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神饌の戴冠者1  作者: 綴咎
第一章 呼び覚まされた記憶
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1空の国と北の街ポス

 よく燃えているアリオストロの家を背後にメアリーとアリオストロは逃げる。

 南下すれば神都につく、もしくは近くの領地に逃げ込める。そう言ったアリオストロの言葉を信じてメアリーたちは手を繋ぎ共に走って森林までやってきた。


 広がる森林。木と木の間をくぐり抜けて、青白い太陽が照らす大地を踏み締めぐんぐんと進んでいく。

 緑の大地。「もういいんじゃないか」と言うアリオストロを黙らせて、草木を割って走り続ける。


 馬鹿でないなら、あのボヤ騒ぎが自分たちのせいであることを向こうはもう知っているだろう。


 バレないように出ていったが、自分がいなくなったことを知られればすぐさま追っ手が放たれる。そう予想していたメアリーは、グダグダ文句を言って引き摺られるように走るアリオストロに「黙って」と叫ぶ。その剣呑に呑まれたアリオストロは、メアリーの緊張が移ったのか、いやいやと言うような表情を真剣なものに変えて、押し黙った。


 草木や根を避けて走ること数分。後方からザザザッという音が聞こえる。

 それはアリオストロの耳にも入ったらしく、彼はびっしょりと冷や汗を垂らして、顔面を青くさせた。緊張感が走る。どちらから切り出さなくても、追っ手だ、そう思うには十分な気配ががあった。


 メアリーは進路をすぐさま変える。

 隠れるわけではない。ここまで来ているというのに隠れる意味なんてない。ならば、メアリーが出来ることは迎撃だ。

 そのためにも開けた場所に出たかった。こうも木々のある場所で迎撃など相手に有利すぎる。ならばなるべく周囲に隠れる場所がない開けた場所。そこに行くしかないだろう。ズダ袋から果物ナイフを取り出しつつそう考える。


 まぁ行ったとて勝てるとは思わないが、と心の内で吐く。


「そういえば、あんた武器はどうしたんだ?」

「その、家にそんなものがなくって包丁を持ってきたんだ」


 空いた左手で懐に手を突っ込むアリオストロに「まだいい」と言ってから、メアリーはげんなりした。

 まぁ、最初から期待していたわけではない。

 アリオストロの戦闘力の皆無さは、想定の範囲内だった。むしろ怪我をしている状況で戦える強さを持っているのなら下剋上をしていただろうし、法の被害者として弱者であった彼に秘めたる力があるとは思えなかった。


 だからメアリーは目配せしてとあることを聞く。


「死んだふりって得意?」

「それならできる!」

「よし上々だよ。今から起きるだろう戦闘の中である程度のところで死んだふりしろ」

「はぁ?」


 驚くアリオストロに続けてメアリーは言う。


「降参するふりをして、私が騙し打ちする」

「んな」

「動揺する連中をその隙に何人か殺して」


 続けて驚くアリオストロを横目にメアリーは走り続ける。実の所メアリーは最初からそうする気しかなかった。

 この作戦を思いついたとき、一番重視したのは逃亡方法でも作戦でもなく追っ手から逃れる方法であった。


 どんなに綺麗に逃げようが、逃げた時点で追っ手はつく。遅かれ早かれ向き合わなければならない問題だと思っていたし、決めるのは早い方がいいと思っていた。そして導いたのが騙し打ち。正直なところ複数人相手では骨が折れそうではあったものの、火事で追っ手の手数は減っているだろう。それに人間は動揺すればするほど負ける。


 電光石火の砦の解放をしたジャンヌ・ダルクもオスマン帝国を相手に小国で争ったヴラド三世も、相手に勝てないと思わせることで勝ったという心理的な戦果を齎している。


 であるならば、メアリーも追っ手にメアリーたちに勝てないと思わせればいいのだ。


 追うものと追われるものを逆転させる。向こうが戦力を持っているというのなら、こちらは狂気で勝つのだ。


 そう思ったとき、ビュンッと風を切る音が聞こえた。

 咄嗟にメアリーはアリオストロの体を押し倒す。地面へと一回転、二回転し、砂で全身が汚れた。追っ手だ。今のは弓矢か投石だろう地面にメアリーの髪がハラハラとおちる。あの一撃は間違いなくアリオストロの脳天を狙っていた。


