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神饌の戴冠者1  作者: 綴咎
第一章 呼び覚まされた記憶
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8神の呼び声

 青白い太陽が分厚い雲から覗く。

 煌々と光る日差しは、すべからず不平等なしに地へと落とされる。早朝。そういうにはまだ少しだけ早い時間。

 ()()()()が身を寄せる下層の地区にてその一角が轟々と大きく燃えていた。まるで山火事を見ているようだ。裁定の山と呼ばれる山脈において時々起きるそれ、殆どはセウズ神の怒りとも呼ばれるソレに似た程度の火災が、突如突拍子もなく起きたのである。


 名もない集落にざわめきと悲鳴が聞こえる。

 それを丘の上の領主邸で見下ろしていたフォノスは隠すこともなく舌を打った。


 彼は混乱が広がる中か駆け回る自警団の姿を見ながら、視線を見張のいなくなったテントへと移す。

 今の所、戴冠者と呼ばれた少女メアリーが出てくる様子はなかったが、それでも油断ならないとフォノスの勘が嘯いた。


 フォノスは自警団の長である。

 そのためプセーフォスから戴冠者のことを一任されており、尚且つこの集落の治安も任されている立場である。右肩を露わにし、膝丈までのキトンを身につけ、その上から銀で作られた鎧を着る彼は、この火災を人為的なものであると考えていた。


 というのも、戴冠者がきたその次の日に起きた火災。

 この単語の羅列だけでも疑心が湧く。戴冠者を狙ったものたちの犯行か、あるいは戴冠者を閉じ込めることに決めたプセーフォスへの神罰……もしくは、戴冠者自身の計略ではないかと思考している。


 どれらにせよ、鍵は戴冠者にある。

 見張りがいなくなった今、戴冠者がどう動くかそれを慎重に見下げるフォノスの視界の端、火災から逃げるように頭からボロボロな布を被った二人の人影が動く。


 まぁ、死に損なった劣性の民の者だろう。


 ()()()()であるフォノスが気にする必要はない。

 そう早々決めて、再び視線をテントへと向けたフォノスにありえない伝令が届けられた。


「報告!報告!戴冠者が逃げました!!」

「……なんだと?」


 フォノスはもう一度テントを見る。

 明らかに何か異変が起きたわけではない。それに今までずっと監視していたのだ。ここに来て見落とすなどの失態あり得るわけがなかった。なら、何が起きた。まさか、あの戴冠者は()()使()()とでも言いたいのだろうか。

 だが魔力反応はなかった。魔術使いであるフォノスの目からは逃れられない。ならば、魔術使いである線は低いのだが、


「火災は後回しにしろ。どうせ劣性の民の居住地がなくなるだけだ。それよりも今は逃げた戴冠者の情報を教えろ」

「はい、戴冠者は火災に乗じ、ベッド下から皿で穴を開けて逃げたようで」

「皿を使って……?」


 一瞬、フォノスの思考が止まる。

 あまりにも原始的な方法に開いた口が塞がらないのだ。神に選ばれた戴冠者が、まさか皿を使って穴を掘ってそこから逃げる?そんなことを考えつくだろうか、体を地に伏せるなどという下賤な行いをフォノスはたとえ何があってもできないだろう。


 そこで先ほどこの集落から逃げた劣性の民を思い出す。


 もし、自分の身なりや行動を気にしないのであれば、戴冠者がそのような強行突破で逃げた可能性がある。


「昨日、出入りしていた劣性の民を探せ」

「はい?」

「やつが共謀した可能性が高い!それから今火災を鎮圧している全ての自警団を南に向けて放て、ボロ布を被った二人組を捉えろ!!男の方は殺していい!!だが女はなるべく無傷でここまで連行するんだ!」

「は、はい!!」


 フォノスの言葉に気圧された部下が急いで身を翻す。

 それを見届けた後、計画外だとフォノスは地を蹴った。そして強く地を踏み更に「計画外だ!」と怒りを露わにして口にする。

 実の所フォノスには大きな計画があった。


 簡単に言って仕舞えばこの国を空の国(そらのくに)を裏で牛耳ること。

 それから操りやすいプセーフォスを傀儡にすること、そのために戴冠者を手に入れること。


 全ては幸運というもので手に入っていた。

 実際、メアリーというどっから見ても情勢を知らぬ無垢な少女を囲うことができた。できたというのに今日になってそれは破綻したのだ。目先にあったはずの王道を壊された。しかも自身が蔑む劣性の民に。


