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父の願いと近づく可能性

「…………生贄制度を終わらせられるって言ったらどうする?」


響華は飛びつくように佳秧の肩を掴んだ。

佳秧は驚くでも、嫌がるでもなく、只響華を見つめていた。


「どういうこと?月華の水晶の封印以外で方法があるの?」

「月華の水晶の封印……?それは知らないけど、妖霊を減らすことなら出来る。生贄を捧げずにそれをすることは、理論的に可能だよ」


妖霊は星華滅妖剣以外では死なない。

生贄制度や、月華の水晶の封印以外でその方法がある筈がない。

しかし、佳秧の目は本気だ。


「綴音の家に行って。書庫の奥深くに私が残した手記がある筈だから」

「待って。佳秧、貴方は何を知っているの?」

「うーん、先に一つだけ教えてあげるよ。私は、妖霊にら喰われたのはこれが初めてじゃない」


響華は耳を疑った。

何度も喰われているということか。

亀裂はどんどん広がり、やがて、音を立てて崩壊し始めた。


「私はまた、貴方に会いにいくからね」

「佳秧!!」


◇◆◇


一方、外では妖霊を倒した櫂流と拓哉が、妖霊が散っていくのを眺めていた。


「やっ……と終わった……」


崩れていく妖霊の体から、意識を失っている響華が出てきた。

床に叩きつけられそうになった響華を、櫂流が急いで受け止めた。

そして、心の底から安堵したのか、溜息をついた。


「無事そうだな」


拓哉が響華の手首に触れ、脈を確認して笑った。


「ありがとうございます。隊長のおかげで自暴自棄にならなくて済みました」

「いいっていいって。それより、咲花は若干衰弱している。早く家に帰って看病してやれ」

「はい」


櫂流は横抱きで響華を抱えて、走って帰って行った。

その様子を呆れたように見ている拓哉は、過去のことを思い出していた。

そして、強く拳を握り締めた。


「あの時、俺にもっと力があったら……」


拓哉は過去に、最愛の恋人を妖霊に喰われて亡くしている。

彼はずっとそのことを後悔しているのだ。

そして、目の前で想い人を喰われた櫂流と、過去の自分を重ねていたのだ。

妖霊がいなければ。

何度そう思ったか分からない。


◇◆◇


響華は自室で苦しそうに息をしながら、布団の中で眠っていた。

櫂流は横で心配そうに見ている。

響華は聖力が切れかけている。

聖力切れを起こすと、高熱が出る。

決して珍しいことではない。

しかし、対妖霊戦で大量に聖力を使っている。

櫂流は響華でも、聖力切れになるのかと思ったが、妖霊は聖力を吸い取ると聞いたことがある。

そう考えれば、響華が聖力切れを起こすのも合点がいく。

響華は目を薄く開けた。


「響華!!」


櫂流は直ぐに響華の顔を覗き込んだ。

響華は顔を真っ赤にして、呼吸を乱しながら櫂流を見ている。


「お義父様……に……綴音に……行きたいって……伝えて…………」


辛そうに伝える響華は、今にも意識が飛びそうだ。

しかし、佳秧に聞いたことを忘れないように、早く許可を取りたいのだ。


「綴音?何で……?いや、いい。喋るな」

「心配かけて……ごめんね…………」

「喋らなくていいから。早く良くなれよ」


響華は櫂流が伝えてくれると信じて、目を閉じた。

再び眠りについた響華を見て、ホッとしたのも束の間。

自ら襖を開けて、小さな妖霊が部屋に入ってきた。

櫂流は急いで星華滅妖剣の柄を握った。

小さな妖霊は、響華の傍に行き、モヤのかかった手を響華の頭に乗せた。

喰うつもりではないのか。

しかし、害がないとは言い切れない。

早めに殺した方がいいと判断した櫂流は、星華滅妖剣を抜いた。


「佳秧……?」


響華が呟いた。

櫂流は佳秧が誰かを知らない。

だから首を傾げるしかなかった。


「傍にいてくれるの……?」


響華は震える手を頭の近くにいる妖霊に向かって伸ばした。

しかし、それは妖霊に到達することなく、力が抜けたように床に落ちた。

妖霊は響華の手元に向かって、手の上に乗った。


『此処にいるヨ。大丈夫ダヨ』


妖霊が喋った。

櫂流は戸惑いを隠せなかった。

今まで、妖霊が喋ったことなんてなかったからだ。

何故この妖霊は喋れるのだろうか。

櫂流は星華滅妖剣を鞘に仕舞った。

殺せば会話の出来る妖霊と会うことは、二度とないと察したからだ。


「訊きたいことがある。お前は無害か?響華を喰わないだろうな?」

『私は無害デス。響華を喰うつもりはアリマセン。信じて下さイ』

「…………」


喋る妖霊、しかも響華の名前を知っている。

愚らく響華が全てを知っているのだろうが、今は訊くことが出来ない。

櫂流は待つことしか出来ない自分に、もどかしさを感じた。

しばらくすると、部屋の外に人の気配を感じた。


「櫂流、入ってもいいか?」


健悟が響華の様子を見にきたのだ。


「はい、どうぞ」


襖を開けて入ってきた健悟は、少し顔色が悪い。

響華のことを心配しているのか、伊集院の反感を買いたくないのか。


「おひい様の様子はどうだ?」

「見ての通りですよ。妖霊にかなり聖力を吸われたようです」

「…………これは独り言だが、私はおひい様に妖霊撲滅保安隊をやって欲しくないんだ」


櫂流は耳を疑った。

