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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第一章 東の街リトス
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2ウィリアムという男


「どうしたんだ」


 メアリーたちに向けるそれとは全く異なったどこか甘い声でウィリアムはフードの子にそういう。

 そういえば、その子について置き去りだったなと思ったメアリーはウィリアムと行動していることからも警戒すべきだったなと心の中で反省する。そしてその一挙一動に注目すればフードの子はウィリアムに何かを伝えるように「ひゅー、ひゅー」という呼吸音を聞かせた。

 喋ることができないのか、あえて喋らないのか、そのどちらかであるかわからないものの、ウィリアムは気にした様子もせず「ほんほん」と耳を傾ける。唇の動きでも見ているのだろうか、それにしてはウィリアムの視線はフードの子の目に向かっているようで新たな疑問が浮かんでは消えた。


 何事かはわからなかったが話は終えたらしい。

 ウィリアムは傾けた体を元に戻し、それからフードの子は握っていたウィリアムの服から手を離す。

 先ほどまでの冷酷な表情が嘘のように街中にいる普通の少年のような表情をしてウィリアムは突如として自己紹介をした。


「遅くなったが俺はウィリアム。ウィリアム・アルベリヒ・ルー。お前らの名前は?」


 一回自己紹介をしたというのにこの物言い。

 全くこちらの名前を覚える気がなかったのだな、と思う一方で関心が向けられてしまったことに慄く自分もいた。メアリー、アリオストロとローランド、へロスが懐疑的な目でウィリアムを見ながら、恐る恐る、


 「メアリー・パートリッジです」

 「アリオストロ」

 「ローランドと言います」

 「俺はへロスだ」


 といえば、ウィリアムはうんうんと頷きあろうことかすぐに忘れてしまったのだろう。


「メシアにアリスにロレンドとへリスな」


 と全く見当違いの名前を言った。

 これには皆唖然としてから、アリオストロだけが「違うわ!」と叫んだ。それにウィリアムは面倒くさそうな顔をして、それから机に肘を置き頬杖をつく。


「俺にとっては取るに足らない存在の名前なんぞ、ひよこのオスメス判断より難しいからな」


 悪びれもなくそういうウィリアムに毒気を抜かれる。

 本当にそう思っているのだ。目の前の存在にとってメアリーたちは過小な命であり、いつでも摘み取れるもの、だから一々名前なんて覚えてられない。暗にそう言っているのだと気がついてメアリーは鳥肌が立つのを感じた。目の前の存在が超越的な存在がヒトの形を象っただけのものに見えて、思わず唾を飲み込む。


「それで、なんのためにだったな。そんなもの、盗まれたものを取り返すためだ」

「盗まれたもの」

「ああ」


 やはりジャックの推測は当たっていた。

 当然というようにそう答えるウィリアムにへロスは尋ねる。


「それは貴殿のものだったということか?」


 それならば盗んだやつはとんでもなく強いやつだろう。

 もしくは死ぬほど度胸があったものなのかもしれない。空き巣でなかったら、ウィリアムと鉢合わせしただろう。そうなれば必ずそいつは殺されているわけで、なら盗まれるはずもないのでは?メアリーの疑問は尽きない。

 だがそれに答えるようにウィリアムはフードの子をチラリと見た。


「元々はこいつの、こいつの血族のものの至宝だ」


 ああ、なるほど。

 ということはウィリアムのものではないということか、合点が言ったその言葉にメアリーはとりあえず頷くだけにとどめた。そんな反応を見ながら、ウィリアムが「俺に説明責任はないが教えてやる」と続ける。


「なぁ、金や銀、はたまた宝石はどこから生まれるか知っているか?」

「ええっと」

「それが関係するのか?」

「大いに」


 迷うローランドと聞き返すアリオストロにウィリアムは冷静な瞳でそういった。

 嫌な予感がしたのはメアリーだ。へロスは己の知らない知識に戸惑っているが、メアリーの沈黙は違う。知っている、金と銀、宝石は鉱山から、生まれる。だが見渡す限りリトスにはそういった鉱山らしきものはない。

