5旅立つもの
「お前はこの国の王になるのだ」
そう言われてシャルルが思ったのは責務や誇りでもない。
父の目に写るのが自分ではなく別の誰かに見えたから、ただただ「うん」としか言えなかった。
今でも思い出すのは冬の始まり。
雪が領地を彩り、凍えと真新しくなった風景を迎えたその日。何かに憑かれたように父であるブルゴーニュは自分の執務室に息子を呼び出し突然そんなことを言ったのだ。
父の突然の発言と行動にシャルルはまず驚いた。それから戸惑いをそのままに「神はどうするおつもりですか」と言った。だが、その答えはついぞ返ってこなかった。ただ「王になるんだ」そう言って聞かない。
あの恐ろしさはシャルルにとって恐ろしい記憶の一部として胸に焼き付いていた。
その言葉でこの国の玉座を得ようとも思えなかったし、むしろ父をおかしくさせた玉座という概念に恐怖と畏怖を抱き近づきたくないとさえ思わせたのだ。
そしてジャックから戴冠者と呼ばれる神の使者が誕生したという眉唾ものの噂を聞かされ、さらにその思いは倍増した。そして父の狂乱する姿を見たシャルルは本当にこれが己の父なのかと思ってしまった。
そこからシャルルはただただ戴冠者と呼ばれる生命がこの領地に来ないことを神に祈った。
その神が差し向けた使者だということを知ってはいたものの、縋る場所がそこにしかなかったら。
だが結果はどうだろうか、ジャックとブルゴーニュの契約は果たされ戴冠者はこの領地にやってきた。
しかも、男を連れて楽しげに、まるでシャルルの心を嘲笑うように、父ブルゴーニュの懇願を破棄捨てるように男をつれて馬鹿みたいに笑ってきたのだ。
父は連れられてきた男アリオストロを次期王候補として見ている。
今もこの瞬間もどう始末しようか、やけになって考えている。
表向きは婚約者と紹介されてしまった為物理的な死は戴冠者の反感を買うことになるとは本人が言っていた言葉だ。
シャルルは王になりたくない。
シャルルは王になれるほどの自信を持っていないし、国を動かすことは今まで神が行っていたこと、それを代理とはいえ担うなんて苦行したくなかった。じゃあどうすればいいか、父に諦めてもらって、なおかつ自分が王にならないで済む方法。
小さな頭で考えた。
まだ二十四歳という若さで、父には及ばない知識と学で必死に考えて考えて、考え抜いた考え抜いて、そして戴冠者じゃないと目の前の娘を糾弾することでこの領地から追い出すことに決めたのだ。
その考えは奇しくも、メアリーを戴冠者として認めた前提の考えであった。
まぁ無理もない。
この国で一番信頼できる商人であるジャックが認めたという事実が、シャルルの心に分厚い雲を作らせた。
だからこそ心のどこかで目の前にいる彼女を認めてしまったのだ。
メアリーの翡翠色の瞳を見る。
白い肌、綺麗なキトン、乱雑に置かれた高価な杖。どれもが彼女の容姿を引き立てて、美しさと共にシャルルに恐ろしさを与える。美は攻撃である。あっと驚かされるような醜さも、ゾッとするような美しさも平凡な容姿を持つものにとっては恐れを抱かせるには十分な威力を見せる。そして何よりも、メアリーの目は冷たく見えた。口は笑顔であるにも関わらず、目もゆるりと弧を描いているにも関わらず、見た者が思わず怖気付いてしまうほど冷徹な空気を瞳の奥で放っていたのだ。
シャルルはいくつかバレないように呼吸を取り持つ。
シャルルにはどうしても目の前のメアリーが神空の使者ではなく、悪魔が放った魔女にしか見えなかった。
「お互いこの話は無かったことにしませんか?」
そう切り出したのはメアリーだった。
メアリーはもう悪魔の証明のような発言が出てきたことからこれ以上の問答は不要だと感じ、さっさと終わらせたいと思っていたのだ。無駄なことにはしたくない派である。鶯鳴時代から強制的に話を終わらせるという合理主義に基づいた行動をすることがよくあったから、メアリーはなんの躊躇もなく話を切り上げることができた。
メアリーの視線はすでに机上にあるお菓子へと戻っていた。
その様子を信じられないというように見るシャルルなんて放置して、小さなロールケーキを摘んだ。
「どうやらシャルルさんは私が戴冠者だと都合が悪いらしいし、この話は無かったことにしてお互いが知らんぷりした方がよほど有意義だと思うんですが」