 その思いはどれほど重い者だろうか。

 複雑な感情がフォノスの足を動かす。取り敢えず、遅かれ早かれプセーフォスには伝えないといけないことだ。気は進まないことではあるが、情報には鮮度がある。神から下賜されたものを不当に蓄えようとすれば腐るように、情報もまた時間がかかれば意味がなくなる。

 たとえ今からその情報を渡す相手が無能であろうと、情報を伝えたという事実を得るためには必要なことだ。


 フォノスはそのためだけに早足に屋敷へと行く。

 慣れた廊下をぐんぐんと進んで、一番大きな扉を軽くコンコンコンと叩いた。


「プセーフォス様。ご報告に参りました」


 恭しくそういえば、返って来たのは想定外の声であった。


「あら、どうぞ?」


 女の声だ。

 妖艶な男を誘うような、そんな淫らな雰囲気を纏う声。まさか執務室までに女を連れ込んだのか、フォノスの顔は思わず顰められる。


「……失礼します」


 本当に立場を理解していない愚鈍な男だ。

 そう思いつつ扉を開いた瞬間、鼻に香ったのはむせる程の血の匂い。肌を刺す殺気が鳥肌を逆撫でる。口を開いたら死ぬ。目を背ければ死ぬ。逃げようと思うなら死ぬ。その緊張感がなんの準備もしていなかったフォノスに重く、重くのしかかる。


 目の前の光景は信じられないものであった。

 開かれた窓、揺れるカーテン、真っ二つにされたプセーフォスだと思われる肉塊とそこから部屋全体に広がる血。


 どこもかしこも真っ赤で、赤くない部分を探すのが難しいほどの惨劇を見せる部屋。

 その奥、血を避けるようにして執務机に腰掛ける絶世の美女が、まるで手招きするように小指から親指へと指を折って「ハーロー」と言った。


 彼女の白い陶器のような腕が、執務机の上に乗った林檎に伸ばされる。

 その動きと一緒に揺れる林檎のように赤い髪は絹のように柔らかく、光を反射させた。そして吊り目から覗く黄金の瞳がまるで蛇のようにフォノスを絡め取る。


 シャクリ。

 彼女の分厚い赤色の唇が、林檎を齧る。


 垂れた髪を耳にかける仕草が、独特なキトンから覗く放漫な胸元が、状況に合わずフォノスを誘惑する。


「あら、失礼な目」


 芳しき声だ。

 その声に一瞬見惚れそうになったフォノスは寸前のところで正気に戻る。


「だ、誰だ!!」


 女の目が怪しく弧を書く。

 まるで出来の悪い子供を見るように、そして妖しく笑って「うふふ」と零す。


「華奢な女の子を捕まえて、誰だ……なんて」


 そういうと、女は林檎を置いて、執務机からスリットの入ったキトンを揺らしてフォノスへと向かってくる。一歩、また一歩と進んで、最後にはフォノスの眼前に立ち、その顎を軽く持ち上げてから「悪い子」と囁いた。


「でも、私は優しいから、あなたに私が誰なのか教えてあげる」


 女はそういうと翻す。

 スリットの隙間から見える白い健康的な太ももが、フォノスの意識を奪って仕方がない。


「私たちは簒奪者。簒奪者ウェヌスタその中の第五階級『獅子の帯』のダリア」


 その名前を聞いてもフォノスはピンと来なかった。

 聞いたことのない組織だ。聞いたことのない名前だ。だけど、目の前のダリアと名乗った女が危険であることは何よりもこの現場が証明している。戦わなければ、そうは思うがフォノスの体は動いてくれない。最上の美を見たからかこそ、圧倒されてしまった。


「でも、私の名前を覚える必要はないわ。だって、冥土のお土産だから、だからおやすみなさい坊や」


 そういうとダリアはチュッと可愛く唇を鳴らした。

 

 そこで初めてフォノスが己は切り刻まれたのだと理解した。

 体が動かなかったのは、言葉を発せなかったのは、全てはもうフォノスは死んでいたからだった。それを気づかせないほど早くダリアが殺したからだった。


 ダリアは片手にいつの間にか剥き身になった剣の血を振り払い、それから食べかけの林檎に手を伸ばす。

 白い小さな手に握られた林檎が青白い太陽の光を受けて輝く。もう一度シャクリっと音を鳴らして齧ったダリアは「味だけはいいわね」と零して、次の瞬間跡形もなく消え去った。

ここまで読んでくれてありがとうございます。感想やレビュー、反応もらえると嬉しいです!

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