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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第二章 ヒトビトの原罪
116/119

1不治の病


 気がつけば終盤も終盤。

 へロスと最後の相手であるレイピア使いの男がスタジアムに立っていた。それに気がついたローランドが急ぐようにアリオストロとメアリーに声をかける。今まで鑑賞に浸っていた気持ちから一転して心が戦況に支配される。

 睨み合いの続く中、戦況が動かないと思っている観衆とは違いへロスとレイピア使いのフードを被った男、インペリオは相手の動向を窺いながら話をしていた。


 それはへロスの不殺を侮りと受け取った、あるいは油断だと思った故の行動ではない。

 インペリオのとても個人的でとても傲慢な考え方による一方的な会話だった。


「このコロシアムの商品を手に入れれば君は何を望む?」


 へロスはそれに軽率に答えを出さなかった。

 商品をどうするかは決まっている。それは元々の所有者に返すこと、それがへロスの目的であったしメアリーやアリオストロ、ローランドと決めた約束であった。

 だが何かきな臭い。

 商品を手に入れて何を望むか、まるで商品に特別な力が宿っているかのように話すインペリオが不思議で、そして危険に見えた。ダグザの大釜。それについて何か知る必要がある。いやそもそも知っているということはダグザの大釜が盗品であると知っている可能性だってある。それらを考えれば、気持ちよく喋らすのが一番だろう。


 だからへロスは押し黙る。

 そしてそれに気分を良くしたインペリオが語りを続けた。


「僕は死者蘇生を試す」

「はぁ?」


 思わず声に出てしまう。

 そんな力聞いたことがない。いや、聞き出そうとしている時点で新情報が出るとは察していたが、それにしても威力が強いものだった。横っ面を殴られたような気分になりながら、へロスは「どういうことだ」という。

 そうすれば、インペリオは顔をにやつかせて答えた。


「あれは多くの食べ物が出てくるだけのものじゃない。死者蘇生も永遠の命も得られる聖なる杯。これを手に入れるために我が一族がどう足掻いてきたか、その苦しみも二十年の歴史も知らぬお前が手に入れていいものではない!」

「……どういう歴史があったかは知らないが、賞品は勝ったものが手に入れらものだ。そこに理由も意味もない」

「あれは元々我らのものだった!」


 インペリオがそう叫ぶ。

 青白く光った太陽がインペリオに強烈な直射日光を与えるかの如く煌めく。

 その空気がまるで一枚絵のように見え、天からの祝福のようにも見えたそれはしかし苦しみに喘ぐインペリオの声で霧散した。

 インペリオは肌を一切出さない服装をしている。腕から足、頭から指先まで黒色の衣装で身を包み、得体の知れなさという空気を纏っている。そんな彼がへロスが何をしたわけでもないのにも関わらず苦しんだ。


 苦しみの果てに膝をつき、それでも立ち上がろうとレイピアを杖にする。


「持病か」


 聞いたのはへロスであった。

 それに対して憎々しいというばかりに「これは名誉ある副作用だ!」と叫ぶ。名誉、それから副作用。どう考えても組み合うことのない単語の陳列にへロスの眉は厳しく引き寄せられる。


「弱っているものを焚き付けるほど倫理観を失っているわけではない。早々に降参しろ」

「俺は戦える!」


 地面を握りしめて立ち上がったインペリオにへロスは自分の武器を構えることもやめた。

 どういう理屈かはわからないが、相手は負傷者、もしくは病人だ。どうやってここまで勝ち上がったかはわからないが、連戦続きで体にガタが来たのだろう。そう考えれば納得もできる。だからかける言葉は「降参しろ」というものだった。


 さて、そんなスタジアム。

 それを見るメアリーたちの表情は強張っていた。それもそのはず、インペリオが何かを言ったと思えば、錯覚でなければ太陽がインペリオを攻撃したのだ。

 いや、錯覚な訳ないだろう。

 メアリーたちの肌はあの時ウィリアムから喰らった重圧感を太陽から感じた。であるのならば、間違いなくウィリアムがそうしようとしてそうした。それは明らかな現実であった。


