3追い迫る刺客
今は使われていないと言われる隠れ道を案内された頃には、この目の前の金ピカに進化したスキロスのことをメアリーもアリオストロも信じるようになった。というか嬉々として以前の仲間であろうフードを被ったヒトに奇襲を喰らわせたり、嬉々として案内をするスキロスに毒気を抜かれたというか、彼女の財宝に対する執着にドン引きしたというか、まぁそんな感じで夜風が吹く抜け道を辿り、月光が草木を照らす道を走り抜け、隠れ道と呼ばれる場所に安全に到達した。
順調に行きすぎて逆に恐ろしい感情をメアリーとアリオストロは感じるものの、ここまで来て仕舞えばもうひきさがれない。
その事実を知っているからこそ、強張った表情を一切崩しもせず黙々と先行するスキロスの背を追いかけた。
「私がジャックさんにお願いされた依頼は、馬車につながる隠れ道まであなた達を案内することです」
唐突に言われた言葉にメアリーとアリオストロは驚きと、それから不安を抱えた。
まさかここからまた鴉としてメアリー達に敵対するのか、彼女が辞表していたという話を忘れてそんな警戒をしてしまった二人に、スキロスは花を綻ばしたように笑う。
「だからこの先は二人で行ってください」
思わぬ言葉にメアリーはすかさず
「あんた、きっと酷い目に遭うよ」
と言ってしまった。
だってスキロスは組織を裏切ったものだ。しかも暗殺集団という組織。真っ当な末路にはならないだろう。最悪、メアリーたちの情報を出させるために拷問される可能性だってある。ならばここでは共に逃げることが最善だ。
その気持ちを込めてそう言った。そしてその旨は彼女の驚いた顔からして伝わったはずだ……伝わったはずなのに、彼女は一切の躊躇なく首を横に振った。
「私の役目はあなた達を安全に馬車に送ることです。そのためには、陽動も必要でしょう」
そう言った彼女の顔は真剣だった。
アリオストロは堪らず、
「あんたジャックさんに騙されてるかもしれないんだぞ」
という。
それもそうだ。彼女の生還率はとても低い。それを彼女はいくらなんでもわかっているはずだ。そこまでバカじゃないはずだ。けれど彼女の意思はなぜだか固かった。初めて見る彼女の悟ったような表情に心がどきっとする。それからいつものように陽だまりのように笑ったスキロスは何も知らないですというように、知っている顔で言う。
「大丈夫です!私は図太く生きますから!それに生きていれば、ジャックさんからぶんどれるし、それに信じたいんです」
騙されていると知った上で彼女はにこりと笑う。
「戴冠者。それに次期王候補……その役目がきっとこの国をいい方向にしてくれるって」
ああ、とメアリーは思う。
最初から彼女は知っていたのだ。メアリーとアリオストロの本当の関係性を、そしてそれを黙っていてくれた。ああ、スキロスはただのバカじゃなかった。そうだ、初めにメアリーは心の内に思っていただろう、「バカなほうがちょうどいい」彼女こそ、それを成し遂げた人なんだと。
「だからいってらっしゃい。どうか、その旅路でこの国を知り、この国を善き方向へと導いてください」
スキロスはそう言って綺麗な笑顔を浮かべた。
それから、呆然とするメアリーとアリオストロを置いて背を向けて森林の中へと駆け出す。止めることも追いかけることもできなかった。それをして仕舞えばここまでのスキロスの頑張りが無駄になると知っていたから。だから、止めようと手を伸ばすアリオストロの手を止めて、メアリーはその手を掴んで抜け道へと入って行った。
夜の洞窟という環境もあって、抜け道はとても恐ろしくとても不安を煽った。
だが不思議にも足は止まらなかった。岩肌が体を傷つける。「ごぉ」と常闇に誘う先が精神を追い詰める。それでも駆けるスピードは止まらない。止まるはずはなかった。
気がつけば目の前には月光が見えた。
この抜け道の終わりなのだと気がついたのは、その月光が常闇を消し去った境界線に足を踏み入った時だった。洞窟を抜けて、思わず振り返る。あれほど大きく見えた城壁が遠くの方に見える。
その瞬間。
ドォン!!
城壁が爆破された。
思わずメアリーとアリオストロは目を見開く。それは陽動にしては勢いがあって、どう考えてもスキロスが起こしたものには見えなかったからだ。北の街ポスが夜風と月光と共に焔に呑み込まれていく。立ち尽くすメアリーとアリオストロの頭の中には、最後に笑ったスキロスの顔が思い浮かんだ。
「スキロス……」
そう口にしたのはアリオストロだった。
国のために、そう言った彼女の覚悟を思い出した。買収されたとは言ったものの、今までの組織を裏切ることをは恐ろしいことだっただろう。アリオストロにはわからなかったけど、メアリーから裏切られたかもしれないと思った時の恐ろしさは知っている。身に染みている。もしそれを自分がする側だったら、裏切ることを決めるのなら、それはどんな気持ちなのだろうか、自分はそんなこと万が一あったとしてもそれを選べるのだろうか。
メアリーが痛いくらいにアリオストロの手を握った。
「引き返さないよ」
引き返したい。そう思ったのは自分なのに、メアリーはそんなことを悟らせないようにそう言った。
「わかっている」
そうだ。
アリオストロは現実逃避したようにあれにスキロスが巻き込まれた可能性は低いと自分を言い聞かせる。
ドォン!
再び爆破音が響く。
それから内容の聞き取れない声。けれど悲鳴であることはわかるその声に唇を噛みしめてメアリーは振り返った。
アリオストロが城壁を見つめるのを妨害するように一歩進む。「生かされたんだ」そう言いながらメアリーはアリオストロに諦めさせることを暗に仄めかした。
アリオストロは初めは引っ張られるようにメアリーに連れて行かれた。けれど途中から己の意思で足を動かしていく。それは叫びと悲鳴。怒号と爆発音が響くたびにまるでそれが責任だというように道を走った。
しばらくして、女性が一人いることに気が付いた。
もし近くに馬車がなければ鴉の一員だと思っていただろう。彼女はメアリーたちに気がつくと頭を下げて見せる。
「ジャック様から申し付けられています。さぁ、お早く馬車へ神都ニフタまでお連れいたします」
「よろしく頼む」
メアリーはそう言って素早く馬車のキャビンへと乗り込む。
続いてアリオストロが中に入れば、迎えた女が馬に跨り鞭を振るう。キャビンが動き出す。その間にも爆発と悲鳴が北の街ポスを襲う。閉められたカーテンからは見えなかったが、それでも音からその悲惨な状況は想像するのに難しくなかった。
何が起きているのか、どうなっているのか、そんなものわからない。
わからないけれど、ただただあの悟ったような女の子が、スキロスの行方だけがメアリーとアリオストロの心に重く深くのしかかっていた。
アリオストロは、まるで切羽詰まったような表情でメアリーに、
「王にならなきゃな……」
と静かに零した。
その言葉にメアリーはなんて返せばいいかわからなかった。ただわかるのはアリオストロがその背中にスキロスを背負ったということだけ、それがアリオストロの決意に、強迫観念につながっているとはわかっていても、だからこそ返せなかった。
「王に、ならなきゃ」
再び誓うようにそう言ったアリオストロにメアリーはグッと何か込み上げる感情を誤魔化すように、カーテンの閉められた方向に視線を向けた。万感の思いを抱えて吐き出したため息は、最終的に一つの言葉に帰結する。
「そうだね」
ただの四文字であったが、今はなんだか重くのしかかるように聞こえた。




