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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第二章 戴冠者を襲うもの
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5神饌の戴冠者


 白亜の城。

 ロココ洋式で統一された金と白、黒で彩られた城内は五つのシャンデリアの明かりに照らされており、ロビーだけでもブルゴーニュ邸で見たそれよりも大きいことがわかった。見上げればオリュンポスの十二神の有名な天井画があり、中に入った時からアリオストロは圧倒されていた。それこそ、神都ニフタに訪れた最初の頃よりも数万倍に。

 感嘆の息を込めながらアリオストロは隣で沈黙を貫くメアリーに「すごいな」と言った。

 彼女も自分と同じく圧倒されているから、そう思い視線を向ければ、メアリーは深刻そうな顔で俯いていた。


 メアリーはというと天井画を見上げたとき、すでにこの国がおかしいことに気がついたのだ。

 セウズ神一強のこの国でオリュンポスの十二神の絵画を見たから?勿論それもおかしい。こういう場合描かれるのは大抵セウズ神だろう。セウズ神の住まい的な扱いをされているのなら尚更、でもそれだけではない。

 メアリーが不思議に思ったこと、それは何故鶯鳴の記憶にあるその絵画が寸分違わずここにあるのか。


 メアリーはこの世界を異世界だと思っていた。

 よくある異世界転生だと思っていた。だがこの絵画が存在することで別の可能性が浮上した。


 これは純粋たるメアリーの感想だ。

 世界が違えど、寸分違わず同じ絵を描けるものなのだろうか。筆のノリ、色の素材、顔の作りやオリュンポスの神々と思わしき存在たち。正直な所似て非なるものはできるだろう。人類の文化など同じようなことの繰り返し、その定義は間違えなく異世界でも通づるものがあるだろう。だがこうもそっくりなのは?


 描けるというのか、ここにあっていいというのか。

 これを飾っていいというのか。


 メアリーは考える。

 元の鶯鳴の世界には魔術などといったものはなかった。だがもしあれを行き過ぎた化学だと捉えたとしよう。

 そうすればこの絵がここにある理由がわかるのではないだろうか、ここは鶯鳴の世界の延長線上。未来であって、メアリーは異世界転生をしたわけではなく、輪廻転生しただけなのではないのか。


 そうとしか思えない。

 そういうことにしないとあれがここにある理由がわからない。


「メアリー?」


 アリオストロが戸惑うような目でメアリーを見てくる。

 ゾッとした考えをなんとか呑み込んで、メアリーは態とらしく眉を上げて「なに」と言った。


 そう言う中でメアリーの思考は尚沈んでいる。

 この世界が鶯鳴の世界の延長線上としたとして、ここまで文明が退化している理由はなんだ。

 かつて医学会の成長と医療技術の進歩のためあらゆるものを犠牲にして促進し続けていたメアリー(鶯鳴)は、まさか医学までは衰退していないよなと焦りを見せる。


 もし衰退しているのであれば、その理由を知らないといけない。

 今度こそ医術の限界を超えた医術を、それを目的にしているメアリーは一度躊躇いがちに息を吸ってからゆっくりと吐き出した。


「いや、どうしたんだかと」

「どうもないよ。そら、執事を待たせている。行くぞ」

「いや、お前が止まってたからだろ」


 そんな文句を言うアリオストロを無視してメアリーはふらつきそうになる足を叱咤して執事の背中を追った。


「お二人のお部屋はこちらとなります」


 通された場所は豪華絢爛という言葉が似合う部屋だった。

 全体は赤を基調としているが、細かな装飾は金色。ロココ調で統一された部屋には暖炉があり、加えて大きなベッドがあった。メアリーはここでも一緒に寝なきゃいけないのか、と思ったが、どうやらダブルベッドだった。これならば狭さを感じることなく済む。「ふぅー」と安心から息を吐いたのも束の間、いつの間にかいたメイドたちに「それではメアリー様から湯船へとご案内いたします」と背中を押された。


