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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第二章 戴冠者を襲うもの
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2神饌の戴冠者


 一瞬見えた幻覚。

 思わず声が出ない。返答しないメアリーに何を思ったのか、アリオストロは「おーい」と言いながらメアリーの前で手を振った。今のは一体なんだったのか、言葉を失うメアリーは片手で頭を押さえてから目を瞑った。度重なる命のやりとりによる疲弊だろう。そう早々に決めつけて、メアリーは「何?」と遅めの返答をする。

 そよ風が髪を擽り、木漏れ日が降り注ぐ。

 近くの川のせせらぎを聞きながら、怠そうにそう視線を向けて答えたメアリーに一瞬、アリオストロは言葉を詰まらせてから、気まずそうに「大丈夫か?」と言った。


 それを誤魔化す方法をメアリーはすぐに思いつくことが出来なかった。

 だから直近の記憶で最も濃かった少女の名前「スキロスのことをちょっとね」と口にすることにしたのだ。


「生きてるよ」


 きっと、という言葉はアリオストロの口からは出てこなかった。

 アリオストロはそう言って、言葉を黙らせた。あの惨状を思い出しているのかもしれない。あの時あの場で何があったのか、知るよしもないメアリーたちはスキロスの生存に対して低いだろうという考えを持っていた。

 けれどそれを認めたくない。

 そんな祈りにも近いアリオストロの願いは言葉に万感の思いを乗せることでメアリーへと伝わった。


「……そうだね」


 振る話題を間違えたな。

 そう思いつつ、メアリーはアリオストロの言葉を肯定する。そしてまた気まずい空気が流れた。


「……神都ニフタに行ったら何をするんだ?」


 沈黙を破ったのはアリオストロだった。

 彼は目を逸らしながら明らかに話題を逸らしてメアリーに投げた。それに気がつきながらもメアリーは敢えて何も言わない。代わりというように、腰にあるポーチを開いて紙束を出した。


「これで宿泊するかな」

「……渡された時もそうだが、それってなんの意味があるんだ?」

「まだ流通してないけど、ジャックさんの所属する商会では利用できる、なんでも交換できる紙」


 そこでメアリーは一つの疑問に行き届いた。

 ジャックは商人と名乗っていた。そして商会に所属しているとも言っていた。だが、スキロスはなんと言っていただろうか、彼女は間違えなく「ソピア馬車運営のジャックさんに買収された」と言っていた。

 商会というのは言わば商人たちの集いだろうが、ソピア馬車運営はどう考えてもタクシー運用のようにしか考えられない。商人だということが嘘なら紙幣の宣伝にメアリーたちを使うこともなかっただろうし、ソピア馬車運営の関係者でなければ計ったように呼び出せなかっただろう。それにわざわざスキロスにそう名乗る必要はない。


「ソピア馬車運営って商会も担っているんですか?」


 だから疑問のままにメアリーは騎手の女性にそういった。

 そうすれば彼女は目を丸くしてから、面白そうにコロコロと笑い「違う組織ですよ」と軽く答えた。

 彼女はそういうと指を三本伸ばす。

 それに視線を奪われるようにメアリーとアリオストロが食いついたところで彼女は説明を始めた。


「この国には神に認められた組織が三つあります。一つは私の所属するソピア馬車運営。基本的に神殿から各領地に神が授けた食物を運んだり、時々目的地まで人を運んだりする組織です」


 メアリーは思いっきり詰まった。

 だがなんとか突っ込みそうだった言葉を呑み込んだ。この世界は神によってインフラが握られている。その話は既にアリオストロから聞いていた話だし、加えてそこを指摘仕舞えば戴冠者と呼ばれる存在なのか、その真偽を疑われるような気がしたからだ。


