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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第二章 戴冠者を襲うもの
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7神饌の戴冠者


 風呂に呼ばれたアリオストロを見送った後、メアリーは沈黙を貫き、外の風景を見ていた。

 相変わらず壁のように聳え立つ家々。

 白と青のコントラストは映える様に見えるものの、メアリーの心は僅かばかりも動かない。思い出すのはあの天井画だけだった。オリュンポス十二神。思えば、様々なところに女神の彫刻やそれに準ずるものがあった。あの朽ち果てた神殿だってそうだ。教会でなかった時点で、察するべきことだった。それに加えてセウズ神とやらの名前。よく見ればゼウス神のアナグラムにもならない言葉遊び。ヒントは様々なところにあった。それを見つけれなかったのは、間違いなくメアリーの失態だった。


 だが疑問もある。

 もし本当にメアリーたちに神託を残したのがゼウス神なら、他のオリュンポスの神々はどうなったのか、どうして一神教のような体制を作っているのか、旧文明である絵画が残っているのか……。


 そこまで考えて、廊下の方から大きな物音が聞こえた。

 最初は気にしない方向にいようとしていたものの、次第にその声は大きくなるから否が応でも意識がそちらに向く。メアリーは振り返ったままの姿勢で深くため息を吐いて、考え事を霧散させた。

 ちょうどそのときだった。


 どんどん。


 異常なまでに大きなノック音が聞こえる。

 一瞬、アリオストロかと思ったがそれにしては早かった。だから早々に他人だと決めつけて思考に戻ろうとした。そうする方が有意義であったし、礼儀を知らないヒトに対して割く時間はあいにくのところ存在しなかった。


 どん、どん。


 更にノック音は大きくなる。

 メアリーは体を元の位置に戻して、顎を片手で支えた。完全に無視する方向性だ。開け放った窓から新鮮な空気が入ってくる。それを大きく深呼吸することで味わいつつ、さらに思考を深くまで落とす。


 ギリシャ神話の神々が出てくると言うのに熾天使が出てくるのはおかしい。

 ここでキューピットやらなんやらが出てくるのなら納得はいくが、天使となると想像するのはキリスト教だ。何もかもがあべこべ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 どんどんどん!


 うん。うるさい。

 メアリーはげんなりした気持ちで扉の方向を見る。それからまるで年老いた中年男性のように「よっこらせ」と口にしてから立ち上がり、気怠げに扉の前に立った。正直な気持ちは卒業論文締め切り数秒前に割り込んできた学生を見たような、そんな気持ちだ。その体力と瞬発力を別のところで生かせよ。そんな気持ちにメアリーはなった。

 こんなに急いでなんのようだ。

 と言うか今してるのはとても失礼なことではないのか、言いたいことは山のようにある。出かけた言葉は滝のように強い。だが押し黙る。黙ってメアリーは追撃のノックが来る前に、その扉を開けた。


 そこに立っていたのは勿論、アリオストロではなかった。


 まず初めに目がいったのはその何よりも赤い髪だった。ふわふわとした触り心地の良さそうな赤。それがメアリーの目を惹いてやまなかった。それから目に写ったのはハッキリとした目元。釣り上がった眉が不満をいいたげに更に引き締まった。意志の強い瞳だ。髪と同じくらい赤い瞳にメアリー自信が写る。それを呆然と見たメアリーは次の瞬間、冷や水を被されたかのように現実へと引き戻された。


「この私がわざわざ出向いてあげたのに、何よその態度は!!」


 ええ、それはこっちのセリフなのだが?

