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神饌の戴冠者1  作者: 綴咎
第一章 呼び覚まされた記憶
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4神の呼び声

 アリオストロに案内されたのは東の方面のその先、しばらく歩いたところに木材で作られたであろう柵に囲まれた集落だった。

 そこは活気があふれており、人々が行き交うのが見える。今世初めて孤児院のヒト以外を見たメアリーは物珍しい目でその様子を眺めた。バケツを持ったアリオストロが、慣れたようにその柵の向こうへと歩いていく。


 メアリーはその後ろをついていって、集落の中へと入っていく。

 そうすれば興味津々な表情でこちらを見るものや不信感を隠さずにこちらを見るもの、様々な反応が見られる。なんというか、メアリーにとってはそれは懐かしい記憶でもあった。初めて訪れた国や地域などではよく見られる傾向。だからこそ、それらの対応はよく知っている。


「おお、この集落にお客さまだとは珍しい」


 そう声をかけてきたのはこの集落の人間よりも、恰幅の良い男であった。

 指につけた黄金の指輪、一見して高いと思われる装飾品をつけた男は歓迎するようにメアリーをもてなした。

 だが、その目に映る欲望はメアリーにはしっかりと理解できた。こちらのことを何かしらのカモだと思っているのだろう。やけに仰々しく迎えるわりには、動く視線はこちらを品定めするそれである。


「おい、お前は早く井戸に水を入れてこい」

「……はい」


 離れていくアリオストロの背中を見送りつつ、メアリーは目の前の男に向き直した。


「旅のものだ。名をメアリーという。一晩泊めてもらいたいのだがそれはできるかな?」

「ほう!旅のもの!珍しいこともありますね!」

「悪いけど金銭は持っていないんだ。代わりと言っちゃあなんだが、力仕事や細かい作業なんかを任せてもらえるだろうか」

「いえいえ、そんなこと必要ありません」


 そう言い切る男にメアリーは眉を顰める。

 無償という言葉よりも恐ろしいものはない。そのくらい世間知らずなメアリーも知っているし、今や鶯鳴の記憶を手に入れたメアリーは過剰に反応する。だから「なぜ?」と問えば、男は当然の如く「貴方様は戴冠者でしょう?」と言ってきた。


「出なければそのような美しい衣を持っているはずがない!」


 思わずメアリーは息を呑んだ。

 なるほど、よく見れば男以外は見窄らしいキトンしか着ていない。男も綺麗かと言われれば少しだけ考えてしまうような服装をしている。なんというか素材が違う。メアリーの着るキトンは実の所、オーガッシュが機織り機で作った布で作られており、原材料から高価なものである。そんなことを知らないメアリーはややくすんだ色のキトンを見て、それから言葉に詰まった。


 そしてその隙を男が見逃すはずもなく、男はにっこりと広角を深めて「ささ」と口にした。


「大切な戴冠者様を対価ありきにもてなすなど、セウズ神に失礼なこと!よければ今晩だけとは言わず!」

「いや、私は5日後に神都ニフタに行く予定が……」


 そうは言いつつも、メアリーは男に背を押されて、一等綺麗なテントのような場所に送り込まれる。

 中はベッドや家具がそれなりにあって、けれどメアリーが住んでいた場所よりも狭い空間。五畳程度の部屋、折角なので持っていたズダ袋をベッドの片隅に置いて座れば、そこが木と草でできた簡易的なベッドであることに気がつく。


「ああ、もうし遅れました。私はこの集落の長である、プセーフォスと言います」

「あ、ああ、メアリー・パートリッジだ」


 差し出された片手をメアリーはとる。

 予想もしてなかった歓迎にやや気圧されつつも、メアリーの頭の中には先程別れるようになったアリオストロの存在があった。彼はこの村での対応は悪い方だろう。でなければあんなに見窄らしい姿になるわけない。とりわけ、ここの住人だと思われる人間よりも酷い格好だ。その地点で彼の扱われ方がわかるというもの。


