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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第二章 戴冠者を襲うもの
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8神饌の戴冠者


 メアリーのその言葉に慄いたのは……アリオストロだった。


「お、おい。け、喧嘩はどうかと思うぞ俺は」

「居たんか」


 冷戦のようなピリつく空間に現れたのは先ほどまで風呂に入っていたアリオストロだった。

 アリオストロはこの状況がよく理解できないまま、間に入るようにそう言った。まぁ、喧嘩の間に入るにしては腰が引けているが、この際それは無視することにする。アリオストロが自信満々なところなど指を数える程度しかないのだから、ダメなところを数えてもキリがないだろう。


 さて、そんな侵入者に驚いたのは少女もだった。

 彼女は難しそうに顰めた眉をそのままに怪訝な表情でアリオストロの頭から足先まで見る。それから、両手で己の口を押さえて、


「あなた騙されているのよ!」


 と勝手に始めた。

 その勢いに押されるかのようにアリオストロは「お、おう」となぜか肯定とも取れる発言をする。ヒトからどう見られるかについて風呂に行く前にメアリーに話された言葉はどうやら忘れてしまったらしい。そんな様子のアリオストロに肩を落としてから、メアリーは「わかってないのに頷くな」と叱咤した。


「いや、だって、あまりにも圧が……」

「圧が?」

「いえ、なんでもありません」


 よろしい。

 そう言うようにメアリーの切長の目がアリオストロから少女に移る。


「そもそも名前も名乗らない不誠実なヒトが戴冠者であることも信じられない。そこら辺はどう弁解するわけ?」


 メアリーのキレのいい言葉に少女は唸った。

 確かに第三者から見れば悪はどちらかといえばメアリーではなく少女の方だろう。そうなれば、この言い合いの勝者は必然的にメアリーとなるのだが、己が戴冠者でないと認めるなんて出来るはずもない少女は、フンと鼻を鳴らして顔を逸らした。


「私の名前はアンジェリカよ!!わざわざ名乗らなきゃいけないなんて本当に世間知らずね!」

「いや、普通は有名でも名乗るだろう……」

「何!喧嘩でもするつもり!?」

「いや、そんなことは言ってないけど……」


 アリオストロの正論の攻撃に逆ギレで返すアンジェリカにメアリーは頭を抱えた。

 それから相手にするだけ無駄だと早々に決めたらしい。アリオストロの耳……ではなく両肩を持って、部屋の中に誘導する。それから口論を始めようと構えたアンジェリカを無視して、今度こそ扉を閉めた。


「ちょっとあんた達!!」


 ウニャウニャ言うアンジェリカを無視してメアリーは窓の近くにある椅子に腰掛ける。

 促すようにアリオストロを見れば、彼は少しだけ困惑したように扉を見てから、恐る恐る腰を落ち着かせた。まるで気にしないと言うようにキャンキャンと吠える声を聞きながら、メアリーはアリオストロの行動に対して警告する。


「間違ったことは言ってないんだから、あんたが気圧されてどうするんだい?」

「あ、いや、そうだよな。そうだけどな……アレ無視していいのか?」

「品がない嬢ちゃんの相手ほど大変なことはないんだよ」

「ああ、そう……」


 未だに叫び続けるアンジェリカの声をBGMにメアリーはアリオストロに気になることを訊いた。


「そういえば、次期王候補のことなんか知れたか?」


 そういうとアリオストロは一瞬押し黙る。それから苦々しいと言うように「シャルルがいた」とだけ口にした。


「なんだって?」

「シャルルがいたんだよ。北の街のポスの……」

「そんなことはわかってる。私が今考えてるのはブルゴーニュさんが私以外の戴冠者を手に入れられたことについてだよ」


 刺客を送り込むくらいメアリーを重視していたブルゴーニュであったが、その間に他の戴冠者を手に入れることができたと言うことだろうか、メアリーは顔を下に向けて考え込む。あの短期間でそれができるものなのだろうか、そこまで考えて、メアリーの頭には赤毛の少女の面影が浮かんだ。

