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神饌の戴冠者1  作者: 綴咎
第一章 呼び覚まされた記憶
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5神の呼び声

「お前何言ってるのか理解してるのか?」

「戴冠者を知らないから、わからないね」


 アリオストロがわかりやすく眉間に皺を寄せた。

 理解できない。恐怖と不快感を混ぜた表情を浮かべるアリオストロを前にメアリーは至極真面目にじっとその目を見た。その様子から本気だと理解したのだろう。アリオストロは身を震わせて、震える唇で「俺が、王様」と零した。


 正直なところこの国のことはよくわからない。

 メアリー自身あの夢を見たからって戴冠者の責任だとか、責務だとかそういうものを背負うべきだとは思うとは知らなかった。だから正直なところどうだってよかった。誰が王になろうが、誰を王にしようか、だから手頃なヒトであるアリオストロを王にするということは特に未来を想っての選択ではなく、単純に今この場を乗り切るための手段でしかない。


 だが、戴冠者というものを知っているアリオストロにとっては己が認められたことが何よりも嬉しいことで、何よりも得難い気持ちにさせた。それほど重く捉えていないメアリーに対して、アリオストロは感極まったように膝を折った。


「本当に俺が王に?」

「はぁ、嘘でもつくように見えた?それとも裏切るとでも?」

「いや、その実感がなくって」


 アリオストロはそう言って、涙腺を崩壊させる。


「あれ、俺、なんで泣いてるんだろう。はは、なんだろう、おかしいな、嬉しいはずなのに」


 それを冷たく見下ろしながらメアリーは内心、それほどまでの力を戴冠者は持っているのかと自覚した。

 これは使えるな。そう思った。それから笑顔という表情を浮かべて、膝を折るアリオストロに近づきしゃがんでから、その肩に手を置いた。


「私は五日後に神都に行かないといけない。そこに招集される予定があるの」

「神都……?神都……!?ここから最低三日もかかるんだぞ!?」

「ふん、神都を知ってるってことは道案内もできるよね?」

「方角だけだ、最低限それだけ知ってる」


 メアリーは、微笑んだ。

 それだけでもわかれば十分だ。そしてやることも決まった。


「まず先に、戴冠者について教えてくれる?」

「ああ、俺が知っているもだけの情報だけど……」


 そういうとアリオストロは思い出すように目を瞑った。


「確か、行商人が言ってた話だ。いつかの日に神の声を聴くものが四人現れる。その四人には今までセウズ神がいた玉座に座る王を決める権利が与えられるって」

「行商人ねぇ」

「信頼できる場所だからみんな信じてるんだ」


 それはなんと曖昧なことか。

 神の声を実際聞いていなければ眉唾物だろうが、目の前のアリオストロは全く疑ったような感情を抱いていない。信仰心が強いというべきか、神への依存が強いというべきか、そんな感じの気持ちを浮かべながらもメアリーの頭にあったのは、今まで国を神が仕切っていたという驚くべき事実であった。


 メアリーは考える。

 ここからの発言は注意すべきだと本能が言ったからだ。


 メアリーは震えそうになる片手を後ろに隠す。

 強く手を握り締めてから、唇を噛んだ。アリオストロの階級は一番低い、もしくは限りなく低い位置だ。それにも関わらずセウズ神なるものの、つまり夢の声の主が知れ渡っている。

 ということはセウズ神を知らないメアリーは異質なのだ。それを悟られてしまうのはまずい。今の所優勢であるアリオストロとの立場が逆転してしまう恐れがある。


 それを考えれば安直に聞き出すこともできない。


 メアリーはなるべく慎重に、それでいて丁重に言葉を選んだ。


「セウズ神はアリオストロにとってどんな神なの」

「なんだそれ、そんなことを聞く奴なんて殆どいないぞ」


 奇怪な表情を浮かべるアリオストロを笑顔で黙らせる。

 そうすれば、しおしおとしたアリオストロが言葉に詰まるように辿々しく口を割った。


「俺にとってまさしく天上のお方だ。こんな俺にも()()()()()()()


