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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第二章 ヒトビトの原罪
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3不治の病


「早く戦え!」

「殺し合いをしろ!」


 数々の罵声や怒声をかき分けて聞こえてきたのはそんな言葉。

 会場全体がヒートアップしていく熱量にメアリーたちは怖気付き、当の本人たちは素知らぬ顔をしていた。それどころかへロスは堂々と変わらぬ声色で「再度通告だ。降参しろ」とインペリオを冷静な黒色の瞳で捉える。

 その瞳の奥には仄かに怒りが宿っているように感じた。


 へロスは根っからの戦士だ。

 誰にも負けるつもりはない。強気ものと競い合い、強者と覇を争い、そして下して己の強さに誇りを得る根っからの戦士。


 己に必要なのは誰にも輝きを失わせることのない武勇伝。

 へロスを更なる強者へとステージアップさせるための「英雄」という称号。


 そのためにへロスは今まで時間を費やしてきた。

 いつか彼方の記憶の中、先生が教えてくれた「英雄」のような、マハーバーラターの英雄アルジュナやカルナ、ラーマーヤナの英雄ラーマのような、伝承に名を残すためだけにへロスは己の人生と向き合ってきた。

 もしかしたらそれは他のモノからすれば滑稽な話かもしれない。

 あるいはどうしようもないとへロスを呆れた目で見る要因になるかもしれない。

 だがそれでもへロスには輝かしい目標である。


 永遠に心に宿る信念にもなっている。


 だからこそ、病を患いながら戦おうとする目の前の男が許せなかった。

 己を侮っているのかと、そう思えざる終えなかった。


 もしこれが病を悟らせないような頑固モノであれば、評価は違ったかもしれない。

 もしくは病を宣言した上で戦士として戦いたいと言ったのであればまだ救いようがあったかもしれない。


 けれど男は病を前に賞品の正当性を語った。

 それはへロスにいうのはお門違い。運営にそれこそジャックに言うべきことだろう。もしかしたら彼はそうしたのかもしれない。そうした上でジャックに拒否されたのかもしれない。

 嫌々このコロシアムに参加したのかもしれない。


 そう言ったかもしれないはいくらでも想像できる。

 想像できるがそんなことへロスには関係なかった。


 今目の前にある現実が全てだ。

 インペリオは病に侵され、それを承知の上で代理を立てることなくヘロスの目の前にいる。

 そうして如何にその賞品が自身がもつに相応しいかを語っている。


 その態度、そしてその言動。

 その全てが戦士であるとは認められなかった。認めたくなかった。


「俺はお前なんかよりも強い!降参するのはそちらだ!不殺の鈍など我が敵に相応しくない!」


 インペリオが叫ぶ。

 それはあまりにも身勝手な発言。それはあまりにも礼儀に反した行い。

 ゆえにと言うべきか、やはりと言うべきか、へロスは武器を振るう気になれなかった。だが、仕方がない。メアリーやアリオストロ、ローランドに誓ったのだからこそ、へロスは勝たなければならない。


 どうインペリオがこの戦いまで勝ってきたかはわからない。


 だからこそ十分な警戒を怠らずにへロスは背中にあるハルバートの柄を握った。


 瞬間。

 インペリオが急接近する。ハルバートを構える寸前のこと、観客が息を呑み込む中へロスだけは「ああ、騙し打ちか」とインペリオの今までの戦果の理由を悟った。これまでそれが通用したのかはわからない。だが向けられる突先が心臓目がけていることを悟った瞬間、トンと軽く後方にステップし、軽く右側に避ければ勢いに乗って急停止できないインペリオの身が乗り出す形でへロスの隣にやってくる。


