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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第二章 ヒトビトの原罪
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5黄金の街


「……行ったか?」

「はい、もう気配はないです」


『例えば、アポロン、ヘリオス、ベレヌス、ルー、金鳥、天照、ソール、シャマシュ、ミトラ、エル・ガバル、ケツァルコアトル、スリーヤ』


 メアリーは考える。

 その名前の羅列。わからないものが多かったが、だがそれは鶯鳴だった時に聞いたことのある言葉。太陽神たちの名前、特に天照なんて聞き馴染みがありすぎる言葉であった。

 メアリーは今まで散々考えてきたことがある。

 それはこの世界がなんなのか、異世界なのか、異界なのか、それとも鶯鳴の世界と地続きなのか、はたまた過去なのか、もしかしたら並行世界かも知れない。途方もない考えがメアリーを大いに悩ませる時があった。


 だが今、メアリーは己の今立つ世界が異世界でないことを悟った。


 これが過去なのか未来なのか並行世界なのかはわからないけれど、宗教体系がそっくりそのまま根付く異世界など信じられない。

 信仰とはそれだけ繊細で人類史と絡み合っている。少なくとも地域によって名称が変わる神の名前が異世界でたまたま同じだったなど、宝くじで一等を当てるよりも数万倍ありえないことだとは理解している。


 そして、ここが過去の世界でないことをメアリーはその文明からなんとなく察した。


 であるのならばここは並行世界か未来のどちらか、考えたくないが鶯鳴のという人物が生きた世界と何かしらの関わり合いがある。そうであるのなら、そうであってしまうのであれば、本当にメアリーは何者なのか、メアリーという個体名がつく人物は一体何者なのか、それが異様に目立って仕方がない。

 正直なところ神の悪戯と思えれば何万倍も楽だろう。

 だがそうして楽観視できるほどメアリーは無邪気ではなかった。


 世界を知るたびにメアリーは自分という存在の輪郭が曖昧になっているような気分になった。

 自己同一性の崩壊。

 得体の知れない恐怖が、罪悪感が喉元を締め付けてメアリーを苦しませる。


 鶯鳴だったときには感じなかったその生々しい感情は、そうやってメアリーの中でトグロを巻いて虎視眈々とその喉元に食らいつく日を待っているような気がした。


「へロスにはなんていう」


 寒気と息のしずらさを感じているとき、アリオストロがそういった。

 メアリーの意識は内側から外側である現在に戻される。己が勝手に決めてしまった事柄に対する言葉であることをメアリーは考えなくても理解できた。


「それは伝えるか伝えないかの話?」

「ああ、なんか下手に言ってもなんというか、その、へロスの妨害になるかなって」


 アリオストロの歯切りの悪い言葉にメアリーは確かにと同意の感想を抱く。

 あなたが勝たなければ、ここにいる全てのヒトが殺されますなんて言葉、メアリーだったら聞いただけで失神するだろう。そういう状況にしたのはメアリーだったが、そんなことは端においてそんなことを思う。

 そんな中、ローランドはしっかりとした目でメアリーたちを見る。


「私は正直にいうべきだと思います」


 あまりの迫力に言葉を失えば、ローランドは苦い顔をして「私たちは仲間だから」と言った。


「仲間だから、隠し事はなるべくしたくない。特に旅に関わるのなら」


 その言葉はどこか自分にいい宥めているように見えた。

 先ほどまでの真剣な表情は一転して不安そうな表情へと変化している。声も僅かばかり小さくなって、最終的には萎むように背を丸くさせた。そんな様子に思わずメアリーとアリオストロは顔を見合わせる。どうしようか、そんな小さな疑問が視線を辿ってメアリーの瞳に入ってきた。


 どうしようかって。


 どうすればいいのかわからないのはメアリーだって一緒だ。

 何が正解だとか、どれがいいとか、今一番そう言った自信をなくしているのはメアリーだ。だからそう聞かれても困るというか、答えのない問題を突き出されても答えられないとか、そういった不安感を持っている。

