4新き仲間
へロスが正式にメアリーとアリオストロ、ローランドの仲間になった。
メアリーたちはそこから意識を変えて、周囲の人たちに声を聞かれないように潜める。あくまでお互いが聴こえる程度の声色で、でも確かに聞こえる距離で顔を見合わせ作戦会議を行うことにした。
「ことにした」といっても、当然方向性は決まっている。
へロスがコロシアムに参戦し、勝利する。
たったそれだけの言葉で収まるだけのこと。だが、なんとも難しい行為。
当然皆そのつもりでいるし、そうするしかないと決めていた。
だから話し合うことは一見して無駄に見えるだろう。
だが、今後……今からどうやって動くかそれがメアリーたちの話し合いの主題になった。
「どうする。このことをジャックさんにいうとして、それからどう動くか、あのヒトのことだ高値がつけばこちらの情報なんてすぐに売るだろう」
そう口にしたのはアリオストロだ。
その目つきは真剣そのもので、傍においた水を一杯飲みながら、苦渋を噛み締めた表情でそう伝える。
その意見にはメアリーも同意だった。もちろん、ローランドも、ただただ理解していないのはへロスだけで、だからこそジャックの危険性について話すべきだと無言で頷き合った。
「ジャックさんは基本的に良いヒトでも悪いヒトでもない。本当に根っから商人気質で必要であればヒトの命だって天秤にかけれます」
「やはり危ない男だったか……それはそうと敬語はいい。仲間となった今我らは皆平等の立場にいる」
メアリーが口火を切れば、それに返すようにへロスが言う。
そうであるのならば遠慮なくメアリーは「ではこれからはへロスと」と告げた。それに倣ってアリオストロも「よろしくお願い……よろしくへロス」と言い、唯一ローランドだけが「すみません。敬語が常なので……」と申し訳なさそうにいった。
「それならば問題ない。それで話は戻るが、要はジャックにどこまでを話すかについて考えていると言うことでいいのだな?」
「あ、はいそうです」
へロスは了承すると、難しそうに顔を顰めた。
その表情は考え事というよりも言いにくいことを口に出すような慎重さで、一呼吸置いてから「すまないそういった問題を解決できるほどの話術を俺は持っていない」という。
メアリーはそれに一拍遅れて目を丸くする。
そう言われるとは思っていなかった。へロスを仲間にするからといって全てをおんぶに抱っこ状態にするつもりがなかったから、驚いたともいう。まぁ、へロスから見れば精神的不安定のメアリーと感情的なアリオストロ、そして状況に流されやすいローランドという組み合わせを見たら過分に働かなければと思うだろう。
だがその心配は無用だ。
そういった思考戦はメアリーの得意な分野でもあるし、最悪全てを話したとしても問題ないと思うほどの強さをへロスは持っているだろうと確信していたから、むしろ不安がる要素などないだろうとメアリーは自認していた。
ハイドロからリトスに来るまでの魔物の強さはよくわかっている。
それを短期でほぼ殲滅させた強さだ。恐れるものはいないだろう。この世界の強者がどのくらいかは知らないが、世が世であればオリンピック選手にもなれただろう素質を持っていると考えられる。
だからメアリーはへロスの心配をよそに気軽に「大丈夫だろう」と答えた。
「ジャックさんにはもう全てがバレていると思いながら話した方がむしろ気楽だ」
「あいつどこから共なく情報抜いてくるもんな」
「ハイドロの件ではとっても苦労しました。とっても」
ジャックによる痛い目を受けていたメアリー、アリオストロ、ローランドは遠い目をしながらそう語る。
それに何かを悟ったようにへロスは「大変だったな」と零した。
「大変なんて言葉が冗談に聞こえるくらい大変だった。そもそもポスの件でもいきなり領主に引き渡したりとかしたからな」
「それは……」
アリオストロのため息まじりに語られた言葉にへロスは表情を硬くさせる。
へロスも昨日の一件でメアリーたちが戴冠者であり、アリオストロが次期王候補であることを知っていた。ジャックによってバラされたともいうし、昨晩の語りの中で改めて自己紹介されたことでローランドも同様に戴冠者であることを理解していた。
だからこそ、領主に引き渡しという言葉に引っ掛かりを覚えたような表情をする。
メアリーたちは戴冠者である前に子どもだ。
守れはせど、商品を扱うようにするとは論外である。
あの男、次会ったら殴るか何かするか。
穏健派であるへロスが武力の行使をすることを視野に入れるほどの所業。きっと恨まれているだろうとの予想がへロスの頭に散らかる。
一方でメアリーはその容姿や美貌、やることに対するスタンスからいつか女性に刺されそうだな、なんて突拍子もないことを考えていた。
「一応、あの場で今日どうするかを決めるってことを言う約束をしたから言いに行かなきゃいけないのは確かだな」
冷静なへロスの言葉にアリオストロは頭を振り乱して抱えた。
「言わなきゃよかった!」
「どんまい」
「ど、どんまいです」
過去のことを嘆いても仕方がない。
メアリーは水の滴るコップを持ってクイッと傾ける。口の中に入ってくる冷たい液体が喉を通って胃の中に向かっていくのを生々しく感じながら、ズバリというように「もう、全て話してしまおう」といった。
その言葉にアリオストロは目を見開かせ、ローランドは正気か?というような表情を見せ、へロスは静かにメアリーを見る。
へロス以外の反応に心外だなという不満を抱きつつも、続きを言う。
「下手な隠しはあのヒトの好奇心を刺激することになる。ここは素直にへロスが仲間になって、代表としてコロシアムに参加することになったといえばいい」
「だけどよ。それで不利になるとかないのか?」
「ならん」
アリオストロの弱気にそう答えたのはへロスであった。
へロスは真面目な表情をして静かにそう威厳ある声でいう。そこには一切の心配や不安といったマイナス思考はなかった。過剰なものではない。根拠を持ったような力の強さを示すように黒い目をアリオストロに向ける。それに怯んだのを見て、メアリーはため息を吐きながら「私も同意だ」といった。
「元々単騎で強いヒトだろう。でなければ、リトスの周辺の魔物の排除なんてしないだろうし、それに最初からコロシアムに参加するつもりなのだから、強さに自信があるヒトだろう」
「メアリーの言う通りだ。負けるつもりはない。俺には勝利しか見えていない」
謙遜のない強い言葉であった。
これは心強い。メアリーは自分で言ってはなんだが、その自負できる強さに少しだけ驚いた。メアリーはただ事実を陳列しただけで、その強さを目にしたことはない。だから謙遜されたらそこまでと思っていたが、そうではないらしい。
これは心から頼りになる。
ジャックの情報戦は難所であるものの、情報だけで勝てるのがこの世の全てではない。
特にコロシアムという環境では、力こそ全てと言えるだろう。
「それなら、へロスさんに任せて私たちは正直に話すことにしましょう」
「え、ローランドもそっち側かよ」
「むしろアリオストロは何を心配してるんだ」
「それは……ジャックさんが生む……関与する悲劇?あのヒト、他のヒトを巻き込んだ策略が好きだろう?なんか余計なことをしてきそうだなって」
ああ、そっちか。
メアリーはスキロスとコネクターの顔を思い出す。
確かに余計なことをするし、しなさすぎることもある。彼の歌劇を見ているようなノリはあまり見ていて面白くないことだろう。あれで笑えると言うのなら性格が曲がっているにも程がある。
昨晩の話を聞いたからこそへロスも思うことがあったのか、顰めっ面をそのままに「であるのならば」という。
「俺はコロシアムでの試合で相手を殺さない誓いをしよう」
その口から出たのはとんでもない発言であった。




