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神饌の戴冠者1  作者: 綴咎
第一章 呼び覚まされた記憶
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3空の国と北の街ポス


 アリオストロは背に冷や汗が伝うのを感じた。

 それがただの穴に見えなかったからだ。「ヨイショ」なんて軽い言葉でジャックは弄るように腕を動かしているが、正気だろうか?そんな失礼なことを考えてしまうくらい、その穴は暗く澱んで見えた。


 それは隣に座るメアリーも一緒だった。

 腕が常闇の穴へと消えていく科学的説明ができない状況に恐怖した。これはあの追っ手から逃げるときの緊張とは訳が違う、命の危機ではなく、説明できない、理解できないものに対する生存本能的恐怖。メアリーが鶯鳴だったときも数度だけ感じたことのある恐怖ではあったが、知っていることと目の前で起きたことに関して感じることは根本的に意味合いが違っている。


 緊張が走る。


 何をとるつもりだ。

 メアリーは暗殺の危険を感じつつ、身構える。思わずその恐怖は体を動かして、懐にある果実ナイフの柄に手を伸ばした。


「ああ、これこれ」


 そう言って、引き摺り出す動作に、アリオストロとメアリーの腰が上がりかけたとき、


「冒険にはやっぱり初期装備が必要だろ?」


 拍子抜けするような言葉が飛んできた。


「初期装備……?」

「ああ、君たちは見るからに荷物をそのズダ袋にしまっているようだが、何かあったときに一々そこから出すのは大変だろう。そこで我らが商会が最近売り出したこのポーチをあげよう」


 ずるり、這い出るように現れたのは二つのポーチであった。

 一見して普通のポーチ、腰につけるようにベルトがついたそれは本皮で作られたボタン式のお高そうなものであった。

 メアリーとアリオストロは揃って腑抜け顔でお互いに視線をあわせる。それからすぐに正気に戻ったメアリーが額に滲んだ汗を誤魔化すように拭ってから、


「見るからにお高そうだが、対価としては釣り合わないんじゃないか?」


 と口にした。


「はは、やっぱり記憶の戴冠者は違うね」

「その記憶の戴冠者って呼び方はやめてくれ、居心地が悪い」

「そう?なら気軽にメアリーと呼ばせてもらうよ」


 ニコニコと楽しそうに笑うジャックに疲れたようにメアリーは「もうそれでいい」という。

 俺も俺も、そういうように視線を向けたアリオストロにジャックはコロコロと笑いながら「じゃあ、君はアリオスとろと呼ばせてもらおう」と言った。


「御託はいい。なんでこれを私たちに渡そうとしているのか、聞きたい」

「せっかちだなぁ。まぁ、別に隠すことでもないからね」


 そういうとジャックはズバリ、というように手のひらを上に向けてからメアリーを人差し指で指した。


「君たちにはご贔屓にしてもらいたいってことだよ」


 メアリーの眉間の皺が一層深まる。

 アリオストロもわかっていないように首を傾げれば、ジャックは丁重に説明をした。


「僕は無駄な契約も慈善活動もしないタイプでね。要するに戴冠者や次期王候補が使っているっていう箔をつけたいのさ。だけどここだけの話、他の戴冠者たちは既に領主やそれに近い地位を持つ人たちについてしまっていてね」

「なるほど、誰かに渡せば商会がそちらの陣営を支持してることになる」

「そう!だけど君たちのように後ろ盾がない子に渡せば……」

「慈善活動の一環として見られるか……」


 話についていけないアリオストロは首を傾げながら聞く。


「俺たちに渡せば俺たちを支持してるって思われるんじゃないのか?」


 その疑問はまぁ真っ当に聞こえた。

 けれどメアリーはそれを否定する。


「なんの利益もない相手を支持するほど商会はきっと小さくない。あの集落に戴冠者の噂を広めたのも、きっとジャックさんが所属してる商会だ」

「へぇあ?」

「大正解。ついでに広めたのは僕だってことを教えておこう」

「ならあんたは想像以上に信頼されている商人だ。そんな商人が、言い換えれば()()()()()()()が不利益にしかならない相手にただモノを送り、他は静観している。そうなれば、確かに商会が味方したと考えるバカは出てくるかもしれないけど、権力者はあまりにも過小な私たちに慈悲を送った。もしくはジャックさんの思考に気がつく」