 自分が言い出しっぺだ。

 そんなこと十分理解している。だからこそ、へロスにこのことを伝えるか伝えないかなんてことは自分が決めないといけない、そんな責任感もあった。


 だがしかし、どうすればいいのだろうか。


 そう思考を膨らませると鶯鳴の記憶が嘯く。

 黙っていたほうが楽だと、喋っても意味がないと、知らないほうがいいことだってある。それに喋ってパフォーマンスが崩れるくらいなら、その危険性を回避するべきだとそういう。

 だが長年の経験は違うことをいう。

 本当のことを話すべきだと。信用しているなら、信頼しているのなら、尚更現状をちゃんと伝えて手伝ってもらったほうがいいと、きっとへロスなら受け入れてくれると、そういう。


「アリオストロはどう思う」


 結局どちらを選ぶべきか悩んだメアリーはそう言って卑怯にもアリオストロに主導権を渡した。


「え、俺?」

「参考に聞きたい」

「えぇ……俺は……」


 そう言ってアリオストロは黙った。

 アリオストロもアリオストロで悩んでいるのだろう。暫く経ってもダンマリを続けるアリオストロを横目にメアリーは心の蟠りを解消するためだけに、至って自分本位な考えで謝罪した。


「勝手に決めて悪かった」


 それhは決して言葉の意味そのものの謝罪ではなかった。

 こうして謝って許されれば、少しは心が落ち着くと、楽になれると思ったから、だからそういった。


「気にしないでください。今更ながらですがあの状況の中で頷く以外に方法はなかったと思っていますので」

「うんうん、俺もへロスが勝つと思っているから」


 そうして叶えられた己の願いは、想像通り許されることで安堵を呼び起こした。

 だがそれと一緒に妙な罪悪感が肥大化していく感覚を得る。謝ったのに、それを許されたのに、まだその問題を引き摺る自分がいる。ああ、ままならない。ちくりと傷んだ胸元を紛らわせるようにメアリーは「じゃあ、へロスに話すか?」とアリオストロに投げた。


「え、いや、うん……そうだな。俺は勝つって信じてるし、それなら話すのが……いいのか?」

「私もへロスが勝つことに疑念は抱いてない」

「じゃあ、宿に戻ったらお話ししましょう」


 ずるいことをしている自覚はある。

 メアリーは結局、ヘロスに話すか話さないかを答えずに全てを流すようにそう言った。いつからこんなに卑怯者になったんだろうか、そんな疑念が心の中に広まる。

 思えば、旅の中メアリーが卑怯者ではなかった時はあっただろうか、誰かを騙すことも、誰かを利用することも何もかも躊躇いもなく行っていた。それを悪いと少しも思っていなかった。

 それが異常なことであることを最近になって初めて知った。

 知らなければよかった。そんなこと、知ったところでメアリーの心が壊れるだけで良いことなんて一つもない。


 アリオストロとローランドが眩しく思えた。

 きっと二人はそんな悩みなんて持っていないだろう。己の倫理観への疑いとか、道徳心への疑惑とか、そう言ったものを持ち合わせないで生きているのだろう。


 自分がただのメアリーだったときに戻りたい。


 そんなどうしようもない考えがメアリーの中で渦巻く。結局戻ることも、今までをなかったことにすることも出来ないまま、このチグハグを背負って生きなければならないことが苦しくて苦しくて堪らなかった。


「そういえば、なんだけどよ」


 メアリーのそんな気持ちなど知らないというようにアリオストロが次の話題に入る。

 アリオストロは神妙な面持ちで「あいつ、は、その、セウズ神と同じ神って、本当に、その、信じるか?」と言った。

 それにメアリーは目を瞬かせる。そしてこの国が一神教で凝り固まっていることを思い出し曖昧に、


「ヒトではないことは確かだと思う」


 そう答えた。

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