3権力者の思惑
さて、とメアリーは背もたれにボスンと全身を委ねた。
旅の最初の目的である医術を学ぶことから気がつけば戴冠者としてこの国の王を決めることになったメアリーだが、ここまでの情報からもうそんなこと放っておいて医術の研究に没頭したいなんて考えを膨らませた。
この国はもう、終わっている。
神に依存し切った国で、これからどうヒトビトが生きていくと言うのだろうか、王が決まった後セウズ神は隠れるのだろうか、その時の混乱は?敷かれた法を改めることのリスクは?考えるだけで頭が痛い。一気にこの国が滅んで更地になった方が逆に統治しやすくなるのでは、なんて不謹慎な考えをしてしまう。
メアリーの思いついたことを、同じように抱えるヒトはいるのだろうか、この国のひいては世界の限界に誰かでも気がついているヒトはいるのか、メアリーはもしゃもしゃと咀嚼を続けるアリオストロを見ながら、そんなことを想像した。
「なぁ」
咀嚼を終えて飲み込んだアリオストロが、どこかを気にするように視線を配らせてから、メアリーに顔を近づける。
「今回はどう脱出するんだ」
「ああ、それか」メアリーはそう言って、ティーカップの取っ手に手をつけながら、唇を動かさないように用心しながら腹話術のように続ける。
「ズダ袋の中の被り物を被って日の出の少し前に行動する」
「それはわかってるけど、陽動とか……そうしないのか」
アリオストロは前回の逃亡劇を思い出すような眼差しをメアリーに送った。
メアリーはと言うとそれを意図的に無視して、ふーっと紅茶の表面に息を送る。
「意味ないだろうね。それこそ今だって監視されているかもしれない」
「……なんでそんなに冷静なんだよ…………」
「慌てたって何にもならない。ただそれだけ」
冷徹にそういうと、メアリーは一口だけ口に含んだ。
それからティーソーサーに戻し、唇をつけたそこを親指の原で拭った。
「ジャックさんから貰った服を覚えてる?」
そう聞く頃にはアリオストロは乗り出した身を元に戻してから、小さく頷く。
周囲に聞こえないように、悟られないように、見様見真似で腹話術を行うアリオストロはどこからどう見ても下手くそであった。あったが、ないよりはマシだろうとメアリーはその部分に目を伏せるようにして見逃した。
「覚えてる」
「私たちの今来ている服を囮にして、新調した服で逃げる」
「……それだけか?」
「それだけ。ああ、囮にする方法だけど、天蓋のベッドがあるでしょう?あそこに私たちの旧の服を中に枕を入れて置いておくの」
「それを囮にか……でも俺たちはどう出るつもりだ?」
メアリーは片目を開いてアリオストロを見る。
それから満面の笑みを浮かばせながら悪い顔をした。無条件に反射的にアリオストロの顔が引き攣る。悪い予感がしたのだ。
「ベッドのマットレスを裂いてその中に隠れる。ベッドシーツで覆われるんだから、切り裂いた場所は見えないはずだよ」
「……正気か?」
「正気。それ以外の方法があるなら変えるが?」
そういえば諦めたようにアリオストロは首を横に振った。
それから緊張した表情で「行き当たりばったりすぎないか?」と重ねて聞いてきた。
その言葉にメアリーは一瞬だけ目を丸くさせる。
なんだかその言葉が他人事のようで、なんだか面白く感じてしまい、くすくすと笑いながらメアリーは、
「そうじゃなかったこと私たちにあるか?」
と言った。
「それもそうか」
「そうだよ。決行は今日の夜。それから絶対寝るな」
「なんで」
食いつくアリオストロにメアリーはイラッとした表情を浮かべる。
そもそもの話マットレスの中に入ると言っているのだから、十分に呼吸をすることも難しい。次期王候補が窒息死とか泣くぞ。そんなことを思いながら、また別の可能性も提示する。
「いびきや寝返りでバレたらどうするんだ」
「あ」
「だからといって人がきたからって悲鳴あげるなよ」
そうすれば全てがパァだ。
そういえば、アリオストロは激しく上下に首を動かした。
青白い太陽がメアリーたちの影をずらしていく。
