8黄金の街
「ぎゃああああ!」
悲鳴をあげる戦士を見てへロスは剣を持ち直し、戦士の両腕を切り落としたハルバートを回収しに歩みを進めるへロスに戦士は恨むような視線を向けた。
「不殺ではなかったのか!!」
「お前が前回の試合で戦闘不能になった者を見せしめに殺さなければ、これを使うことはなかった」
へロスは前回の試合を見ていた。
そしてこの男が見せしめにヒトを殺したのを見た。それは良くないことだ。へロスは立派な戦士だ。英雄を志す強気戦士でその戦いの中では、いつも相手に敬意を払っていた。だがこの男はどうだ。戦闘をただの娯楽と捉え、享楽に浸る。そして己の力に過大な自信を持ち、傲慢。であるのであれば、魔物と同じだ。いや獣の方が幾分かマシだ。
ただ悪戯にヒトを殺すものなど必要ない。
不殺を願われただけで、そうでなければ殺したほどには醜いとへロスは思っていた。
腕だけでよかったな。
そう呟いてみるのは少しだけ刺激的な絵面にギャアギャア騒ぐメアリーたちの方向だった。
いや、メアリーは冷静であったが、アリオストロが酷い。
絹を裂くような声で戦士が動くたびに悲鳴をあげている。
悪いことをしたな。
へロスは漠然とその姿を見て苦笑いを浮かべた。
そしてその姿を信じられない者をみるような姿で戦士は慄く。この強者をヒトの範疇に収めているのは視線の先の子どもたちであることが信じられないのだ。へロスと戦って、戦士は己が如何に過小な存在かを悟った。だからこそ、目の前のへロスが殺す気でかかってきていたら己の命など一瞬のうちに刈り取られていただろうと考えつく。それが男の恐怖心を煽って苦しませた。
「化け物」
そう口を象った言葉にへロスは冷静に見送って、仕込み武器を元に戻す。
その様は強者特有の余裕があり、優雅で美しささえ感じてしまうほどの所作。それに見惚れるようにアリオストロが目を輝かせてから、メアリーたちを見て「あの武器かっこよくね!?」と今更ながらの感想を零した。
それにメアリーは何か突っかかるものがあった。
なんというか既視感っていうか、このテンションの高さに覚えがあるというか、なんだったか……そう考えているうちに同じく目を輝かせたローランドが「かっこいいです!」と声をあげる。
ああ、思い出した。
鶯鳴の記憶の中にあるあれだ。
男の子が必ず修学旅行先で買ってくる意味わからないキーホルダーを見てる時のテンション。それに似ているんだ。
「あーはいはい、かっこいいかっこいい」
「えー、メアリーわからねぇの?」
「あれは最強ですよ。後ほど合流したら良く見せてもらいましょう!!」
「てか、なんであんなの隠しとくんだよ。俺も見せてもらう」
いや殺人及び魔物殺しの武器を子どもの前で見せるほどへロスは子どもではないだろう。
忌避感とか、仕事用のものだから刺激が強いとかそう言った配慮のもと見せなかったのだろう、と思いつく。まぁ、本人の杞憂を裏切って、二人とも興奮するように変形する武器に魅入っているから、後ほどへロスがもみくちゃになるのは確定だ。
南無阿弥陀仏。
合掌しといて悔やんどく。もちろん形だけという注釈が入るがまぁ、誤差だろう。
そんなメアリーたちの様子を見て、へロスは一瞬こわばらせた表情を優しく微笑みに変えた。
そんな微笑にも恐れをなす戦士に視線を向けて「降参するなら今のうちだぞ」と脅す。そうすれば、たちまち顔面を青くさせた戦士が逃げるように己の陣地に戻っていく。
捨て置かれた両腕とハンマーを一瞥してからへロスは自陣に戻る。
その背中は歴戦の猛者と言っても過言ではないほど頼りになる姿であった。
「なぁ、これ、もう余裕で勝てるんじゃないか?」
「フラグって知っている?」
「ふらぐ?」
メアリーの言葉にローランドが首を傾げて問う。
それをなんとか誤魔化しながら「なんでもない」と口にし、捨て置かれたものたちを回収するスタッフに同情する。それにしてもメアリーの予想に反して、良い意味でへロスは強かった。
