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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第二章 ヒトビトの原罪
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7黄金の街


「気がつけばもう第二トーナメントが始まるな」

「あんなことがあったから体感十時間くらい経った気がする」

「あはは、それにしてもへロスさんが戦うまでに心が落ち着いてよかったですよね」


 本当にそれな。

 アリオストロがそんなことを言う中、ただひとりメアリーだけが先ほどまでの緊張感を引きずっていた。

 それもそうだろう。並行世界説、未来説、それが有力候補になったのだ。厳密にいえば魔術など鶯鳴の記憶にはないけれどそうなれば並行世界節が最も有力な候補になる。

 これで吹っ切れて異世界だったりしたらとても楽に考えられたのに、この世界を知る必要がある。

 何故かって、この世界がもし並行世界ではなく未来だとしたら、鶯鳴が作った神がどうなったか、あの禁忌がどうなってしまったのか、それを見届ける義務がメアリーの中にはあった。


 行き過ぎた化学は魔法のようなものになる。


 鶯鳴はそれを体現した人だ。

 人造の神を造り、信仰を集め、そしてそれを引き金に殺された。その作り方は今思えば碌でもないものだった気がする。曖昧で朧げな記憶では虫食い状態の設計図しか思い出せない。だが、覚えている欠けらでさえ非人道的であったことをメアリーは覚えている。雲がかった記憶の中で見えた書類には人間を使ったバイオテクノロジーの言葉が記載されていた。


 掘り出した記憶が鮮明に思い出される。


『だからあなたの治療なんてまっぴらごめんだ』


 鶯鳴を真っ直ぐ見る黒い目。その瞳には病人だと思えないほど強い意思がこもっていた。

 思わず鶯鳴はその瞳に惹き込まれた。そして、だからこそ、この目の前の少年を失うことに抵抗感を抱える。鶯鳴は懲りもせずさらに『本当にいいのか』と確認するように、まるでそれに是という言葉を返してくれることを願うように、ありったけの思いを込めて聞き返した。


 そしてそれに応えるように、ありったけの気持ちを込めて少年は『断る』とピシャリ、その擬音語が合うように鶯鳴の言葉を拒絶した。


『そうか……そうか、では、仕方ないか』


 鶯鳴(メアリー)は残念そうにそう言った。


 あのとき、鶯鳴が持っていた書類。

 あれにはなんて書いてあった。バイオテクノロジーの他になんと書いてあった。思い出せ思い出すんだ。それがもし、メアリーの想定するとても嫌な予感であれば、本当にメアリーはこの世界を知る必要がある。あの人造の神を停止させないといけなくなる。

 たとえ並行世界であってもあれが存在するのであれば、メアリーには王を選ぶことよりもあの神をどうにかする方法を考えることの方が重要になる。


 バイオテクノロジー、原子レベルの分解、違う素材への再構築、転用……。


「メアリー、へロスの番が来たぞ!!」


 思考を邪魔するようにアリオストロの声が聞こえた。

 メアリーは一度考えた思考を止める。今はとりあえず仲間の応援だ。へロスの応援をしようと決めたメアリーは脳を回してから視線をスタジアムに向ける。そこにはハンマーを使っていた戦士とへロスが向き合う形で睨み合っていた。


 スタジアムでの観客の声が遠くなる。

 まるで鮮明になったように、相手の声だけがへロスの耳小骨を揺らした。


「不殺を心がけているようだな」

「ああ」


 前半戦で相手を殺した戦士がにひりと笑った。

 それは嘲笑でもあったし、侮りでもある含みを持ったものだ。それにへロスは何も感じないように無表情を貫く。早速対話など求めていないようであった。

 それに眉を顰めた戦士は「恐れたか」と煽る。

 しゃんとした背筋、握られたハルバート、涼しげな表情を浮かべたへロスはハルバートを両手で握り直して、くるっと左右に捻った。


 そうすればハルバートの中から一本の剣が出てくる。

 短くなったハルバートと一本の剣を左右で持ち、構えたへロスに戦士が目を見開いた。


「仕掛け武器か!」


 戦士はそれの名を聞いたことはあったが見たことはなかった。

 まさか自分の相手が、しかも不殺を掲げる弱き戦士がそんなものを持っているとは思ってもいなかったのだ。仕掛け武器は殺戮に長けたものであるとは有名な話だ。徹底的に殺す。ただそれだけを求めて作られた強力な武器。噂によればヒトも魔物も関係なく、そして仲間でさえ巻き込む非道さを体現した武器。


