3ウィリアムという男
「ジャックさんが警戒するのもなんだか理解できた気がします」
そう言ったのは恐怖の余韻が残る最中でなんとか気を持ち直したローランドだった。
足をアスター宿場連盟の本拠地に向けながらのことだ。痛い沈黙を破るようにローランドは重々しそうに口を開けた。
「正直なところ私は何もできない。なんてことを思ってしまいました」
「悪いな。俺が話しかけたせいで貴殿らを危険な目に合わせた」
「そ、そんなことないですよ!」
次に重々しく口を開いたのはへロスであった。
彼はよっぽど今回のことに関して重大な責任を感じているらしく、その顔には深く皺が浮かんでいた。
そんなへロスにすぐにフォローを入れるようにローランドがいう。
続くようにアリオストロが口を開いた。
「ウィリアムってやつがどれだけ強いかわかったんだし!」
メアリーはその言葉に目を伏せた。
正直なところウィリアムの強さは「わからない」。そもそも推し測れないのだ。あらゆる角度から考察を入れてもお手上げ状態。強すぎる。ウィリアムから与えられた認識は僅かの可能性も彼に勝つ活路がない、と言ったものだった。そしてわかったのは連れであるフードの子に対する愛情というべき感情だろうか、それがわかったからってどうにかなるものではない。
フードの子はウィリアムが店主を殺そうとしていたという言及に対して何も反応をしていなかった。
倫理観的な問題でウィリアムのストッパーになってくれるとは思わない。
最後の指摘だって、どちらかと言えば言葉遣いの悪さに対するものだったし。
「危険だな」
言えるのはそれだけ。
だがその情報だけでも全員生きた上で取れたもの。それだけで奇跡的なとつけられるだろう。
「ああ、間違いなく」
へロスの肯定にメアリーは更に付け加える。
「でも、それに偶然出会うってなんか変な感じがする」
「どういうことだ?メアリー」
「ジャックさんの話を聞いてから出会うなんて、そんな可能性どのくらいある?」
そうそこだ。
メアリーはバカでも純粋でも無垢でもない。
ジャックから説明された翌日に出会うなんて明らかにおかしいことだし、加えてウィリアムはこれからジャックに会うことを知っていた。でなければ伝言なんて伝えてこないだろう。
「伝言もしてきたしな」
「てことは向こうは俺たちに会いにきたってこと?」
アリオストロは首を傾げて「なんで?」という。
疑問に思うことはいいことだが、この短い時間でわかるはずもない。想定できるとしたら、ジャックと交流のあるものを視察くらいだろうか、伝言をしにきたというのであれば向こうからアプローチしてくるだろうし、話しかけたのはこちら側だ。その点を考えるなら純粋にジャックと交流のあるものの視察と考えた方がいい。
「ジャックさんが超警戒されてる……て感じかな」
素早く回した思考でメアリーはそう答える。
一体全体何をすればそんなに警戒されるのだろうか、恨みを買いやすいヒトだとは思っていたが、特大爆弾のようなヒトを怒らせている可能性が出た。そんなに無鉄砲に喧嘩を売るとは思えないのだが、そのところは後で本人に聞けばいいだろう。
「俺たちまた巻き込まれてるの?」
アリオストロが純粋にそう聞く。
「ともいう。てか確実に巻き込まれているだろうよ」
メアリーが呆れたようにそういえば、ローランドが「否定できません」と嘆いた。
その言葉に眉を顰めたへロスが「そんなことしてくるヒトなのか?」という。
「ええ、否定できない。てかジャックさんが原因でのあれそれが私たちの旅を引っ張ってきたからな」
「引っ張ってきたというか、押されたというか」
メアリーの発言にアリオストロは潰れたカエルのようにそういう。
そうすればみるみる眉間の皺が増えてきて、重々しく「尻拭いということか?」と言った。
尻拭い。
尻拭いとは的を得た言葉だろう。確かに今思えばジャックの尻拭いしかしていない気がする。
そう考えれば思うところもある。ローランドはその言葉にピンときていなさそうだが、アリオストロは苦虫を潰したように表情を歪ませてから「なぁ、今からやっぱりコロシアムのこと断らないか?」とまで言ってきた。