最初の出会いからある程度強いのだなとは知っていたものの、対人戦となると気が抜けるとか本気になれないとかそういった不安がなかったわけではない。
冷静な自分が最悪へロスが死んだ場合を考える程度には心配していた。
だが結果はどうであろう。
へロスはまるで記憶の中の鶯鳴のように死に関して割り切りをできており、必要であれば腕を切ったり武器を破壊したりと多彩な才能を見せていた。
もとよりメアリーのチームは訳ありが多い。
生命を殺すことに忌避を感じる劣性の民であるアリオストロ、何か隠し事をしているだろう術の展開が遅いローランド、自己統一性がない殴るだけのメアリー。その中で唯一、純粋な力を持ち、訳ありでなさそうなヘロスが加わった。今後の旅を考えればメアリーの胃の負荷は減っただろう。
少なくとも魔物に呆気なく殺されましたとか、そんなしょうもない旅の終わりはないだろうことは確かだ。
メアリーはひとまず胸を撫で下ろす。
それから次の試合を見ようと視線を向けようとした時、世界がダブった。これには覚えがある。まだメアリーが鶯鳴の記憶に怯えている時に見ていた予兆。世界が遠のくように音がぼやけて、そして視界がチカチカと光ったと思えば目の前の闘技場と白い部屋が重なるようにメアリーの視界を支配した。
あ、くる。
その予感は的中する。
ぐらっと浮遊感が一気にメアリーを襲い、意識がどこか遠くの方へと消えていった。
ツー、ツー、ツー。
音が鳴る。それは心電図のような音、鼻につく消毒液の香りと身に覚えのある手術室。そこに置かれた無骨なパソコンに向かって鶯鳴は頭を振り乱し「そうじゃない!」と怒気を表していた。
目の前にあるのはコードの並んだ不可解な画面。それを何度かパチパチとキーボードに打ち込むことで消したり付け加えたりを繰り返していた。
「どうしてそうなる!一回目の命令をどうして忘れる。くそ、これじゃあ、いつまで経っても作れないじゃないか!」
そう叫んで鶯鳴は手前にある書類の山を机から排除させるように薙ぎ払う。
そして怒り心頭のまま机の端に置かれたコーヒーカップを持って席を立ち上がった。それから慣れた様子でコーヒーサーバーのある部屋へと足早に向かう。その中で話しかけられようが、どうも感じない。ただただ全てを無視してコーヒーを注ぐために給湯室へと向かっているときにある病室の前を通りがかった。
「その話はもう、とっくに聞いた」
「そうだっけ?いやぁ、君と話すとどうしても言いたいことがたくさん増えて、何をしゃべったのか忘れちゃうんだよね僕」
「バカか?」
「そんなに辛辣じゃなくてもいいと思うんだ」
確かこの病院でずっと入院している子どもの声だ。
心臓に難病を患っており、親は放任、その境遇に涙する看護師を何度か見たことがある。そんな彼に友達が……それに感動するような心を持っていない鶯鳴は意外だなと思って、思うだけでその場を離れようとした。
だが次の瞬間、その足を止めることになる。
「君に大学の模試問題を持ってきてね」
「本当か?!」
「僕がお見舞いくるよりも喜んでるじゃん」
「あー、はいはい、嬉しい嬉しい。それでその模試問題は?」
確か彼は中学一年生ほどの子どもではなかったか?
それがなぜ大学の模試問題に目を輝かせているのか、いや、もしかしてギフテッドと呼ばれるものか、そこでふと先ほどのパソコンの内容を思い出す。もし、彼に全てを任せて見たら、本当にギフテッドというのであれば試しようがあるのではないか?己は秀才だ。天才ではない。では天才の頭脳を持ってして作り上げたら、それはとても素晴らしいものが作れるのでは?
鶯鳴の喉が渇く。
これは興奮によるものだと、久方ぶりに動いた脳がそう囁く。
メアリーはその様子を見て、思わず声なき悲鳴をあげた。