 パチパチとジャックが手を叩く。

 それに不快そうに目をきつくするメアリーはわかってなさそうなアリオストロに続けていう。


「立場が弱いのを利用して宣伝に使われてるだけってこと、そして他の陣営は後ろ盾のない私たちを脅威だと思わなければ、紹介の客だとも思わないってこと」

「騙されてるふりをしてくれてたら僕的には嬉しいかな」

「はん!上等だよ。バカなくらいが丁度いいからね」


 そういうとメアリーは乱暴にジャックからポーチを二つ奪い取る。

 それから珍紛漢紛という顔をするアリオストロの顔面に向かって放り投げた。そんな杜撰な扱いであってもジャックは怒りもしない。むしろ機嫌が良さそうに「あ、ついでに」と言い始めた。


 まだ自分たちを利用するつもりか、そんな気持ちのままメアリーは顰めっ面を晒す。

 それに「まぁまぁ」と宥めたのは予想外にもアリオストロだった。


 アリオストロは現状をよく理解していなかった。

 自分たちが利用されていることはメアリーの口から聞いたのでわかったが、それの何がいけないのかを理解していない。それでも、何かを要求されているからこのポーチを渡されたわけではないことだけは理解していた。


 ならば逆にこの恩恵を素知らぬ顔で受け取るのが吉だと考えた。


 そしてその考えは当たらず遠からず。

 ジャックにとってはウケが良かった。


「最近、流通させ始めた金銭の宣伝もしてほしい」

「金銭……?」


 アリオストロが食ってかかりそうなメアリーを止める間に、ジャックはそういった。


 メアリーはその言葉で一瞬頭の中が真っ白になる。金銭が最近流通したとはどういうことか、あれほどまでの文明を築いて尚、金銭という概念がない?本当にこの世界はどうなっているのだろう。


「そう、紙幣ともいうね。これは商会が中心に広めてるものでね。物品と紙幣と呼ばれるものを交換できる制度を作って見たんだ。魔物討伐や研究の功績にこれを渡して、商会で武器や娯楽品などを交換できたり、または商会連盟に加入している宿屋を利用できたりする……それこそ魔法のような紙さ」

「ちょっと待ってくれ、魔物?魔物といったか?」


 そんなものと出会ったことはない。暗にそう言えば、アリオストロが「へ?」と腑抜けた声を出す。


「魔物のいない地域出身なのか?」

「こりゃあ、また珍しい。じゃあ、魔物の説明もしないとね」


 何を当然に言ってのけるのか、片手で頭痛のする頭を抱えたメアリーにジャックは平然と話し始めた。


「魔物はこの国……空の国(そらのくに)にいるヒトの生活を脅かす生き物たちでね。魔術を行使する動物、という意味で魔物と呼ばれているんだ」

「魔術……」

「君たちの追っ手を殺した技があるだろう?あれも魔術でね、魔法ていう法則に基づいて起こす技術っていう意味で魔術と呼ぶんだ」


 沈黙広がった。

 キャパオーバーにも近い気持ちにメアリーはなったのだ。なんとか一言一言呑み込んで、最終的には世界が違うからという暴論で自分を納得させる。


「お前、本当に何も知らなかったんだな」


 そんなことを言い出すアリオストロの胸ぐらを掴んでやりたい衝動をなんとか抑えて、メアリーは噛み砕いた情報を元に質問を始めた。


「魔物はそんなに正体が明かされていないのか?」

「もちろん。正直、出現条件やどんな魔術を行使するかもわかってなくってね」

「……どんな魔術を行使ってどういう」

「それは勿論、属性の話さ」


 メアリーは耳鳴りを感じる。

 世界を知るために必要な過程だ。しかし、これほどまでに意味がわからないとは思いも知らなかった。だがここまで来てしまえば引き返せないことを知っている。訳のわからない世界に、訳のわからない法則。知らないではいられない、でも知りたくもないとも感じる。この状況にメアリーは自分の鼓動が速くなるのを感じながら「属性の話を聞きたい」と口にした。

ここまで読んでくれてありがとうございます。感想やレビュー、反応もらえると嬉しいです!

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