3黄金の街
へロスが二回戦を迎えるまでは、暫く時間がかかる。
ではその間メアリーやアリオストロ、ローランドが何をしていたかというとコロシアムに熱中して――はいなかった。と言うのもへロスは不殺を掲げたがそもそもコロシアムとは殺し合いの場。生死をわける戦いにローランドは息を呑み、メアリーは沈黙し、アリオストロは顔面を青くさせる。血と悲鳴が聞こえる戦闘に早々にダウンしたアリオストロは、今や情けないことに己の手で耳を塞ぎ、加えてローランドに目隠しされていた。
「俺自分が情けないよ」
「自覚あってよかったよ」
「あはは、メアリーさん……」
これでは流石のローランドもフォローできなかったらしい。
笑うだけにとどめたローランドにアリオストロは傷ついたと言うように胸元を押さえる。そんなことしたって、アリオストロの情けなさは変わらないのだが、本人がしたくてしている格好だ何も言うまいとメアリーは早々に視線をスタジアムに戻した。
観客たちは白熱した戦いに熱をあげる。
そこに倫理観というものは除外されているらしい。まぁそれもそうか、自分が死なないとわかっていて殺し合いを見ることができるのは一種の娯楽だ。テレビや映画、はたまたアニメを見る感覚に近いのだろう。理解はしたくないが仕組みに関しては納得できる。
まぁ一部例外はあるが、そこでもう一度アリオストロを見た。
撃ち合いの音が大きく響く度に肩を跳ねさす姿は次期王候補として見えないだろう。ヒトの命を大切にすると言う枠組みでは申し分ないだろうが、王として立つのなら最低限の合理的な思考は必要だ。今のアリオストロを見ればそういった成長は期待できそうにないが、もうできないことは仕方ない。
それにメアリーのように合理性による倫理観及び自己同一性の崩壊を招くぐらいならアリオストロにとっても現状維持が好まれるだろう。
メアリーは気を逸らすためにスタジアムに視線を戻した。
銭湯は佳境に入っており、大きなツーハンデッドソードを握りしめた剣士とハンマーを持った戦士がせめぎ合っている。メアリーたちのところまで聞こえてくるほど大きな金属同士の金切声が空間を響かせて観客の熱を煽った。
戦士がハンマーに力を込めた瞬間。剣士はバックステップで後方へと下がる。そして俊敏な動きによって背後へと回り、その背中に向かって剣を水平に振るった。
血飛沫が上がる。
それはまるで滝のように、しかし戦士の動きを止めるには至らず、なんてことないように戦士が振り下ろしたハンマーを後方に向かって振った。
先ほどの攻撃が致命傷に至ると思っていたのだろう。
反応が遅れた剣士がハンマーによって吹き飛ばされる。ちょうどメアリーとアリオストロ、ローランドがいる観客席方面に衝突したからか振動が伝わってきてアリオストロの体が魚のように跳ねた。
「うーん、戦士の勝ちだね」
「そうなんですか?」
下を覗いてそう言ったメアリーにアリオストロの目を押さえていることで見れないローランドが首を傾げてそう聞く。
それに頷いてからメアリーは至極当然と言うように「脳震盪だな」と誰にも聞こえない程度の音で呟いた。ハンマーに打たれた場所は頭だった。加えて壁への衝突。無防備を晒した剣士の体は相殺することもできずに、そして受け身を取る準備もできないままに衝撃をその身体にもろに受けている。
どう加味しても脳震盪。よくて目眩や吐き気だろう。
そしてメアリーの考察は当たっていた。
砂塵が収まったそこにいたのはぐったりと体から力を抜いた男。それにゆっくりと歩み寄りながらハンマーを構える戦士に眉を顰めてからメアリーはローランドの視界を片手で覆った。
突如のことに戸惑うローランドとは反対に戦況は続いていく。
戦士がもう何もできないであろう剣士の前に立ち、ハンマーを振り上げたところでメアリーもそっと目を閉じた。
ぐちゃり。
たったそれだけの音でヒトひとりが死んだ。
それは変えようもない事実で、そして何よりも無情な出来事。しかし観客は火をつけられたように歓声をあげて、熱を帯びたように白熱していた。
「おうおう、やってんな」
その時。背後から聞いたことのある声がした。
思わず振り返ろうとした時「あ、振り返ったら殺すからな」と言われてなんとか体を動かさないようにする。
気のせいでなければ、いや世界にこんなに理不尽な塊が複数いるとか考えたくないから、間違えなくこの声の主はウィリアムだろう。もしかしたらその隣にはダグザがいるかもしれない。
だがメアリーたちがそれを知る術はなかった。
ローランドがアリオストロの目から手を離し、緊張した表情で「どんなようでしょうか」と言う。
アリオストロもそのあたりで異変を察知したらしく、恐る恐ると言うように耳元から手を離した。
「面白そうな祭りをしているからな。物見がてら誰殺せばいいか調査してたんだよ」
アリオストロも流石にその声に気がついたのか喉を鳴らす。
それに気分がいいように「お前らは?」と聞いてきたウィリアムにメアリーが「仲間の応援だ」とはっきりと答えた。
「へぇ、じゃあ、お前らの仲間が勝てばそいつを殺せばいいのか」
「ちょ、待ってくれ、話を」
アリオストロがそう言って振り返りそうになった時、メアリーはその頭を上から押さえつけて止める。
それに口笛を吹いたウィリアムが「もう一回言っとくが後ろを見たら殺すからな」と丁寧に教えた。理不尽であるが、もしかしたら話が通じるのでは?そんな期待をしてしまう程度には配慮があったと思った。
だがそれも思い違いで次の瞬間「痛い痛い。わかったわかった、話を聞けばいいんだな」と言う声にダグザがいることを知る。そしてダグザがいるから配慮をしているのだろうとすぐに理解できた。
「それで、お前たちは俺らになんか用か?」
自分から話してきたのにこの言いよう。
それを理不尽だと感じつつもメアリーは「私たちが勝ったらダグザの大釜をあなた達に返還したい」と言う。そうすればウィリアムは少しだけ驚いたように「マジか」とだけ言った。
「本気か?お前らって盗んだもの返すなんて謙虚なことできる種族だっけ?」
ウィリアムの言葉にメアリーとローランドは眉を顰める。
この「お前ら」とはメアリーやアリオストロ、ローランドにへロスを指している言葉ではないことはすぐに理解できた。所謂「ヒト」全体を指しているのだと、それを種族という括りで話すウィリアムはどこか尊大であったが、興味津々に聞いてくる。
「本気で返還するつもりか?」
「もちろん」
「じゃあ、最初から盗むなよ」
「それは俺らがやったわけじゃないからなんとも言えない」
そう言うアリオストロにウィリアムは「へぇ、みんながみんな同一個体だと思ったが、違うんだ」と変なことを言った。
同一個体とは、そもそもなぜメアリーたちが知っている前提で考えているのか、前会った時の会話を覚えていないのか、色々言いたいことはあったし、山ほどツッコミたいことはあったが敢えて口を閉ざす。
触らぬなんとかに祟りなしというやつだ。
「この催し物は後何日で終わるんだ」
「今日を入れて五日で終わる」
「なら五日後の夜。そうだな、最初に会ったところで返還してくれ」
「俺たちの言い分を信じるのか?」
とんとん拍子に決まる事柄にアリオストロは疑問を抱きながら聞く。
それに対してどんな回答がされるのか、メアリーとアリオストロ、ローランドは沈黙しながら待てば、さほど時間をかけずに言葉が返ってきた。
「その時はお前らを皆殺しにするだけだからな」