 驚く戦士を横目に、へロスが先に仕掛けた。

 グッと右足に力を込めて左手に持ったハルバートを水平に振るう。まだ間合いではないはずの場所からの攻撃に、戦士は一瞬呆けそうになったものの、経験からの勘だろうか急いで右側側頭部に自身の斧を構える。そうすれば、()()()持ち手部によってリーチが広くなったハルバートが戦士を容赦なく襲う。


 卑劣で卑怯。

 伸縮するハルバートなど聞いたことがない。戦士は後方に下がるしかなく、バックステップで距離を取る。でなければ間合いを詰めてきたへロスの剣によって刺し殺されたかもしれないからだ。


 一回戦目の不殺の誓いとはなんだったのか。


 へロスとサタナスの戦いを見ていた戦士は苦虫を潰したような表情を作る。

 戦士にとってこの戦いは余興に過ぎなかった。いや、余興にもならないと思っていた。しょうもない誓いを持った相手だと思っていたから、それに足を引っ張られ自分に殺されるだろうと思っていた。


 だが現実はどうだろうか、へロスは間違いなく戦士を殺そうとしている。


 それに一切の躊躇いはない。

 伸びたハルバートが遠心力の力を持って重く戦士のハンマーを叩きのめす。怯んだ戦士に向かって力強く地面を蹴ったへロスが右手にもつ剣を振り上げてその首に向かって振り下ろす。

 堪らずハンマーを持ちながら転がるように逃げた戦士は、ハルバートが地面を穿った影響で起こる砂嵐の中から悪魔を見出した。


 ガチャン、音を鳴らして縮んだハルバートが死神の鎌に見える。

 抜き出された剣が青白い太陽の光を反射させて煌めく。


 瞬間。

 ハルバートをへロスは上空に投げた。

 その挙動に視線を奪われた戦士はしまったと言うようにへロスの方を見る。そうすれば、剣を後方に構え、突きの形をしたへロスがすでに至近距離に来ていた。


 戦士は迫るへロスをまずどうにかしようと動く。

 ハルバートは囮だろう。先ほどの隙を作るためのものだと確信した戦士は、己の筋肉が千切れんばかりにハンマーを振りかざした。剣であれば横から殴れば折れるだろう。そしてハルバートを自ら投げ捨てたのだから、後は問題なく押し潰して殺せばいい。武器がなくなって仕舞えばこちらのものだ。


 戦士は笑う。

 勝機は来たり。最初は出遅れたが、勝てば問題ない。


 そして剣を折ることだけを考えた戦士が右上から左下に向かって振るおうとすれば、突き出した剣がハンマーを捉えた瞬間、重心のままへロスは地を踏み締めぐるりとバク転した。戦士の空ぶったハンマーを持つ腕が伸びたまま硬直する。その次の瞬間。空高く飛んでいた筈のハルバートが無慈悲に戦士の両腕を切り落とした。


「エッグ」


 思わずその戦闘を見ていたメアリーがこぼす。

 続いてアリオストロが。


「ヒェ」


 と情けない声を出して、ローランドは「あはは、確かにこれで戦えないですね」と言った。


 確かに戦えないが、戦士としての生命を完全に殺したな。

 メアリーは不殺の誓いを思い出しながら、選手生命に関しては何も枷をつけていなかったことに気がつく。確かに生きているからいいか、と思う自分もいるし、普通にグロいと苦言を申する自分が言い争いを始めたようなそんな居心地の悪い気分を感じる。

 さて、これに対してアリオス吐露はどう反応するのだろうか。

 怒るのだろうか、それとも恐怖するのだろうか、はたまた約束破りだと思うのか、そう思ってメアリーはアリオストロに視線を向ければ、そこには両手で顔を隠しながら、


「へロスは怒らせないようにしよう」


 と馬鹿げたことを言うアリオストロの姿があった。

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