2黄金の街
大きく振りかぶったハルバートが、青白い太陽から光を得て輝く。
それを視認した頃にはすでにへロスのハルバートは相手のロングソードと共に競り合っていた。こう言う場合、ハルバートを振り回すことから懐がガラ空きになるだろうに、それを視認できにほどの俊敏さで隙を埋めている。強い。これは自信を持ってコロシアムに参加するだけある。へロスの動きはメアリーたちでも予想できないほど大きく、そして速かった。
サタナスと呼ばれた男は防戦一方を強いられていた。
それほどまでにへロスは早く、そして強い。
一つ一つの打撃が重くのしかかり、その度にロングソードが悲鳴をあげているような気がした。
弄ばれている。そう思うには時間はさほどかからなかった。次の一手で弾き返した時、サタナスは思わず叫ぶ。
「手加減をしているつもりか!」
それは幸いなことに観客席には聞こえなかった。
歓声をあげる民衆の声でかき消された言葉は、しかしへロスの耳にはとどいた。へロスは一度目を瞬かせた。それは油断とかではなく、サタナスの主張が理解できなかったらであって、呑み込み終えた後はゆるりと首を横に振る。
サタナスはその動きに訝しげにへロスを見た。
へロスは強い。
それも自分よりも何倍も。
サタナスはそれなりに武功を立てたことのある戦士だ。もちろん今日だって優勝するつもりで来ている。だがその心さえ折ってしまうほど目の前のへロスと言う男は壁のように見えた。だからこそすぐに己を殺さないことを訝しんだ。そしてそれが屁ロスの傲慢さだと信じて疑わなかった。だが本人はどうやら違うらしい。へロスはチラリと歓声を上げる観衆を見た。その中にいる自分の勝利を信じて疑わない子どもたちを見て、そしてサタナスを正面から見た。
「ヒトを殺してほしくないと言われてしまったのでな」
しまったと言うにはへロスの表情は優しかった。
それに一瞬訝しげに目を瞬かせたサタナスは、その次の瞬間「ふ」と息を吐く。
「戯言を」
「理解してもらおうとは思っていない。だが願われたのだから答えるのが大人だ」
次の瞬間。
へロスが地を踏みしめて、跳躍。後方へと振りかざされたハルバートが、勢いを持ってサタナスに向かう。大胆に開けられた隙を逃すことなくサタナスも跳躍。俊敏さを持ってその空いた脇腹に己のロングソードを突き刺そうとした。
そちらが驕るのであれば、その驕りを後悔させようとその一心で力を込める。
後から考えれば、サタナスは愚かな判断をしたのだろうと理解できた。
なぜならハルバートを持つ手は柄を持っていなかった。
斧刃に近い部分を持ち、振り下げると同時に柄の部分がロングソードの軌道を逸らす。全身全霊の力を込めたへロスの刃がロングソードに向かう。ギリギリのところで持ち直したロングソードはそれに対抗するように力を込められたが、反対にその力を込めた影響でガンっという音を鳴らして折れた。
その勢いは止まらずサタナスの体は重力に従って地面へと吸い込まれていく。
衝撃に構えて目を瞑れば、しかしぐんっと勢いよく首の辺りを引っ張られる感覚に襲われた。
急な出来事に目を丸くする。そうすればへロスが己の首根っこを掴み着地したことに気がついた。広がるのはロングソードの残骸とさらにとどめを刺すようにロングソードの柄と地面を穿つハルバート。
己に正気はないことはすぐにわかった。
だから降参と言うようにサタナスは両手を上げる。その瞬間、会場は熱気にあふれた。
「勝った!へロスが勝ったぞ!」
「言われなくても見てたからわかるわ」
「すごいです!本当にすごいです!」
ところ変わってメアリーたちはへロスの堂々たる勝利に熱を浮かされたかの様子で見入っていた。
正直なところどんな感じで戦っていたのかはよくわからない。気がつけばへロスが勝っていた。そんな程度に呆気ないものであったが、メアリーたちが重視したのはそんなことではない。
不殺の宣言。
それを完璧にこなしたへロスへの敬意だった。
なるほどな。
メアリーは喜ぶアリオストロとローランドとは反対に冷静な目で破壊されたロングソードを見る。どんなに相手が不屈の精神を持っていたとしても武器が破壊されて仕舞えばそれまで、抵抗する手段が、勝つためのものがなければ降参せざる終えない。
終始ロングロードを狙っていたのはそう言う意図があったからなのだろう。
それにしても、早いし、重いし、強い。
余すことなく使われた筋肉、力強さ、そして冷静に頭を回す周到性。もしかしなくてもメアリーたちのチームは最強クラスになったのではないだろうか。
前線のへロスに後衛のローランド。もう完璧と言っても過言ではない。
強いとは思っていたけれどここまでとは、メアリーはアリオストロと己を端においてそんなことを考える。己は戴冠者で、アリオストロは王様だ、別に強くなくていいなんて言い訳も用意して、その時だけはローランドのことを無視した。
「このまま順調に勝てそうだな」
「おう、へロスー!ファイト!!」
「頑張ってください!」
ここぞとばかりに応援する二人にメアリーは苦笑いを浮かべる。
この距離では声は届かないだろう。そう思っていたが、へロスが振り返った。そしてこちらを見て手を振る。それに後方の観客が一層声をあげるが、それがメアリーとアリオストロ、ローランドに向けられたものだと三人は理解できたため、さらに声を張ってへロスを応援する。
「がんばれ!」
「頑張って勝ってください!!」
「……がんばれ!」
メアリーは自分が声を張り上げる姿を想像できなくって思わず尻込んだが、それはそうとして頑張っているへロスに申し訳ないと思い慣れない応援の声をあげる。そうすれば嬉しそうに頬を緩ませるから、なんと言えばいいのか、応援ってこんなに暖かなものなんだなと見当違いな感想を抱いた。
スタジアムはさまざまな声が飽和して小さな声や個人の声などは聞きづらかった。
それでもひとえにメアリーたちの歓声が聞こえたのは、聞き馴染んだ声だからと言うのもあるが、メアリーたちの歓声を待っていたというへロスのちょっとした願望があってからだろう。
そんなメアリーらに手を振っていれば、やっと立ち上がったサタナスは砕けたロングソードの柄の部分を持ち上げて、小さく笑った。
「ヒトを殺さぬ覚悟か」
それは先ほどの言葉とは全く違った意味にも感じた。
それに気がついたへロスはサタナスに向き直る。そうすればサタナスが意外にも清々しい表情をしていることに気がついた。
「馬鹿馬鹿しいと思ったが、これがどうして面白い」
「弱さだと思うか?」
「逆に聞こう、其方はそれを弱さだと思っているのか?」
その言葉にへロスはアリオストロたちのやり取りを思い出した。
青臭い、それでいて理想的な願望。それを馬鹿馬鹿しいとは思わない。むしろ、命の重さを大事にした結果だろうと思う。泥臭く、なんともアリオストロらしい言葉であった。願いであった。
そう言うならば、これをきっとヒトビトは「ロマン」と言うのだろう。
「何一つ思わない。これこそ俺が彼らに示す強さだ」
だから恥じることはない。
その一心でそう答えればサタナスは笑顔を浮かべた。それはまるで楽しげで、面白いものを見たと言うような表情。
それでいて、ひとりの戦士に対して向ける敬意を感じる。
「それを聞けてよかった。その強さ天晴れ。俺は其方が優勝すると願っておこう」
そう言うとサタナスは翻り出口へと向かっていく。
その背中に敬意を向けながら、へロスもまた次の試合のためにスタジアムを後にした。