 美しさに反して暴言に近いとまで言われる言葉の羅列に一瞬呆気に取られる。それから先ほどまでの感動を全て台無しにさせた少女を置いて、そっとメアリーは扉を閉じた。


「ちょっと何すんのよ!」


 閉じたと思ったら、まさかの足を挟んで阻止してきた。

 その執念やたるや、思わずメアリーは鍋の底に残った程度のカスのような良心から扉を再度開けてあげることにした。むくれたように頬を膨らませる少女に対して、まるで隣人トラブルを受けているヒトのように目を据わらせて、少女に「なんですか」と投げやりな言葉をかけた。


「なっ!私をしらないの!?」

「ええ、全く」

「知ろうともしないの!?」

「ええ、全く」


 どうせ戴冠者だろう。

 今更そんなことで驚くほどメアリーは純粋ではない。驚きと困惑を醸し出す少女には悪いが、メアリーはそのまま部屋に引っ込もうとした。しかしそれは再度阻止される。しかも今度は扉を無理やり押さえての乱暴なやり方だ。フロンが言っていた「頭が良さそうな戴冠者」と言う言葉がなぜだか、本当になぜだか想起させる。


 メアリーは意を込める。

 なぜこんなことをしなくてはならないのか、そんなことを思いつつもこの少女と対話をしないといけないことにげんなりしながら「それで、何の用ですか」と渋々聞いた。


「ふん!わかってるくせに!」


 メアリーは知らない。

 自身満々にそう語る少女を前にメアリーはポカーンとする。


「あんたが偽物の戴冠者なんでしょう!!」


 騙そうったって無駄だわ!!

 そう語る彼女に痛む頭を押さえることになった。

 まず意味がわからない。偽物の戴冠者とは、そしてなぜそれを断じるのが神ではなくこの少女なのか、今は文明の差によるこの世界の正体を探るのに一杯一杯なのだ。余計な問題は増やさないでほしい。メアリーは腕を組んで扉の枠に体重を乗せる。

 少女を見る瞳は無機質で冷淡。

 アリオストロがこの場にいたら間違いなく飛び上がりそうな目で「で、それから?」と続きを促した。


「私にはわかるわ!!だって私こそ、セウズ神に選ばれた戴冠者!」

「戴冠者は四人いるらしいけどそこは?」

「ぐぬぬ、ああ言えばこう言う!!全く戴冠者として相応しくない!やっぱりあなたが偽物なのね!」


 突拍子もない言葉にメアリーはー「はぁ」とため息を吐いた。


「もう一度言うけど、戴冠者は四人いる。たった一人てワケじゃないんだから偽物も偽物じゃないもあってたまるか」


 呆れたようにそういえば、少女は押し黙った口を更にワナワナと震わせてから、キッとメアリーを睨む。

 そして彼女の口から出たのは、予想だにもしないことであった。


「戴冠者が五人出たのよ!!」


 メアリーは思わず目を見開いた。

 と言うことは確かに彼女の言っている意味も間違いない。ジャックの訊いた神託が偽装されているならまだしも、商売人として得にならない嘘を好き好んでするとは思えない。ならば、戴冠者が四人ということは間違ってないはずだ。だが実際は五人現れた。勿論目の前の少女の発言を信じるか、そこが問題となってくるが……。


「全員に会ってきたわ!みんな神聖な空気を感じれた!けどあなただけが違う!!あなたは全く神聖な空気を持ってない!!」


 まぁこの様子じゃあ、嘘を言っているとは思えない。

 だが、それで勝手にこちらを偽物と言われるのは別問題だ。メアリーはムスッと眉を顰めてから、少女を見下ろす。


 過少な存在だ。

 だが声だけは大きい。こう言う奴こそ面倒くさいのだ。


 それは鶯鳴の記憶から学んだことだった。

 それにしても「神聖」とは、正直なところメアリーはそういった直感型ではないのでわからないが、少なくともフロンにも目の前の少女にも神聖さと言う言葉が合うとは思えない。

 もし少女がメアリーに対して行っている高圧的な態度を起こし、他の戴冠者に反感を抱かせて威圧されたのなら、それはもはや神聖とは言わないし、圧に負けたと言うのが現実的だろう。


 だからメアリーは表情を無にした。

 それから目の前の少女を見下げて、それから何にも写らない宝石のような冷酷な瞳を向けて、


「あんたが偽物なんじゃないの?」


 そう言った。

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