったズダ袋を掴む。

 どこまでお見通しなのか、思わず忌々しいと言う視線をジャックに浴びせれば彼はなんてこともないように、


「それを持っていても君がウェヌスタとの関係が疑われるだけさ、もちろん適正価格で買い取ろう。ほら、ウィンウィンだろう?」


 言葉にすれば確かにウィンウィンに聞こえるが、どう考えても紙幣を普及させたいジャックの思考が滲み出るように見える。

 何がウィンウィンだ。ちゃっかり自分の利益を多くもらおうとしているジャックの発言にメアリーは内心舌打ちをした。


 何が何だかわかっていないローランドを置いて、メアリーは己のズダ袋を出す。

 その中からちゃっかりと手に入れた財宝を出せば、ジャックは嬉しそうにあの異空間のような円状の黒い穴を発生させてそこから紙幣を取り出した。


 そしてそれを机の上に置いて、メアリーにも財宝を机の上に置くように誘導する。


 忌々しく思いながらもメアリーはそれに従いトレースするように代わりの厚みのある紙幣を手に取った。それを乱雑にずだ袋に入れた頃にはジャックも財宝をあの穴の中に入れ終わっていた。


 ローランドの肩が跳ねる。

 彼女も初めて魔術を見たのだろうか、そう思いながらその話は後々でいいだろうと考えメアリーはさっさと話を終わらそうと口を開いたところで、遮るようにジャックが「それじゃあ」と話を続ける体勢を作った。

 まだ何かあるのか、げんなりするメアリーにアリオストロが同意するように目を据わらせる。


「僕の提案に乗ってくれた君たちにお礼と言ってはなんだけど……」


 そう言うとジャックはその懐から何かを探すように手を動かす。

 それから「あったあった」と軽く答えて、板のようなものを三枚メアリー、アリオストロ、それからローランドの前に置いた。


「いやぁ、備えあれば憂いなしと思って五個ほど持ってきていてよかったよ」

「……なんだこれ」


 メアリーが突くように銅色のプレートに触れる。

 まさかクーポン券とでも言うつもりだろうか、金銭周りで信用がなくなっていくジャックを前に疑い深そうにアリオストロ共々そのプレートを見ていればジャックが楽しそうに「冒険者証明書だよ」と言った。


 冒険者証明書。

 名前を信じるなら冒険者であるという証明のものだが、免許みたいなものだろうか。

 幅広くやってんなと思いつつ銅色のプレートをひっくり返せばそこには「優生証明済み」と刻印されていた。


 はぁ。

 優生証明とはなんだろうか。


 まさかだと思うがここまで衰退している文明の中に優生学なんて近代的な――鶯鳴の世界では古臭い意味もない学であったが――そんなものがあるのだろうか。あるとして、もし優生だったらなんか猫とか犬みたいに血統書付き見たいなテンションで扱われているのだろうか。


 どうでもいいな。

 そう考えていたからこそ、メアリーはアリオストロの変化に気がつくことができなかった。

 むしろ何を自信満々にと思ってジャックを見ていたため、事の重要性に気がつくことができなかったのだ。


「それで、今度はこれの広告のつもり?」

「おや、それだけじゃあ足りないかい?」

「広告に使うつもりならもっとこっちに利益があるものが欲しいんだけど?」

「これを発行するのに一ヶ月はかかるものだよ?」


 市役所案件の書類か何かか。

 メアリーはそう突っ込みたいのをなんとか我慢する。そしてニヤニヤ度が深まるジャックに思わず腹を立てた。

 なんだこいつ。

 そう言葉にする前に、割り込むように「君に取っては価値のないものでもね」とジャックが口にする。


「これによって人生が変わる奴もいるんだよ。ほら例えば、君の隣にいるアリオストロとか、ね?アリオストロ」


 そこでようやくメアリーはアリオストロの異変に気が付いた。

 彼は銅色のプレートの裏面を見て、ボロボロと涙を零れさせていたのだった。

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