その頃には机上にあったアフタヌーンティーセットは無くなっており、アリオストロは眠たげに「ふわー」と欠伸をした。その様子を見ていたメアリーがすかさず「寝るのは明日の昼だよ」といえば、眠気に満ちた声で「わかってるよ」とアリオストロが答える。
夕焼けになっていく青白い太陽を横目に、メアリーは「南だよ」と零す。
「見つかればデッドエンド、逃げ切って南下して神都ニフタに行けばハッピーエンド」
コンコン。
そのときタイミングよく扉が鳴らされた。一瞬にして空気に緊張が走る。
アリオストロは欠伸をしていたときとは見違えるほど顔を青ざめて、意識をはっきりさせていた。今の話が聞かれたか、そういった心配も持ちながら、メアリーは悟らせないようにすぐに扉の方へと近寄って「はーい、今開けますね」と声に出した。
それからアリオストロの方向を見て、眉間に皺を寄せてから顎で「しっかりしろ」と指示をする。
そうすればいやでも腹に力を込めてアリオストロは、「ふー」と息を吐いた。
横目にすぐに扉のドアノブを掴む。
滲み出る手汗を紛らわすように唇を噛み締めてから扉を一拍置いて開けた。
そこにいたのは、一人のメイドだ。
クラシカルメイド服。どう見たって王宮にいそうなメイドであった。髪はショートで茶髪。右から左へと長くなっている前髪はギリギリ紫色の瞳を隠している。美女であるが、美女であるのだが、メアリーは一瞬にして扉を閉めた。
「え、え、ええ」
戸惑う声が聞こえてもメアリーは必死に扉を開けないように体で押さえつける。
一言で言ってしまおう。面白かった。メアリーは脇腹が攣るのを必死に耐えながら膨らませた頬を急いで元に戻そうと努力した。しかしそれは叶わない。可愛いし、美しいし、綺麗。いいお姉さんだった。でもキトンが流行な世界で、キトンに従うメイドって……そこでメアリーのツボが穿たれた。
アリオストロは突然のメアリーの強行に「お、お前何してんだよ!」と扉を開けるためにメアリーの体をどかそうとする。けれどメアリーは「ちょ、待って、心の準備、ンフフ、いや、?全然悪くないんだけどね?ふふ、あの、文化の違いっていうか、ふふふ」と不気味な魔女のように笑い続ける。
暫くして、腹筋を見事攻撃されたメアリーが膝をつくことで勝敗は決した。
アリオストロが扉を遠慮がちに開いたところにはやや涙目のメイドが、青白い顔をさせて「わ、私、何かしてしまいましたか?」と聞く。
「いや全く。多分、見たこともない服を着たあんたに驚いただけだ」
「ふふふふふふ」
「ええっと……笑っているように――」
「驚いてるだけだ!!」
な!メアリー!そう叫んでも返ってくるのは笑い声のみ。
役に立たないメアリーの代わりに、アリオストロはメアリーを端の方へと移動させてから、メイドに入ってくるように促した。
「も、申し遅れました!私はメイドのスキロスです!今日からアリオストロ様とメアリー様専属のメイドとして働くことになりました!」
そう語るメイド、スキロスは満開の笑みを向けてお辞儀する。
それも裾を摘んでお辞儀するようなものではなく、ガバリというような勢いを持って頭を下げた。
今のところ裏表のない良い子に見えるが、あのブルゴーニュが選んだメイドというだけで信頼はゼロだ。面白さに関してはメアリーには効いたが、そもそも現代社会を知らないアリオストロには効いていないので、プラマイゼロで問題はなし。実力者とも見受けれない細腕と慌てた様子から、警戒はするがそれほど脅威ではないと確信する。
「俺はアリオストロ、でこっちで蹲ってるのがメアリーだ」
「はい!覚えました!よろしくお願いします!」
「それで何しにきたんだ?」
アリオストロが何気なくそういえば、スキロスはこれまた裏表もない様子で満面の笑みで答えた。
「鴉の一員として監視に来ました!それから、ティーセットを片付けに来ました!!」
幻覚でなければ犬の尻尾が見えそうな勢いで密偵であることを明かしたスキロスに、メアリーとアリオストロは全力で「馬鹿なのかなこの娘」と驚きで声も出せなかった。
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