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神饌の戴冠者1  作者: 綴咎
第一章 呼び覚まされた記憶
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4空の国と北の街ポス


(魔物といい、魔術といい……)


 メアリーは属性を聞いたその口でそんなことを考えていた。

 カタカタと揺れる馬車。その中で当然のようにアリオストロの態度や説明してくるジャックとの間に何か超えられない隔たりを感じた。


 今まで魔術も魔物も知らずに生きてきた。

 そのせいもあって、彼らの日常が、とてもじゃないが受け入れられない。

 いやそれだけじゃない。


 メアリーが鶯鳴の記憶を持っているから、魔術なんて自然に逆らった法則に関して思うところがあるのだ。

 科学知識とそれに基づく医学に専念した日々、それによって獲得した医術の数々。


 それらが魔術という法則を理解することを拒んでくる。


「属性の話だったよね。いいよ、説明しよう。属性は合わせて四つ。海、焔、風、そして僕が使う地」


 そういうとジャックはキセルをくるりと回した。

 そしてまたあの深淵のような穴を出現させる。何度見ても慣れない状況だ。メアリーの指先が微かに揺れる。なんというか見られているような気がするのだ。何度目かの唾を飲む。そうすればメアリーは脳が揺れるような感覚に襲われた。


「地の特性は結ぶ。ある地点と地点を結んだり、もしくは結んだ地点を引っ張ったり……あの時見せたものは後者だね」


 結ぶ。

 簡単に言ってのけるが、メアリーは末恐ろしくてたまらなかった。

 アリオストロはその言葉を「凄い」という二文字、音にして三文字で語るが、それで終わっていい意味でないことをメアリーは理解した。

 茶化すのも、その凄さに驚くのも、ジャックと言うヒトの底知れなさを考えれば危険であった。


 ということなんで、メアリーはにっこりと微笑んで言及をしなかった。

 そうでなければ文字通り、深淵を覗くことになるだろうからだ。

 ジャックはメアリーが思考に深けている間に穴を閉じつつ、続けた。


「他の属性に関しては流石の僕も把握しきれてないから、説明は難しいけれど……確か海は概念を呑み込む、焔は概念を焼く、風は概念を切り裂く……だったかなぁ」


 思わず眉間に皺がよる。

 他の属性がそうであれば、地であっても結ぶというのは概念という意味での扱いだろう。そんな危険なものをさらっと過小評価で伝えてきたのだ。やっぱり信用できない。


 貴重な情報源。

 それもこれからも付き合いがあるだろう相手に向ける感情ではない感想をメアリーは抱えたままあえて触れずに問う。


「なんとなく、本当になんとなく理解できました。ありがとうございます」

「いやいやお礼なんて必要ないよ。メアリーも察してると思うけど僕らの関係は利用するされるの関係だ。気楽に行こう」


 気楽。気楽な。

 その言葉を口の中に入れるのはなんとなく拒否感があった。

 でもなんだかんだと言ってる場合ではない。メアリーはとりあえず薄く笑いつつ「じゃあ、気楽に行かせてもらいます」と思ってもないことを口にした。


「あのさ、ところで聞きたいことがあるんだけど」


 ニコニコ、ニコニコ。

 絶妙な雰囲気と微笑みの応酬の中、切り裂くようにアリオストロが気まずそうに手を挙げた。


「これ、どこに進んでるんだ?」


 その言葉にメアリーは呆れてしまうような顔をしかけた。

 しかし、神託のことを言っていないのだから、仕方ないだろう。予想では神託の通り神都ニフタだろう。ジャックも形態は違えど信託を受け取っているのだから言わずとも知っているはずだ。


 だが、そんなメアリーの予想を裏切ってジャックはにこやかな笑顔で、


「そりゃあ、北の街ポスさ!」


 と言う。

 メアリーの思わずというような「は?」という声が響いた。その声に肩をびくつかせたアリオストロを前にジャックは心底楽しそうに「領主殿に戴冠者を見たら是非寄るようにって言われててね」と悪びれもなく言ってくる。


