表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第二章 戴冠者を襲うもの
39/99

6神饌の戴冠者


 メアリーは湯船から立ち上がると、このフロアの出口へ無言で向かう。そして扉へと手をかけたとき、ぴたりと足を止めた。

 この先に出たらメイドたちがそれはもう準備万端にいるだろう。それをげんなり思いつつフロンから逃れることから喜びつつ、ついて来ない彼女に、振り返らずに言葉をかけることにした。


 静寂を纏ったふりをする。

 心に浮かぶ漣のように押し寄せる様々な感情に戸惑いながら、メアリーは噛み締めた。


 もう、アリオストロでなくていいという段階は遠に超えたのだ。

 今はもうアリオストロでなきゃいけないとまで思っている。


 耳の奥、脳の中で思い出す。破裂音と組織を裏切り、金に目をくらませたフリをして、この国の未来をメアリーとアリオストロに託した少女の純粋な笑顔。


『信じたいんです。戴冠者。それに次期王候補……その役目がきっとこの国をいい方向にしてくれるって』


 その言葉を貰い受けたのは、託されたのはメアリーとアリオストロだ。

 だからこそ、今更アリオストロを裏切り寝返るつもりはない。


「あんたも私も、そんなお気楽に決めた次期王候補じゃないだろ」


 ああ、認めよう。

 メアリーは最初はお気楽に決めた。都合がいいからとアリオストロを選んだ。だが、今はもう違う。


 今度こそメアリーはそのフロアから出ていく。

 フロンはそれを見ながら、重々しそうに「そうだね」とだけこぼして、湯船を満喫するように天井を見上げた。


 メアリーはあの後、想像したように待っていたメイドによって確保されあれよあれよと服を着せられ、髪を乾かされ、ついでにマッサージまでされ高待遇を受けて、自室へと送り返された。

 待っていたアリオストロは変わり果てた……という言い方があっているのかわからないが、足先から頭のてっぺんまでピカピカになり、そこはかとなく疲れ切ったメアリーを見て慄いた。

 勿論それは「次はお前の番だぞ」というメアリーの圧のかかった顔のせいでもあるのだが、なるべく部屋を汚さないようにいい感じの端っこで膝を抱えて待っていたアリオストロにとってはなんというか雰囲気が重苦しくなっていて全体的にメアリーが怖かった。


「他の戴冠者にあった」


 アリオストロが驚きから目を見開く。

 それから戸惑ったように立ち上がって、それからソワソワと指を動かした。


「死んだ?」

「死んでないわ。あんたの目の前にいるのはなんだ、霊体か?」

「あ、違う。その戴冠者」

「なんで私が殺すことになっているんだ」


 大体、風呂で他殺なんてできないだろう。

 メアリーがそういえば、アリオストロは「ひえ」と声を出す。その間に用意された西洋風の椅子に座って、これまた西洋風の机がある先、同じような椅子がある場所を顎で指す。

 そうすれば、おっかなびっくりというように座ったアリオストロが控えめに口を開いた。


「そのどうだった」

「……どうって?」


 曖昧な返答に苛立ちを抑えずにメアリーはそういった。

 そんな態度に良くはなかったのだなと察したアリオストロは言葉を選ぶように視線をキョロキョロと動かし、それから躊躇いがちに絞り出す。


「接触してきたのか?」

「そうだね、向こうは大層自信がありそうでしたよ」

「そう、なのか」

「どうやらまた、ジャックさんが情報を漏らしたらしい」

「はぁ?」


 ジャックという言葉に反応したアリオストロにメアリーは少しだけ感動の感情を感じた。

 メアリーがケツを叩かなくってもアリオストロがしっかりとしてくれる。それだけでジャックの功績はでかいだろう。まぁ利用してきたことに関しては帳消しなんてことは今後一生あり得ないだろうが。