 正直なところ、メアリーもアリオストロもローランドも戦意を失っている。

 最初から敵対しようとは思っていなかったが、それでもこんな大技を見せつけられたのだ。しかもメアリーたちにしかわからないように見た目では理解できないように、そうして巧妙に隠されながら「何か余計なことをしたら同じ目に合わせるぞ」という意思を伝えてきた。


 それのなんと恐ろしいことか。


 思わず唾を呑み込む。

 そうすれば、隣から見知った声が聞こえた。


「彼、死んじゃうね」


 軽い調子でいつの間にか隣に来ていたジャックがそう言った。

 片手にはキセルを持って、吐いた息と共に出した煙が天上に登る。どうしてこも周りのヒトビトは急なのか、どきどきとした心臓を押さえつけてメアリーは「いつからいたんですか」と訊ねた。


「うーん、北の街ポスに行こうっていう話から?」

「それって結構前では?」

「いやぁ、懐かしい気配がしてね。物見がてら挨拶にと思ったんだけど」


 言っている言葉は普通だが、そこには何かただならぬ空気が含まれていた。

 なんというか殺意のような、相手を害するつもりだったかのような空気に居心地が悪そうにアリオストロが「誰もいませんでしたけど?」と返す。


「うーん。この僕が老化なんてあり得ないと思ったんだけどなぁ」

「いや、ヒトは老けるだろう」


 何さも自分は該当しませんと曰っているのか、そんなジャックに呆れた顔でアリオストロが突っ込む。

 それに気分を良くしたようにジャックは「すぅ」とキセルから煙を吸って吐く。まるでそれが一種の遊びのように見えるのはメアリーが疑い深いからだろうか、そんなことを考えた。


「それでここに来た理由てそれだけなんですか?」

「いや?面白いことになってるから実況でもしようかとね」

「面白いって……何がですか」


 ローランドは一向に進展しないスタジアムを見てそういう。

 そうすれば、ジャックは茶目っ気を出すようにウインクして「へロスの相手、あれ不治の病にかかった血族のものなんだよ」と言った。不治の病。その言葉にいち早く反応したのはメアリーだった。メアリーは淡々と「症状は?」と聞く。この国では医術は禁止されているにも関わらずそうしてしまうのはある意味で一種の病気であった。


「太陽に嫌われている、大地に嫌われている」

「えっと?」

「つまり太陽の元に身体を晒したら焼かれるし、大地を踏み歩けば全身に激痛が走るっていう病気だよ」


 それは病気とは言わずに呪いと呼ぶのではないだろうか。

 太陽光のアレルギーならまだわかる。かゆみと皮膚のただれ、そう言った症状は記憶の中でも珍しくはなかった。だが焼かれるとは?言葉を聞くに比喩ではなく直訳にしか聞こえない。本当に発火するのだろうか、いやそもそも大地を踏めないとするのならどう過ごしていたのだろうか。


「彼が僕の探しビトから賞品を盗んだ血族の一人なんだよ」

「呪いじゃないか」


 今度ははっきりと声に出る。

 これは医者も匙を投げるレベルだ。そしてウィリアムから聞いた言葉を思い出せばこの状況にも納得ができる。盗人に罰を与えているのだろう。太陽はウィリアムだとして、地面は?まさかダグザは大地の神だったりするのだろうか。

 状況的に考えればそうなる。

 だが、確証は得られない。もしかしたらこの大地の件もウィリアムの力かもしれないし。


「彼らの血族には呪われている。きっとセウズ神に何かしたのだろう、てのが表向きの噂。だけど裏は違う。喧嘩を売ってはいけないところに売ってしまった哀れな血族。そしてその罪を理解しない愚かな血族」


 それが彼の血統さ。

 そういうジャックはやっぱりどこか他人事であった。

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