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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第二章 ヒトビトの原罪
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4不治の病


 メアリーの情緒は一気に乱れた。

 どう言語化すればいいのかわからない。ただそこ知れぬ恐怖に相対したような、あるいは未知のものを見たような、そんな感覚に近い何かがメアリーの心を揺るがした。どういうことだ。

 今この男は「確かに」といったか。しかも「その異名の方があっている」と言わなかったか?

 いや、落ち着くんだ。

 メアリーは心の中でそういった。超越者のことを知っているジャックのことだ、もしかしたら異国のことを知っていて、そこは多神教だったりするかもしれない。そうなれば戦神の存在を知っていてもおかしくない。


 いや現実を見るんだメアリー・パートリッジ。


 今こうして相対しているジャックは楽しげにメアリーを見ている。それは面白いおもちゃを見つけたような表情で、それでいて何よりもその裏には「なぜ知っている?」という疑問が見え隠れしていた。どう答える。ここで答えを間違えればバットエンドだ。だからといってウィリアムの名前を出すのはもっとアウト。彼らとの繋がりを知られれば執着されるのは目に見えている。

 ならばどう答えるのが正解だろうか。

 この間が開けば開くほど己に不利なことは理解している。しているが、この一手を間違えればダメになってしまうことも理解している。


 ならばここは早めに、迅速に、そして正答を出さないといけない。


 なんて無理な話だろう。

 メアリーは額に伝う汗の感覚を覚えながら内心、口を滑らしたことを大いに後悔した。


「寝物語に聞かせてくれるヒトがいたので」


 だから苦渋の判断でオーガッシュ先生にメアリーはすぐになすりつけた。

 勿論、申し訳ないという気持ちはある。だが、この状況を打破するには誰かになすりつけた方が早いことを知っていた。ゆえに、断腸の思いでそういうしかなかった。そうすれば、何かを悟ったかのようにジャックは「ふーん」とだけ言って、興味をなくしたかのようにメアリーから視線を外してコロシアムのフィールドを見る。


 何とか丸めこめたらしい。そのことに安堵しつつメアリーは心の中でオーガッシュ先生に謝罪する。

 自分の気分が楽になるだけだから、そんな最低な考えからの謝罪行動でしかなかったが、それを理解した瞬間メアリーは心底自分に対して嫌気がさした。


 場所は変わってフィールドでは無茶苦茶な戦闘を繰り広げるインペリオとそれを躱すへロスが戦闘を続行していた。


 インペリオの攻撃は躱され、去なされ、避けられ、それらを繰り返させられて怒りからか下唇を噛み締めていた。

 一方でへロスは避けた後にしなやかな躰で蹴りを繰り出し、拳を決める。時にはレイピアの軌道をズラすために腕を使い、そして最後の一撃というようにレイピアを横蹴りした。


 カラン。

 音にして軽やかなそれは最も容易くインペリオの表情を歪ませた。


 一瞬インペリオは地面へと不時着したレイピアを取り戻そうと動く。だが、己の体に差す影が限界まで足を振り上げたへロスのものと知った時、その行動は一切の意味をなさないことを悟りただただ理不尽を見上げるようにして、呆然とヘロスを見た。