「今、死ね」


 メアリーはアリオストロの耳に自分の唇を近づけてそういう。

 そうすればぐったりと全身の力を抜いたアリオストロの重みが、ズンとメアリーの腕にかかった。


「アリオストロ!アリオストロ!!」


 必死にアリオストロの体を揺らす。

 その四肢は投げ出され、遠目から見れば完全に死んでいるように見えただろう。そのくらいの気迫はあったし、それに何よりも死体の擬態をアリオストロは完璧にこなしていた。


 完全に誤解したのだろう。

 アリオストロの体を揺らすメアリーを見て、油断し切った追っ手が姿を表す。総勢にして七人。メアリーとアリオストロを捕まえるために放たれたには多すぎる人員ではあったが、二桁でないのならば十分に勝機はある。


 メアリーはアリオストロの浅い呼吸が見られないように、まるで死体を守るように覆い被さるように動く。


「戴冠者様。プセーフォス様がお待ちです」

「い、嫌です!私が戴冠者として選んだ王は、アリオストロだけです!」


 一歩、彼らの頭領のような人が近づく。

 二歩、射程圏内のくさはらが踏まれる。

 三歩、今だ、油断しているこいつを殺せるのは今しかない。


「おやおや、こんな場所で幼気な少女相手に他勢に無勢は見てられないな」


 懐から果物ナイフを取ろうとしたとき、どこからか聞いたことのない第三者の声が聞こえた。

 メアリーは思わず息を呑む。この方法でしか勝てないと思っていたからこそ、実質的な失敗に唇を噛んだ。どうするここからどうすればいい、まずは第三者の確認から、そう思って声の方を振り返れば、かつての故郷のような着物を着た男がそこにはいた。


 キセルからぷかぷかと煙を吹かせるその青年は黒いハット帽をかぶって、その黄土色の癖毛を抑えている。加えて指先を覆う黒色の手袋が、薄い生地でありながらもしっかりとした生地の特性から質の良いものだとすぐにわかる。


 金持ちである。一見してそれを伺える青年は困ったようにその美形の顔を歪ませて、メアリー……ではなく追っ手に向かって「ここは僕の顔に免じて見逃してあげられないだろうか」と言った。


 メアリーは思わず「は?」と口にした。

 政治的に地位のありそうなものたちから追われる、厄介ごとを抱えた少年少女を助ける理由がわからない。ただの慈善活動にしてはなんだかこの男は信じることができないかった。


「悪いが我々もお遊びで彼女たちを追っていたわけではない」

「ああ!聞いていたとも、確か戴冠者様だっけかな?思うにこの女の子が戴冠者で、彼女が庇ってる子が次期王候補だと思うんだけど……」


 全部知られている。

 しかもこの男はアリオストロが死んでいないことも見抜いている。強いな。間違いなくこの場の誰よりも強い。

 そんな勘がメアリーの本能を刺激した。


「それを知っているのなら尚更、彼女の身柄を渡すわけにはいかない」

「そうか……悲しいが君たちとはどうやら分かり合えないようだね」


 悲しいとは口にしているもの、その顔は至って変化していない。

 想定通り、というよりも何を言われてもどうでもいいと言っているような気がする。そして、そのメアリーの予感は正しかった。その男はなんてことないようにヒョイっとキセルを動かした。


 その動作になんの意味があるのか、思わず眉間に皺を寄せたのが一瞬。


 次の瞬間。地面がまるで槍のように突起し、そして槍のように七人の体を穿った。

 息を呑む。目の前の自然を凌駕した光景に怯んだともいう。たった七人。されど七人。その命が最も容易く奪われた。しかも、メアリーの知らない法則によって。


 ああ、やっぱりこの世界はおかしい。


 笑って振り返り「大丈夫だったかい?」と飄々という男にメアリーはなんと返せば良いのかわからなかった。

ここまで読んでくれてありがとうございます。感想やレビュー、反応もらえると嬉しいです!

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