「確かに賞品の件は尻拭いになるだろうけど、今更コロシアムに参加しないはできないぞ」
「えーなんで」
「名声を得る必要があるって覚えてないかなぁ」
ブスくれるように文句を言うアリオストロにメアリーは額に青筋を浮かべながらそう答える。
それに思い出したのか、みるみる顔を青くさせてアリオストロは「すみません」と早口でそういった。
「では、景品を元の持ち主に返すと言うのはどうでしょうか?」
「本気か?」
ローランドの提案にへロスが過剰に反応した。
それは正気なのか、と言う意味と、ウィリアムたちの発言を信じるのか、と言う意味を含んでいる。それに頷きローランドは答えた。
「嘘にしては話が莫大というか、その金銀などは山から生まれるというのは本当なんですよね?メアリーさん」
突如渡されたパスにメアリーは反応がやや遅れながらもなんとか答える。
「間違いないよ。少なくともそこら辺に生えるなんて非科学的なことありえないね」
「ひかがくてき?」
「ごめんなんでもない。通りに反しているって意味」
そういえば科学力がない世界だった。
メアリーは己の失言に笑顔で黙殺させる。そうすればアリオストロが黙ることを知っているからだ。案の定、アリオストロは「あ、はい」と言って黙る。他のローランドとへロスは首をかしげるに収まっているから、それをいいことにメアリーは「そういえば」と話題を無理やり直した。
「相手の言っていることが本当だって可能性は高い」
「なら、返還という方法でいいのでは?」
「……そもそも、俺たちには優勝賞品などさして必要ではないからな」
へロスはそういうと「任せる」と言った。
そう。そうなのだ。結局優勝賞品に関してメアリーたちは興味のカケラもない。いやそう断言して仕舞えばちょっと違うが、賞金であればメアリーは譲らなかっただろうが、幸運なことに今回の優勝賞品は金でなく物品。売って金にできないことは残念だが、金に目が眩んで命の危険に立つほどメアリーは愚かではない。
「旅にあっても嵩張るだけだしね。釜なんて特に」
「そういえば、ウィリアムさんは釜のことを……ええっと、何かの釜と言ってなかったですか?」
「俺の記憶が正しければ、ダグザの大釜と呼んでいた」
ダグザの大釜。
メアリーはどこかで聞いたことがあるような、そんな雰囲気を感じる。何かまでは思い出せない。ただ、鶯鳴の記憶にそのような言葉を見出した気がする。気がするだけで本当に記憶にあるのか定かではないが。
とにかく、名前のようなものが入っているのだからもしかしたらあのフードの子の名前がダグザなのかもしれない。血族のものと言っていたからもしかしたら違うかもしれないが、便宜上メアリーはフードの子をダグザと呼ぶことにした。
「であるのならば、推定ダグザさんのものってことになりますよね」
「ジャックの大釜ではないから、あいつの持ち物ではないよ」
「メアリー……」
メアリーの皮肉にアリオストロは頬を引き摺らせながらその名を呼ぶ。
「ならば我らの目的は彼らに大釜を変換するでいいな?」
「ジャックさんに渡すよりは俺はいいと思うな」
「勝って物にするんだ。それをどう扱おうが勝手だろう」
「ええ、メアリーさんに同意です」
まとまった意見にメアリーたちは頷きあう。
それからローランドが突然くすくすと喉を鳴らした。
「えへへ、私たち勝つことが前提で話していますね」
そこでへロスが赤面する。
それから頬をぽりぽりと掻きながら、喜びを秘めた顔で「そうだな」という。自分の力に期待してもらえることに喜んでいるのだろう。へロスは片手を握りしめてその力を強調する。それを見てアリオストロは「あはは、確かに!」と喉を鳴らした。
そしてメアリーはというと、一瞬キョトンとしてから久しぶりになんの裏もなく笑った。打算に濡れた鶯鳴の思考でもなく、ただただあの十六歳の少女メアリーとして、本人も気づくことなく笑みを浮かべたのであった。