 そこにへロスは容赦なく右足を軸にした膝蹴りを腹に向かって容赦なく叩き込んだ。


 ハルバートの柄にはもう触れていない。

 それどころか左手を前にして右手を引く、そして重心を下に降ろした体勢で睨むようにインペリオを見た。


「舐めているのか!」


 叫ぶインペリオにへロスは答えない。

 それこそ全身全霊というようにインペリオをその双眼で睨む。


「望み通り殺してやるよ!!」


 それを侮りと受け取ったインペリオは、次の瞬間後悔することになった。

 何が起きたのかわからない。いつものようにレイピアを振るいその腹に向かって突き刺しを行おうと突進した。そこに若干の躊躇はあった。あの時のように軽々と避けられまた打撃を喰らわせられたら、その躊躇がレイピアを鈍らせたからか、あるいはもとよりそんなこと目の前のへロスには効かなかったのかもしれない。


 気がつけばインペリオは青白い太陽と空を見上げていた。


 途端。顎に強烈な痛みが走る。

 一拍遅れてやってきたその痛みに顎が砕かれたのだと気がつくには十分な時間が必要であった。


「がああああ」


 先ほどまで罵声と怒声に包まれヒートアップしていた観客が沈黙を貫く。

 今の瞬間、へロスの動きを目で追えたのはジャックのみ。左足を軸にした右足からの攻撃。レイピアの軌道を外れるために大振に回された右足が、最後内側に向かって振り挙げられその顎を打ち砕くほどのしなやかな蹴りを炸裂させた。

 何が起きたかわからない会場を前にジャックはひとり口笛を吹く。

 「ヒュー」と鳴った音はざわめく会場の中で嫌に大きく聞こえた気がした。


「まだ立つか」


 地面を背にしたインペリオは冷酷に聞いてきたへロスの方へと眼球だけを動かして視線を向ける。

 その瞳にはすでに怯えが含まれており、ゆっくりと近づく己の死神に対してインペリオは素早く立ち上がりレイピアを構えた。


 へロスしか預かり知らぬことだが、この柔軟性を取り入れた武術こそへロスの武の真骨頂。

 ただハルバートを振り回すことだけがへロスの戦い方ではない。師に教わり、磨き上げた技。名をあげるのならば古来インドより使われてきた武術「カラリパヤット」数千年の歴史を持つ技術が今、何の運命かへロスの身にしっかりと宿っていた。


「があああ!!」


 インペリオの出鱈目な剣技がへロスに向かっていくが、それはすぐに拳や蹴りによって阻害される。

 一種の芸術のように技を繰り出していくへロスに気がつけば観客たちは唾を飲み込みその行く末だけを追った。


「すごい」


 そう零したのはローランドだった。

 何が起きているのかさっぱりわからない。けれどインペリオのレイピアが弾かれるたびにへロスが何かした、ということだけは理解できる。改めて新しい仲間が強いところを見せつけられたメアリーとアリオストロとローランドは、へロスが有利な状況で運んでいく現状に空いた口が塞がらないでいた。


「もしかしてすごいヒトを仲間にした感じ?」


 メアリーの言葉にジャックは「あれ、知らなかったの?」という。

 その言葉に不穏さを感じても聞かなければならないと思ったメアリーは「知らない」と素直に答えた。そうすれば、キセルを蒸して受動喫煙を強制するジャックが楽しげに微笑む。


「リトスの怪物。それが彼の異名だよ」


 怪物。

 なるほど、とはならない。強いという尺度を測るのにはその言葉が当てはまるのだろうとは理解はしているが、正直なところこの姿を見れば別の言葉が浮かぶ。


「怪物どころか……戦神か何かでしょ」


 そうその言葉の方があっている。

 荒れ狂う力を振りかざすものよりも、技を極めし戦神。特に柔軟性といったら、そんじゃそこらの武人よりも格別だ。


「いくさがみ?」


 アリオストロの言葉でメアリーはハッとする。

 そういえばここは一神教の国。セウズ神が支配する空の国。そこで戦神などという言葉が通ずるはずもない。またやってしまったという後悔。それから知らないはずの言葉を知っている自分へのちょっとした恐怖。そういった感情を呑み込んでいつも通り「気にしないで」と言おうとしたその時、


「確かにその異名の方があっているかもしれないね」


 そう肯定したジャックが面白いものを見るようにメアリーを見ていた。

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