 あ、叩き潰される。


 インペリオはその自分の最期を悟って、そして何もできない事実に喉を引き攣らせた。

 次の瞬間、自分がみるも無惨な肉塊になる事を想像して頭が真っ白になる。


 死ぬ。死ぬのだ。

 血族の悲願も己の欲望も叶えることのできないまま目の前の男に殺される。今までの努力も躾も何もかも意味をなさずに終わる。

 傲慢な男が最期に口にしたのは、ただ一言「お母さん」という単語のみ。


 そして次の瞬間。

 風が頬を掠めた。いや、それは物体だったかもしれない。要するに、へロスの足がインペリオの体のすぐそばに振り下ろされたのだった。


 地面を穿つ足が早々に引っ込められる。

 己の死期を悟ったからか、今ある自分の生存という現実にインペリオは追い付けていなかった。それどころか、体から顔の表情まで固まっており暫くの間、時間が止まっていた。


「これでもうお前は戦えないだろう」


 へロスの言葉にインペリオはやっと現実に戻ってきたかのように反応する。


「いくらだ」


 そして、倒された体勢のままインペリオはそう口を象った。

 一瞬、へロスは反応に遅れた。それはインペリオの何に対する言葉なのかわからないという意味で固まる。それからその言葉が景品に向けられていることに気がつき、やや呆れたように「やらんぞ」と言った。


 へロスにとってはそれは「いくら貰ったとしてもやらない」という意味であった。

 だがインペリオは別の意味で受け取ったらしい。「はした金では上げない」と受け止めたらしく、口早に「いくらでも出す」と言った。


 それにへロスは困ったような表情をした。

 これがへロスだけの問題ならもしかしたら譲っていたかもしれない。だが景品の正体は盗品。聞けばセウズ神に劣らないモノたちから奪ったとされるもの。それだけで渡す気にはなれなかったし、そもそもの話へロスはあまりインペリオに良いイメージを持っていない。その時点でいくら積まれようが明け渡す気などなかった。


「何でもやる」

「そういう意味ではない」

「あれが必要なんだ!」


 必要に縋るインペリオに呆れたへロスはそういった。

 そうして尚も食い下がるインペリオに強く「断る」と言う。


「この不治の病を治すためにも、あれが必要なんだ!」


 その言葉に引っ掛かったへロスは、足元に縋り付くように近づいてきたインペリオを振り解くことなく「返還するつもりか?」と言った。

 もし、それが本当なら。インペリオが血族を救うために逸脱者たちにあれを返そうとするのなら、少しは考えようと思ったのだ。それが不治の病と呼ばれるものの治し方というのなら仕方ないと。

 だがインペリオはその言葉に固まった。


 思えば最初からインペリオはダグザの釜と呼ばれるものに対する見解も、使用用途も喋っていた。


 その目的に裏もないことをへロスは悟れなかった。


「何を言っているんだ」


 だからその言葉にある一種の嫌悪感を感じた。

 瞳孔が開き切った瞳がへロスを捉える。そしてヒトの醜悪さというべきか、自己中心的な発言に更に眉間に皺を寄せることになった。


「そんなもの治癒に決まっている。あれがあれば、あれがあれば治ると、そう言ったんだそう言っていたんだ!返還?あれは我が血族のもの!誰に返還するというのだ!」


 もう、話は不要だとへロスは思った。

 これは言葉が通じないものだ。早々に意識を刈り取って全て終わらせよう。そして無垢の子どもたちの元に誇りを持って帰ろう。そう思い、足を構えようとした瞬間だった。


 空から何かが来る。


 それは長年の経験からの洞察。つまりは勘。

 へロスはバックステップで後方へと逃れる。その時、足に縋り付いていたインペリオを振り払う形となってしまったが致し方ない。悪寒というべきか、寒気というべきか、戦士であるへロスの本能がここから退けと騒いだのだ。

 そしてそれはほんの瞬きの隙にやって来る。


 青白い太陽からインペリオに向かって一直線。

 陽が差し込むという言葉では取り繕えないほどの光の線。雷にも似たその太陽光が、一瞬のうちに大地を穿ち、そして瞬きの間に消え去った。


 誰も何も言えない。

 いつもならヒートアップする会場も、ざわめきひとつなく、そして誰もがインペリオがいた場所に視線を向ける。

 釘付けになるように、目をカッと見開いてそこを見た。


「あーあ、やっちゃったね」


 そう口にしたのはジャックだった。

 彼は訳知り顔で体を失い影だけが残ったフィールドを見る。焼け焦げたその場所はくっきりとヒトの形をしていた。

 

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