 食べ物。

 どういう意味だろうか、それこそ川にいる魚でもとって焼いて仕舞えばアリオストロでも生きていけるだろう。それなのに、アリオストロの言い分は「下さる」というなんとも不思議な言葉だ。まるで食料源がセウズ神に集約しているような、そんな発言。


 そこでふと、メアリーはアリオストロの体が気になった。

 別に深い意味ではない。ただ単純に見た目の見窄らしさを感じるが、健康的であること。がっしりとした青少年の姿をしていることに気がつく。


「俺みたいに階級が低いやつにでもセウズ神は一瞥をくださり、食べる物を配給してくれる。だから俺にとってのセウズ神は生きるっていうことに対する希望みたいな神だ」


 インフラが握られている。

 アリオストロの言葉に最初に思った感情はそれだった。インフラが握られている。それは由々しき事態だ。確かに多くの人々が生きていくのに配給制度は理にかなっている。いや、早とちりかもしれない。ただの早とちりで、貧困層のみ配給されている可能性だってある。


「その配給てのはこんな辺鄙なところにも来るのか?」


 複雑な表情を浮かべたメアリーは気にするように周囲に視線を向けてからそういった。


「ああ?もしかしてお前のところは来なかったのか?」

「……いや来てたよ、ただ気になっただけだ」

「だよな。まさか食料が来てなかったら今までどう生きてたんだかと……」


 なるほど。落ち着こう。

 メアリーは引き攣りかけた頬をなんとか制御する。何か疑問に思わないのか、そんな考えが頭をよぎる。この世界の構造に関してメアリーは疑問に思ったのだ。もしや豚が豚肉になることも知らぬのではないだろうか、配給制度から考えるにその可能性は否定できない。だがそう考えると今まで過ごしてきた孤児院はなんだったのか。自給自足、何をするにもまず子供にやらせる。鹿を狩ったり、野菜を育てたり、そうして生きてきた。配給なんて言葉聞いたこともなければ知ることもない。


「いや、どういうことだ」


 メアリーは鶯鳴の記憶を掘り出す。

 鶯鳴小夜。それはかつてのメアリー。外科医でありつつも医学の貢献のためには様々な記憶を吸収していった。その中にはもちろん精神心理学も入っている。たとえ本分ではないとしてもそれなりに学力があるわけで、知識はたくさんでてきた。

 もし自分がオーガッシュ先生なら。

 そう想定する。オーガッシュ先生は間違いなく外の環境を知っていたはずだ。でなければ必要にメアリーたちに自給自足できる力を与えるわけがない。子供達を守っていた?何から?もしオーガッシュ先生の善性を信じるなら、オーガッシュ先生は外の環境が何かしら危険だと悟って、守るために孤児院を作り子供達を匿っていたということになる。


 では何かしらの目的でオーガッシュ先生が隠していた?

 ある程度の教養がを得た子供が必要であったとか?でなければわざわざ物事を教えるという行為に出るのがおかしくなる。


「メアリー?……メアリー?」


 思考を飛ばすメアリーに訝しげにアリオストロが彼女の名前を呼んだ。

 そうした瞬間、現実に戻ったメアリーはアリオストロに「ああ、配給の話」と言って今までの沈黙を誤魔化した。


「とりあえず聞きたいことは終わったかな。ああ、それから、配給品を多めにもらうことはできるかな?」

「いや、それは長に聞かないと……」

「わかった。じゃあ、配給品を貰うときにまた私がいるここに来てもらっていい?」


 そういえば、アリオストロは首を傾げた。

 その様子にメアリーは呆れるしかないというように目を回し、それからアリオストロの顎をがしりと掴んで、アリオストロの耳に己の唇を近づけた。


「外にここを監視してる奴が二人いる。これじゃあ、私は自由に動けない」


 淡々とした様子でいうメアリーとは反対にそれらの気配を読み取れなかったアリオストロはただ呆然と息を呑み込むことしかできなかった。

 

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