 メアリーは真っ当に話を聞く気になったアリオストロに腕を組みつつ、人差し指の腹で三度己の腕を叩く。


「記憶の戴冠者であることはバレていた。それからもう次期王候補を選んだこともね」

「……ジャックさんにバレてることは基本的にバレてるって考えた方がいいか?」

「うん。向こうも相当な情報を払って聞き出したらしい」

「ジャックさんに俺たちも聞かないといけないか?」


 暗に嫌だというように発言するアリオストロにメアリーは肩を竦ませてから首を横に振った。


「そこはあんた次第と思ってたけど、嫌そうだからいいよ」

「……それで不利になったりとかしないか?」

「最初から私たちは不利なんだから、今更変わったりしない」


 そうメアリーたちには後ろ盾というちゃんとしたところはない。

 今のところ裏ルートでソピア馬車運営と商会が特別待遇をしてくれているだけで、一度戦争なんてことになればメアリーとアリオストロは致命的に弱くなる。夢物語のように強大な力があるわけではないし、加えて国を相手取れるような知恵もない。今更他陣営のことを知らないなんてデバフ、あってもなくっても二人の不利は変わらない。


 だからメアリーにとっては些細なことだった。


「それよりも肝心なことがある」


 そう些細なことでもっと懸念点があった。


「これは確実にだけど、これからあんたは風呂に連れていかれる」

「お、おう、それがどうしたんだ」


 察しの悪さを発揮するアリオストロにメアリーは頭を抱えた。

 アリオストロはまるでわかっていない。メアリーが風呂場で戴冠者であるフロンと邂逅したということは、


「あんたも次期王候補と邂逅する可能性がある」

「は、はぁ!!?」


 驚くアリオストロにメアリーはたたみかけるように続ける。


「驚かない、びくつかない、怖がらない。頼むからこのあたりは気張ってくれ」


 メアリーの懸念点はそこだ。

 ただでさ不利である。そしてジャックの情報を聞く限り選ばれた次期王候補は領主やそれに準ずる立場のヒト達だろう。

 それなりの気品や風格がある。その中で平民のような振る舞いをしてみろ、一発でメアリーの陣営がとっても弱くって、攻め入りやすいと思われる。


 勿論、戦争、あるいはデスゲームのようなものでなければ話は変わってくるが、備えあれば憂いなしとは鶯鳴の記憶から見た言葉だ。

 その湯船に入っている間だけでもいい。その間だけは高貴な人間のふりをしろ。そういう思いを込めて目を見れば、アリオストロはすでに怯えていた。先ほどまでの勇気あるような行動はなんだったのだろうか、そこまで考えてメアリーはいいことを思いついた。


 他者に聞かれていたら問題だ。

 メアリーは意識して声を顰めながら、アリオストロの耳にだけ届くような声で言う。


「全員ジャックさんだと思え」


 その言葉は効果抜群だったらしい。

 アリオストロの顔から一気に表情が失せる。


 正直なところメアリーはアリオストロほどジャックへの嫌悪感はない。

 むしろ同族感を感じている。それゆえ嫌いという感情もなくはないが、商売人としては信用出来るヒトだ。嫌いだが、信頼できる。なんとも難しい立ち位置にいる。そのくらい程度、憎みや恨みはない。


 そもそもあのときのスキロスの件だって、元を辿れば彼女は騙されることを許した側なのだから、その選択肢に文句を言うべきではないだろ。


 まぁそれはそうとしてヒトとしてどうかと思う分類だとメアリーはジャックのことを思っている。


「比喩に使ったけど、あながち間違えではないからな」

「……どういう意味だよ」


 わかってないな、メアリーはそういうように肩を竦めた。


「要は、ジャックさんみたいに簡単に人を切れる。スキロスみたいな子を捨て駒にできるヒトたちがいるってこと」

「……そう、いうものなのか」

「権力者って結局そんなもんだよ」


 十を救うために一を捨てる。

 その思考回路こそが今後アリオストロにも求められているとなんと皮肉なことか、だがそれは今言う必要はない。黙って考えるアリオストロを横目にメアリーは静かに目を伏せた。


あなたがアリオストロなら、ジャックさんに何を思いますか?

感じたことがあれば、ぜひ感想やレビューで教えてください。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