 抵抗する暇もなく連れて行かれたのは大きな、それこそ市民プールとかそのくらい大きい湯船だった。

 身ぐるみを剥がされ、フェイスタオルほどの大きさのものを持たされ、気がつけばメアリーは全身を洗い、湯船へとぽちゃんと入っていた。


 全く無駄のない連携だったな。

 メアリーは思わず遠い目になる。そしてここでもふんだんに使われた黄金に目が眩む気がした。

 もしやアリオストロが正式な王になった場合毎日ここに入ることになるのではないだろうか、それはちょっと荷が重い。頭の中に浮かぶのは水道代という特別どうでもいい言葉の羅列だった。


 もはやそうなれば水道代はメアリーたちが徴収することになるんだが、そこまで考えが至らないメアリーは先ほどまでぶつかっていた「オリュンポスの十二神」の天井画を思い出す。あれのせいでメアリーの胃痛はとんでもないことになった。

 と、そんな時だった。


「隣、いいかしら」


 メアリーでもメイドでもない第三者の声。

 メアリーは面倒臭そうにゆっくりとバサバサのまつ毛をゆっくりと下ろして、それから瞳だけを動かして声の主を見た。緑色の髪を揺らした、陶器のような白い肌、翡翠の瞳。ソプラノの声はさっぱりとしていて、メアリーに聞いた割には断りもなくメアリーの隣に腰を下ろした。


「許可した覚えはないが?」

「まぁ、いいじゃない。そこは()()()()()気楽に行こう」

「……」

「ね、記憶の戴冠者」


 まるで蛇のように絡ませる言葉にメアリーは大きくため息を吐いて片手で頭を押さえた。


「ジャックさんか」

「そう、彼っておしゃべりさんだから、こっちの情報をいくつか渡すことになったけど簡単に他の戴冠者の情報を教えてくれたの」


 どこでも出てくるなジャック。

 そう心のうちで吐き捨てて、メアリーは視線を前に戻した。まるで興味ないですと言ったような動きに緑髪の戴冠者は「あら」とだけ口にした。


「おしゃべりは嫌い?」

「嫌いではないが、あんた見たいのと話のは嫌いだね」

「正直ね。嫌いじゃないわ」


 そういうと緑髪の戴冠者はにこにこと笑っていた顔を、水面が静寂を迎えるかのように沈黙を被った。


「私は創造の戴冠者、フロン。よろしくね、メアリーちゃん」

「名乗ってないんだが?」


 個人情報保護法というものを早急に作るべきだ。

 笑顔で手を振るジャックを思い出しながらメアリーはそんなことを考える。そしてこの問答も飽きてきたところで怪訝な表情を隠す気もなくフロンに問う。


「それで、なんのよう?」


 フロンは艶のある緑髪を揺らして「なんのようか……」と惚けて見せた。

 その曖昧な姿勢に何か仄暗いものでもあるのか、そんなことを考えれば、ゆっくりとフロンはメアリーに再度視線を移した。


「ジャックさんから聞いてる限り、頭が良さそうなのは君だけだったからさ」


 その言葉にメアリーは戸惑うような顔をした。

 それがなんだというのか、そういう意味でも眉を跳ね上げさせる。


「それがなんだっていう?」

「つまりは、協力しましょうってこと」

「協力、……協力ねぇ」


 メアリーは続いてその言葉に眉を顰めた。

 協力と言っているが、それだけには感じれない。裏に何か仄めかしているような、それを気づいて欲しそうな、そんな思惑が感じれる。

 メアリーはそこで軽くフロンの方向を見た。彼女のニヤニヤとした表情を見て、すぐに視線を向けたことを後悔する。


「協力と言っても色々あるけど?」

「そうだね。簡単にいうとだけど……」


 そこから続いた言葉はまさかの言葉だった。


「今選んだ次期王候補を裏切って、私の選んだ次期王候補を選んでよ」

「正気か?」

「うん正気も正気」

「私の利点が見えないけど?」


 メアリーは早まる鼓動を押さえつけてからそういう。

 その言葉に満足するフロンはニコニコと笑いながら「利点があれば選んでくれるんだ」と言った。

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