「どうか旅の疲れを癒してください戴冠者様」

「あ、ああ、それはもちろんだけど……アリオストロはどこに住んでいるんだ?」


 メアリーの言葉に不快そうな顔をしたプセーフォスだが、メアリーはそれを無視して「彼には聞きたいことがあってね」と言った。

 ここで引いて仕舞えば、最悪この村で会うことはできなくなる。それだと困るのだ。


 タダで全てを明け渡してくるプセーフォスよりも損得勘定で動くアリオストロの方がメアリーにとっては扱いやすかった。


「それなら後でここに来るように伝えておきましょう」

「何から何まで悪いね」


 悪びれもなくそういうメアリーに何を思ったのか、プセーフォスは口角を引き攣らせて「いえいえ」と答えた。

 戴冠者だからといって長である自分に対するタメ口に腹をたたせたのだろう。もしこの場にアリオストロがいれば逃げ出すぐらいには部屋の温度は下がったように見えた。


 去っていくプセーフォスを見送り、ボスンっとベッドに腰下ろす。ミシッと音を鳴らすそれは実に不快に耳に残り、湧き上がる腹立たしさを煽ってくる。


 ここもメアリーにとっては気配が多すぎた。

 いや気配というか、どちらかというと声がうるさかったのだ。テントの外から聞こえる人々の声が、メアリーの精神を逆撫でする。


「聞いたか、戴冠者だって」

「あいつに選ばれれば、俺も王様になれるかも?」

「王様になったらこんな生活からもオサバラだ」

「いや、王様になるのは俺だね」

「なんだと、お前なんかに務まるか」

「いやこのままだとプセーフォスに独占されるだけだぞ」


 ざわめきが雑音となってメアリーの耳を揺らす。

 なるほどそういうわけか、戴冠者というものがよくわからなかったメアリーだが、今この瞬間その全貌を理解することができた。

 戴冠者とは言葉そのまま王を選ぶヒト。だから誰もが、メアリーを独占したいと思うし、今の生活が不満なものは特にその思いが顕著に現れている。


 この村はある意味メアリーにとって危険である。

 ある程度食料や情報をかっぱらってから夜逃げでもするか、そんなことを考えていれば、控えめに「あの」という声が聞こえた。


「はい」

「アリオストロだ。その、入っても問題ないか?」

「うん、いいよ」


 一拍置いた後、テントの入り口がゆっくりと開かれる。

 すんっと嗅いだ匂いがツンと酸っぱい匂いになる。ああ、アリオストロが来たのだ、そう思うには十分な情報が溢れた。


「その、俺を呼んでるって」

「うん、その通り。まさか肉のお礼が案内だけで終わると思ってるの?」

「詐欺だ!」


 声高に叫ぶアリオストロにメアリーは「しっ」と人差し指を唇に近づけて無言で叱咤する。


「正直この集落は、私にとっては危険な場所だ」

「それはお前が戴冠者だからか?」


 じとっと見てくるアリオストロにメアリーは肩を竦ませ、肯定した。

 メアリーは動作を終えた後真剣な眼差しでアリオストロを見る。その眼差しがあまりにも強くって、たじろぐアリオストロは次の瞬間驚くように目を見開いた。


「それもある、けど私は戴冠者という言葉をよく知らない」

「は?」

「だからこれは依頼だよ。あんたは私に戴冠者が何かを教える、それから私の旅路の準備をし、私をこの集落から逃げる手助けをする」


 アリオストロは慌てたように言葉を吐く。


「待ってくれ、そしたら俺はこの集落をでないといけなくなる!」

「ああ、そうだよ」

「確かにお前の肉は食ったけど、それに対する対価が大きすぎるだろう」


 至極当然のことをアリオストロは叫んだ。

 それはそうであった。肉の対価が住居を手放すことになる。それでは利益が釣り合わない。そしてそれを理解しているのはアリオストロだけではない。メアリーも十分に理解していた。


「だからだよ」


 メアリーは腕を組んだ。


「その代わりに私はあんたを王様にする」


 続いた言葉にアリオストロの目は落ちてしまいそうなほど見開いた。

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