どうでしょうか、続けられた言葉に、シャルルは驚愕に目を見開かせてから、怒るようにぐっと眉を顔の中央に寄せた。
堪らず立ち上がる。「貴様」と言いかけたところで、メアリーは先ほどよりも声を上げて、
「ブルゴーニュさん」
とだけ言った。
その後の言葉など必要ないというように、ロールケーキを口元に持っていく。
「知られたくないでしょう?」
メアリーはこの短期間にブルゴーニュの意見がシャルルの意見と対立をしていることに気がついた。
一見してブルゴーニュが騙されていないか警戒してきたかのように見えていたが、執着加減を見るに二人の意見が真っ向から対立しているのだな、そう考えを整理してから、また優雅にメアリーは残りの一滴をカップを傾けて飲み込んだ。
「今日はお互い、ただのおしゃべりをしたことにしましょう。私たちの冒険譚を聞きにきたことにしましょう。なんなら私たちが呼び止めたと言っても構いません」
だから、なかったことにしましょうこの話を。
暗にそう言ったメアリーにシャルルは辱められたと感じ、ふつふつと怒りが湧いてきた。
けれどメアリーの言葉は間違いではない。戴冠者の機嫌を損ねたとブルゴーニュに伝われれば己だって怒られるだけでは終わらないだろうなと察している。
だから黙るしかなかった。
女狐め。
シャルルは心の中でそう呟き、それからそのまま立ち去った。
ブルゴーニュはメアリーを単なる馬鹿か、腹黒女と言っていた。けれどシャルルはそんな言葉じゃ収まるはずがないと確信する。
まさに女狐。
嘘を吐くことも相手を貶めるのも、こちらを人とも思わない瞳も、その言動も全てが全てこちらを手玉のように見下している。戴冠者が皆あんな者であれば、シャルルはそこまで考えて、唇を噛んだ。それなら玉座とは一体なんなのか、まるで神に対する供物のような生贄のような者ではないか、そんな恨言を心の底に吐き出す。
シャルルは決して王になりたくない。
それは責任や責務、誇りやプライドといったにが重いものを背負う覚悟がないからではない。
ただ単にあのような女を、いつ裏切るかもしれない女をどんな形であれ隣には置きたくないからであった。
去りゆくシャルルの背中を見送り、バタンと扉が閉まったのを見送った後。
ガタガタという音が聞こえた。いったいなんの音なのやら、そう思って振り向けば、そこにはティーカップを持ちながら永遠に震えているアリオストロの姿があった。チャプチャプと彼の持つティーカップの中身が揺れと共に鳴っているのを聞き呆れる。
「何してんのさ」
「お、お、俺、なんかやらかした?」
何を馬鹿なことを言っているのだろう。
そう思ってからメアリーは一呼吸置いて、目の前のティーソーサーにカップをカチンと音を鳴らしながら戻した。
「なんでそうなるんだ。どう考えても良いパスだったぞ」
「ほ、本当か?」
「まぁ、煽りともいう」
「だめじゃねーか!」
叩けばよく鳴るオモチャだな。
そんなことを思いながらメアリーはアリオストロの方に向き直った。
それに気を緩ましていたアリオストロも先ほど同様緊張を保った様子を見せる。
震える手が机にティーカップセットを置く。振動が机にまで伝わったらどうしようなんて適当なことを考えたメアリーはそれを見てから、再度アリオストロの目をしっかりと見た。
「正直なところ戴冠者である証明はできなかったからね、助かったよ」
「……証明ってそんなに難しいのか?」
「おや?アリオストロも疑い派か?」
「いや、そんなことねーけど」
ウニャウニャ言うアリオストロにメアリーはそっと微笑みを向けてから、視線を逸らしたアリオストロの頭部を渾身の一撃で殴った。
「わざわざ命狙われに行くわけねーだろうが!!」
「あ」
それもそっか、と言いかけたアリオストロは鈍い音共に床に敷かれた紅のカーペットに吸い込まれていった。
第一章はここで一区切りです!
読んでくれてありがとうございました!
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明日からは第二章となりますが引き続きどうぞお楽しみください!
そしてもしお時間やお暇があれば1話を読み返し、メアリーの変化を楽しんでもらえると嬉しいです!




