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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第一章 呼び覚まされた記憶
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3旅立つもの


 アリオストロは見たこともないような施設で、知らない道具で全身を丸洗いされ、そして不相応な部屋にメアリーと押し込まれた。


「まず作戦会議をしようか」


 意味のわからない物――ティーセット――を慣れた手つきで準備するメアリーを前にアリオストロは本当に困っていた。コポコポと暖かそうな液体がメアリーの手でカップに注がれる。茶色い、けれど透明な液体。名を紅茶と言うのだが、それを疑心暗鬼……と言うよりも戸惑いを持ちながら眺めるしかできなかった。


 メアリーが三段のケーキスタンドの一番下からサンドイッチを手にとる。

 それを口に運び仏頂面で「美味しい」と言うのを見ながら、アリオストロも同じように手を伸ばしそれを口に含む。

 確かに美味しい。幸せ……と言うのか心の中をあったかくさせてくれる感覚がアリオストロを満たしていく、それにも関わらず手先が冷たいのは先ほどのメアリーの姿を見たからだろう。


 先ほどといえばとアリオストロは頬にキスをされたことを思い出す。


 人生で初めてのその衝撃や否や、現在のアリオストロの頬を赤らめるには十分な威力を持っていた。

 そんなアリオストロの様子にメアリーは首を傾げる。勿論のことながらメアリーはアリオストロを異性である、と言うような考えを持つことはない。先ほどの頬へのキスだってさっぱり忘れて、堪能できたお風呂の快適さに満足げになっているだけだ。


 メアリーはティーカップをティーソーサーに戻してから、それよりもと部屋の内装に目を向けた。


 本当に金がかかっている。

 重圧な紅のカーテン。深く腰掛けた西洋風のソファーを手触りで確認しつつ、この部屋の支柱と天井床の大理石でできたであろう空間を見る。現在はそれほど寒くないからか、使われていない暖炉が見えるが、あれも十分な高価な物であろう。ついでに用意されたダブルベッド。天蓋付きのベッド。細部の黄金色はペンキなどと入った安価な物ではない、正真正銘黄金でできたものだろう。


 ここの小物もほとんどが黄金できた物。


 壺もシャンデリアも馬の小さな飾り物も、全部が全部黄金。

 こりゃあ売れば金になる。メアリーは後でズダ袋に入る分だけ入れておこうと計画する。


 それからアリオストロに視線を戻せば、彼はケーキスタンドに乗ったフランスパンに手を出そうとしているのがみえた。

 思わずメアリーは咳払いする。


「保存食は取っておけ、ズダ袋にある保存食と一緒に入れておくんだ」

「え」

「何を惚けているのさ、プセーフォスのときと同じだよ。私たちは一刻も早くここからでないといけないんだよ」


 悠長に考えている。

 そう思ったメアリーは警告するようにアリオストロにそういった。アリオストロはアリオストロで、メアリーはシャルルを王にするのだとばかり考えていたから思考が停止する。

 そんなアリオストロの考えを勿論知らないメアリーは、誤解したまま「ああ、ジャックさんにもらったポーチのことだな」と言って固まるアリオストロを放置して続けた。


「これは勿論使うがね、あまりにも高価すぎて狙われる可能性があるんだよ。ならズダ袋に重要なものをしまっておいた方がいい。武器に関しては……」


 そういってメアリーはソファーに乱雑に置いた杖とアリオストロが綺麗に置いた剣を見比べる。


「でかいからね。流石に手持ちになるかな」


 メアリーはそう言ってもう一度杖を見る。

 上半分が二股に分かれて捻じられているように作られた杖。先の方には何か不気味めいたダークブルーの宝石の装飾があって、それを支えるためにレイピアの持ち手のような飾りがある。


 ケヤキかオークか、まぁ硬さと重さに関しては申し分ない。これで人を殴れば最悪死に至らしめることができるだろう。

 魔術なんて知らない。これから覚えるつもりも、それから知るつもりもない。いつか出来る仲間に乞うご期待というやつだ。メアリーはこの武器を打撃専門のものにしようと決めた。