「次はアスター宿場連盟です。ここが所謂商会と呼ばれる組織で加入しているお店などで様々な取引が行われています」

「宿場ってことは宿泊もできるの?」

「はい!むしろメインはそこです。最近できたばかりですが、魔物問題を解決するために冒険者組合を作ったとか作ってないとか……」


 なるほど、これもジャックに利用されそうだ。

 あの人はなんでも自分の利益に値するヒトを利用する癖がある。紙幣の件も箔をつけるという件も……それからスキロスの件もだ。また信用問題の件で宿泊を促すあるいは、冒険者組合の話が本当ならそこに加入させて広告塔にさせるとかあり得そうだ。

 もしそれをちらつかされたら無料で手続きや宿泊できるように丸め込もう。

 そう思い続きを聞く。


「神罰代行騎士団。簡素に言えばニフタ騎士団とも呼ばれます」

「制裁を与えるような荘厳な名前だな」

「はい。基本的には法を破ったものを粛清する騎士団であり、有事の際の防衛を担う存在でもあります」


 裏で不要なヒトとか消してそうだな。

 そんな不謹慎なことを考えながらメアリーは「へー」と適当に答える。


「確か前に説明したな」

「うん。ええっとセウズ神が神罰を下して、それを遂行する組織ってことだろう?」

「はい!我々の生活を守ってくださる神聖な組織です!」


 だからインフラ握られているんだよな。

 メアリーはそう心の中で愚痴りながら、次の質問をするために口を開いた。


「ところでジャックさんって知ってますか?」

「ジャックさん?ええ、知ってますが……」


 その言葉にメアリーは内心ガッツポーズをした。

 これで心のモヤモヤを晴らせる。そう思い、饒舌に続きを促す。


「ジャックさんってソピア馬車運営の人なんですか?それともアスター宿場連盟の人なんですか?」

「どちらにも所属してますが……」

「え、どっちにも所属するなんて出来るのか?」

「はい。今はジャックさんしかいませんが、確かにジャックさんは有能でその力を認められて二つの組織に所属していますが……」


 なんでそんなことを?

 そういう彼女に一旦「待った」をかけた。それからアリオストロと顔を合わせる。何が何だかわかってないアリオストロにため息を着きつつメアリーは渋い顔を作った。


「つまりまた利用されました」

「はへぇ?」

「ソピア馬車運営の馬車に乗ったってジャックさんにとってはどう作用する?」


 そう言えば流石のアリオストロも察したのか、顔を引き攣らせて、


「次期王候補と戴冠者が乗った馬車として有名になります」


 と言った。

 間違えない。メアリーは頭を抱えた。どこまで行ってもジャックの掌の上で踊らされていたのだ。そう決定付けられた証拠になってしまって苦い顔になった。何もわかってない騎手が首を傾げる中でメアリーとアリオストロはジャックの人間性というか、倫理観にドン引きというか怒りが湧いてきたのだ。


 商売のためならなんでもやる。

 その意気込みはわかる。その努力もすごいと思う。だが彼は人の命まで利用して、そして危険まで利用して商売をしようとした。


 思い出すのはスキロスの綺麗な笑顔。

 騙されていると知って。それでもこの国を変えてくれると愚直にメアリーたちを信じてくれた彼女さえ、その無垢な心まで利用して商売することを決めたジャック。

 そして、刺客に追われることで命の危険に晒されたアリオストロと騎手の女性。


 どこまでが計算かはわからない。

 だから憎めばいいのか、怒ればいいのか、正直なところメアリーは自分の感情なのに理解できないでいた。でも、もし彼の一連の行動が、その末路が全て計画だったとしたら許せないと思う。許してはいけないとも思う。

 それはきっとアリオストロも同じだった。

 いや、アリオストロこそ強くそう思ったのに違いない。


 メアリーはアリオストロを心配げに見た。

 彼にとってのスキロスがどこまで心に影を落としているのか測りきれなかったから、やるせないと思うのだろうか、憎いと感じるのだろうか、その思いで顔を見て後悔する。


 彼はしわくちゃに顔面を歪めさせながら「それでも今は奴に頼るしかない」と押し殺したような表情で唇をかみしめてそう言った。

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