 ということは、だ。

 メアリーは思わずリトスの民たちの服装に目を向ける。

 金と銀であしらわれた装飾品。取引に出されているのは宝石の指輪や腕輪、飾り。加工する技術がなさそうな国で出回るそれらにメアリーの顔はどんどん青ざめていく。


「ひとりは知っているぽいな。まぁ有り体に言えば鉱山と言われる山から採取されるものだ」

「山」


 そこでアリオストロもローランドもへロスもメアリーの考えに至ったらしい。

 みるみるうちに青ざめていく三人に気を良くしたようにウィリアムは「こいつの故郷を滅ぼして、奪い取ったものがこの国に流通しているんだよ」となんでもないことのように言った。


 思い出すのは簒奪者ウェヌスタのダリアが言っていた言葉。

 ヒトビトには原罪があるということ、神殺しの原罪。


 もし、そのフードの子の故郷に祀られる神がいたとしたら、それがセウズ神ではなく別の神だったとしたら。故郷を滅ぼしたことイコール神を殺したことになるのではないだろうか。


「故郷を滅ぼし、至宝を盗んだ鼠に、わざわざ通りを弁えてやるほど俺は寛容ではない」


 そういうと、ウィリアムは立ち上がった。

 フードの子に優しく手を差し出して立ち上がらせるのを手伝う。彼の動きを止めることなどメアリーたちにはできない。話が本当であれば、彼らには大義名分がある。それこそこの空の国と全面戦争を仕掛けられてもおかしくないほどの大義名分が。


「ゆっくりでいいぞ」


 メアリーたちに向けた声色とは全く別の音でウィリアムはフードの子を気遣う。

 それが至極当然のように、さらっと行動に移すウィリアムに背筋を伸ばし気品を感じられるような姿をしたフードの子は当たり前のようにその手に自分の手を重ねた。

 慣れている。

 その動作一つ一つが、所作が、洗練されていると言っても過言ではない。

 見かけは見窄らしいフード姿であったが、動きはセレブのそれに近い。鶯鳴の記憶にある金持ちの、立場を持った人の動きと全く同じような気品のある姿にメアリーはどこか圧倒されるような気がした。


「そうだ。お前らがこれから会うやつに伝えておいてくれ、死ねカスって」


 フードの子の白い手がウィリアムの額を弾く。

 それに一番動揺したのはアリオストロだった。明らかな理不尽の権化。間違えた言葉を発すれば死ぬ、そうでなくても死ぬ、伝言で死ねとかもいう、そんな相手に対する言わば小さな攻撃。

 小さなとはいうものの、相手が相手だ殺されることも仕方ないと思えてしまう。


 それなのにフードの子はそれをした。

 一番その理不尽さを知っているはずだろうその子が。


 それに慄くし、それ以降の対応に慄く。

 だがフードの子が殺されてしまうのではないか、そんな思いはただの奇遇として終わった。


 ウィリアムは触れられた額を両手で抑えて「痛い」と明らかな嘘をつく。

 そうすればフードの子はやれやれというように肩をすくめてから、手を差し伸ばした。

 それに一瞬あどけない表情を浮かべたウィリアムは喉の奥でくつくつと笑うように音をならして、その手を取る。

 それがあまりにも様になっていて、美しく見えてしまった。


「じゃあなメフィストかなんだか知らないやつら、これに反省して優勝賞品のダグザの釜を返してくれたら殺さないでいてやるよ」


 そう言って厄災は姿を消した。

 それにホッとする。カラカラに乾いた喉に触れる。まだ指先が細かく震えていて、自分が恐怖していることに初めてメアリーは気がついた。そして同じくあの緊張感を共にした仲間たちは、各々苦しそうな表情を浮かべて代表するようにアリオストロが「何事もなくってよかった」と口にした。

 

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