 それからアリオストロの剣を見る。

 まぁ良い剣だろう。初心者でも使えそうなロングソード。玉鋼でできた刀しか見た記憶しかないが、鞘の装飾から高級品であることは理解できる。


 ちっと舌打ちする。

 メアリーの突然の挙動にびくりと肩を跳ねさせたアリオストロに、メアリーは苛立ちを隠さずに言う。


「目立つね」

「何か悪いのか……?」

「ジャックさんの話を聞いてなかったのか?四つ巴の戦いがもう始まっているんだよ。近所に他の戴冠者がいるかわからないけど、あんたは間違えなく命を狙われる次期王候補だ。目立ってどうするつもりだい?戴冠者っていうのも出来れば隠したかったのに……」


 貧乏ゆすりをし始めたメアリーの様子を見て、幾分か冷静になったアリオストロは、話題を変えるためにも自分にとっては気まずいことを口にした。


「そういえば、俺はお前の幼馴染でも婚約者でも、……それから護衛でもないのだが……」


 最後の言葉は懇願するような振り絞った言葉であった。

 メアリーはそんな様子なアリオストロに眉間に皺を寄せる。


「夜襲にそんなに会いたいのなら、次期王候補と言えば良かったか?」


 否定でも肯定でもない。

 いやどちらかと言えばアリオストロの発言を否定している方にはなるのだが、確信めいた言葉を言ってくれないメアリーにアリオストロはムッとする。

 メアリーが二段目にある一口サイズのケーキを口に含んだところで「もっと先に言ってくれよ」と苦言を申した。


 口内に広がる生クリームとイチゴの甘酸っぱい感触。それから舌触りのいいスポンジケーキを堪能していたメアリーはアリオストロに視線を向けずに「そう言う文句は全部ジャックさんに言ってくれ」と返す。

 頬についた生クリームを親指の腹で拭ってぺろっと舐めたメアリーは更に追撃するように言葉を転がした。


「夜襲に会う可能性は低くなったけどあんたを人質に脅してくる可能性はある」

「……それ、死の宣告か何かか?」

「言ったろ、人質だって。あんたは今戴冠者様の大切な幼馴染で婚約者なんだ。殺すまで至らなくてもあの男なら人質にする……なんてこともできる。間違いなくそれができる男だ」


 思い出すのは先刻腹の探り合いをしたブルゴーニュだ。

 民衆を利用した狡猾さ、それを前に人質をとるような卑怯な手を使うわけがないとは言い切れない。むしろそう言う意味ではそう言った策を取るだろうな、なんてことの方が想像しやすい。


「明日の早朝にはここから出る。勿論バレないように……と言う言葉は付属されるけどね」


 メアリーはそう言いながら外の様子を見た。

 先ほどは笑いそうになったスパルタ風の兵士たちが切り目もないほどに巡回している。体感時間は五分に一回。どう足掻いても守るというよりは、逃げることを防止するための配置であろう。


「ここの物を盗んで金にすれば、神都までにはいけるだろう」

「……本気か?」

「本気も本気。それにできるだけの力を私たちは持ってる」


 正直この手は使いたくないと思うが、それでもメアリーたちは戴冠者と言う立場を除けば社会的弱者である。なら使える物は使わないといけない。そうでなければ生き残れないのであれば、嘘もつくしプライドなんて捨てるつもりだ。


 ジャックはあのとき、メアリーたちを()()()()()()()と断言した。

 ならば、彼の所属する組織はメアリーたちを助ける方向へと向かわせるだろう。正直なところ、あれだけ後ろ盾がある戴冠者を支援したくないと言動で表していた男が、なんの救済処置もなく策略と計略が得意そうなブルゴーニュの元に向かわせるわけがない。


「寝坊なんて馬鹿なことするなよ」


 そんな軽口を叩いて、メアリーはケーキスタンドの最上部にあったマカロンを噛み切った。

ここまで読んでくれてありがとうございます。感想やレビュー、反応もらえると嬉しいです!

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