 名前はラ、だったかアだったか忘れたけれども、そんな感じの孤児院で共に過ごした同僚のような存在。

 確か孤児院の先生だったヒトに縋り泣き神の声について相談していたことを思い出す。


「なるほどね」

「なるほどって?」

「いや、そういえば私の近くにもう一人戴冠者がいたなって……」

「めっちゃ重要なことじゃないか!!」


 アリオストロの言葉にメアリーは思わずその顎に向かって拳を振った。

 見事命中した攻撃にアリオストロは悶えるように身体をうねらす。その姿があまりにも滑稽で「ふっ」と鼻から息を吐き出して笑う。

 現在進行形で顎を押さえて喚くアリオストロにメアリーは「気にする必要ない」とだけ言った。


「アレが戴冠者なら、得に必要な処置はない」


 記憶にも残らなかった少女のことだ。

 彼女が武に秀でているやら知に優れているという情報もない。なら彼女本体への警戒はしても意味がない。そして選ばれたであろうシャルルも、すでに口で言いまかした功績がある。そして領主の息子という立場から、それなりの武術は持っていても勝るほどではないと思っていた。だからなんら気にする必要はない。


 しかしこのことをメアリーはアリオストロにどう説明すべきか迷った。


 アリオストロは赤毛の少女を知らないわけで、今の段階的にシャルルというイメージは刺客というイメージと繋がっている可能性がある。そのメアリーの考えは当たらずとも遠からずであった。アリオストロは完全にシャルルをヤバい奴だと思っていたし、風呂であったときなどメアリーの進言がなければ飛び跳ねてすっ転んでいただろう。


 風呂の中で会話らしい会話などなかったが……そこまで考えて、アリオストロは「あ」と零した。


「アーテニーてやつが話しかけてきたな」

「ほう?どんな話をしたんだ?」

「そのことなんだが、どうやら北の街ポスが陥落したらしい」


 唐突な重要情報にメアリーの意識は真っ白になる。

 そんな彼女の様子に気がついていないようで、アリオストロはさらに続けた。


「俺たちが出てすぐの話ぽかった」

「待て待て、話が色々と変わってくるよ」


 メアリーたちの脱出後、それを狙っての襲撃。

 そして北の街ポスの陥落。全ての事実を羅列して、やはり浮かび上がるのはあの男であった。


「ジャックさんが関係してるって思うな」

「……メアリーもそう思うか?」


 とんだ重罪人だ。

 一人の少女の善意を踏み躙り、ついでに北の街ポスを蹂躙。シャルルは逃がされ生き残ったのだろう。そこまで考えてメアリーは天井を見上げた。そこには巧みな彫刻で刻まれた神々の姿が芸術品のようにある。アレもアレで頭が痛いがそれよりも、頭が痛いのは全てがジャックの手のひらの上にあるということだ。


「まずこの選別の儀が終わったら、ジャックさんの手のひらから抜け出す方法を考えよう」

「同意だ」

「じゃないと、これからもいいように利用されて気がついたらドツボってこともあるだろうしね」

「ああ」


 アリオストロが神妙な顔で頷く。

 その間も流れるアンジェリカの叫び声。メアリーの額にはすでに血管が浮き出ていた。それでもメアリーはさらに無視を決め込む。


「というか、そもそもの話。選別の儀が何か、それを行なってどうなるのか、そこの見通しも考えたい」

「作戦会議だな?」

「勿論。そうだな……最悪を想定しようまずは」

「最悪?」


 アリオストロが不思議そうに首を傾げた。


「そう最悪。例えば生き残った次期王候補が王として選ばれるとかね」


 メアリーが平然とそういうとアリオストロが固まる。

 ついでにというように「その場でね」と告げたメアリーにアリオストロは「怖いこと言うなよ!」と叫んだ。

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