 なるほど利用され利用する立場。

 こういうことだったのか、額に青筋を立てながらメアリーは舌を打った。


 最初から神託とか関係なく戴冠者の身柄が欲しかったというわけだ。なんて野郎だ。


「ふふ、驚いてくれたかな」

「わぁーびっくりー」

「え、いや、え?」


 戸惑うアリオストロと面倒くさいというように声をあげるメアリーたちにジャックはうんうんと頷いて見せる。


「まだわかってないようだけど最初から利用してきてたから優しかったってことよ」


 メアリーがわかりやすいようにアリオストロにそういえば、アリオストロも内容を飲み込めたのか、うげっという顔をした。

 ジャックの目が帽子と髪の隙間からチラリと見える。続いて、薄い唇から


「だから仲良くやっていこう、てわけさ」


 と先ほど似たような言葉が返された。

 人を騙しておいて、ジャックは罪悪感のかけらも感じていないというように平然と話を進めてくる。


「そもそもそういう理由で君たちを保護させてもらったんだけど、流石に悪いって思ってね」


 軽々しく言葉を重ねるジャックに噛み付くようにメアリーは「それじゃあ釣り合いが合わない」と言った。

 釣り合い。ジャックは既にメアリーたちの了承もなしにことを進めていた。それに加えてメアリーたちを広告のように使う。メアリーはこの一連の流れから、ポーチや今はまだ紙くず以下な金銭ではこちら側が損だと判断したのだ。


 多分だがジャックはメアリーがそう言い出さなければ、この事実を有耶無耶にしていただろう。


 いや、そもそもの話メアリーが勘違いしたままであればそうなっていた。ひとえにこれはアリオストロの核心めいた質問のおかげ、何も考えていないようでそういうところの運はあるのかもしれない。メアリーはそのことを頭に刻んでから、アリオストロの顔を見た。


 アリオストロはというと、メアリーの言葉にいまいちピンっときていない様子だった。

 物々交換ではなく、これは情報と物品の交換である。今までの暮らしからアリオストロがそう言ったことに疎いことはなんとなくわかってきたが、早急にこのメンバーに情報戦に特化した仲間が欲しいとメアリーは愚痴を言うように心うちに吐き捨てる。


 鶯鳴だったメアリーとしては、役に立たないと役に立つの中間にいる人間が大っ嫌いだった。

 今アリオストロはその大っ嫌いな人間の項目をリーチ寸前にしている。


「おっとこれ以上を望むのかい?」

「私たちの情報を売って、加えてポーチや紙幣の広告もさせるんだから、なんか弾みなさいよ」

「おやおや手厳しい。じゃあ、()()で二人の新しい武器と服でも新調してあげよう」


 意地の悪い笑みをニヤリと浮かべる。

 メアリーは恩着せがましいと思うところで止まっているが、反対にアリオストロは顔を真っ青にさせる。

 そうだ。貧困層であり社会的弱者であったアリオストロは無料という言葉の怖さを身を持って知っている。きょどるアリオストロに肘鉄をかまして、メアリーは「どんなものかによる」と言ってのけた。


「次期王候補と戴冠者なんだから、流れ者のような服装好ましくないだろう?」

「そうでもしなきゃ、私たちが戴冠者って思われないからでしょ?」

「うん、そうとも言う」


 結局はジャックの都合ではないか。

 だがこれ以上強請っても碌なものは出ないだろうし、そして後が怖くなるのでメアリーはここで押し黙った。それを肯定だとみなしたアリオストロも頷けば、ジャックはあの穴を再度出現させてから、ずるりと綺麗な衣を取り出した。


 メアリーには美しいキトンとマント。

 それから、アリオストロにはキトンに加えインナーのようなものを渡す。


 そしてさらにメアリーに杖とアリオストロに背丈にあった剣を渡した。


「これは」


 メアリーは思わず顰めっ面になる。

 確かに神託をもらったと言われれば神秘的に感じるヒトもいるかもしれない。けれど、メアリーには魔術は使えない。言って仕舞えば役不足。どっちにとってかは敢えて言わないでおこう。


「君には、魔術の才能を感じたからね」


 ああ、本当に今日は厄日かもしれない。

 だって科学を信じ、医術を行使する鶯鳴(メアリー)にとってはその言葉はちっとも嬉しくなかったからだ。

ここまで読んでくれてありがとうございます。感想やレビュー、反応もらえると嬉しいです!

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