これまで、響華のやることを否定しなかった健悟が、初めて響華のやることを否定したからだ。

妖霊撲滅保安隊は聖力持ちが自分の意思で入るかどうかを決める。

妖霊撲滅保安隊は自分を守るために入るのではない。

妖霊退治の任務も任されるし、その途中で死ぬかもしれない。

そんなリスクを負ってまでも入りたい人が入るのだ。

伊集院が聖力持ちを保護しようとした時もあったが、それは容易なものではなかった。

だから危険な任務をこなして、自分を守るに値する力を付けていくのだ。


「どう言うことですか?」

「……私は、本人の前では他人行儀な対応をしているが、私自身はちゃんと娘として扱いたいんだ」

「…………」

「妻だってそうだ。でも、伊集院の臣下から言われたんだ『彼女が第一皇女であることを忘れずに接するように』と。だからおひい様のやりたいことは否定しなかった。でも、心配なんだ。おひい様が、私達の大切な娘が死ぬ可能性を負って戦っているのは、心配だ」


健悟は響華の頭を撫でた。

気持ちよかったのか、響華が手に頭を擦り付ける。

櫂流は黙って健悟の話を聞いている。


「今日の報告は肝が冷えた」

「…………」

「響華を助けてくれてありがとう」


健悟の実父に見える顔に、櫂流は動けなくなった。

彼はずっと昔から響華を、実の娘だと思っていたのだ。

伊集院も余計なことをしたものだ。

しきたりで養子に出した娘を、皇女として扱うようにと釘を刺すなんて。

放っておけばいいものを。


「旦那様……いえ、健悟さん。俺は響華のことをよく知っているつもりです」

「幼馴染だからね」

「……伊集院がなんと言おうと、響華は貴方の娘です。ですから、気にせずに娘として扱ってあげて下さい。伊集院と自分の娘、何方の意思を尊重しますか?」


櫂流の言葉を聞いて、考えるまでもないと言わんばかりに言った。


「そうだな、これからは響華のことも考えることにしよう」

「そうですよ、そもそも皇族の名前を持ってないんですから」


櫂流はその言葉を待っていたかのように、笑った。

伊集院の直径は、フルネームで六文字になるように名前がつけられる。

伊集院魅李弥や伊集院都卯樹、伊集院葉夜杜も全員六文字だ。

虹色以下の貴族は四文字以下でなければならないと言う決まりがある。

それは養子に出された女子も同じだ。

皇族として認められるのは、フルネームで六文字の人物。

一貴族の名前を持つ響華は皇族ではない。

櫂流の屁理屈は、屁理屈のようで屁理屈じゃない。

それが可笑しくて、健悟は笑った。


◇◆◇


「姫様!」

「お待ち下さい!病み上がりなのですから、まだ寝ていて下さい!!」


数日すると、響華は使用人を困らせる程に回復していた。


「お義父様!綴音の家に行く許可を下さい!!」


先程、響華は櫂流に綴音の書庫に行く許可をもらったかと聞いた。

そしたら、櫂流はあからさまに目を逸らして黙り込んだのだ。

これはやってないと言っているようなものだ。

だから響華直々に健悟に頼み込みに来たというわけだ。

健悟は呆れたような顔をしている。


「響華……」

「あら?お義父様、 やっと私のことを娘として扱ってくれる気になったんですね」

「櫂流にそうしろと言われた」

「櫂流に言われたか……。やっぱり櫂流は私のことちゃんと見てくれてるね」


響華は笑顔でそう言ったが、その目はどこか遠くを見ているようだった。

佳秧との出会い、月華の儀式と水晶の封印、そして妖霊の増加。

全てが頭の中で渦巻いていた。

綴音の書庫に何か手がかりがあると信じたい気持ちと、それがまた新たな重い真実を突きつけるのではないかという不安が交錯していた。

健悟は響華の様子を見ながら、深いため息をついた。


「響華、綴音の家に行く許可はやる。だが、呉れ呉れも無茶はするなよ。お前がまた妖霊に襲われたら、私も妻も心臓が止まるぞ。ていうかもう一回止まってる」

「大丈夫ですよ! 私には櫂流もいるし、妖霊撲滅保安隊の仲間もいる。綴音の書庫で何か見つけたら、必ず報告しますから!」


響華は明るく答えたが、健悟の心配そうな表情は変わらなかった。


「響華、綴音の書庫は伊集院の書庫と同じくらい古い。そこに何が眠ってるか、誰も知らない。お前が知ったことは、必ず私にも話してくれ。いいな?」


健悟の声には、父親としての愛情と、咲花家当主としての責任感が込められていた。


「うん、約束する!」


響華は力強く頷き、健悟に笑顔を見せた。

だが、心の奥では、佳秧の言葉が重く響いていた。


――生贄制度を終わらせられるって言ったらどうする?


佳秧が残した手がかり。

それが、月華の儀式や水晶の封印以外の道を示す鍵になるかもしれない。

響華は胸に手を当て、決意を新たにした。

綴音の家に行く許可を得た響華は、直ぐに綴音の家に行くことにした。

部屋に戻ると、小さな妖霊と話していた櫂流がいた。


「あれ?その妖霊は?」


響華が訊くと、櫂流が溜息をついた。


「話があるって言っただろ?」

「そうだっけ?」

「起きて直ぐに飛び出していくとは思わなかったな」

「あはは……。ところで、その子は?見たところ妖霊だよね?殺さないの?」


響華は妖霊を少し警戒していた。

一度喰われたのだから、無理もない。

元々これくらい警戒したほうがいいくらいだ。


「こいつに害がないことは確認済みだ。お前の知り合いじゃないのか?」

「妖霊に知り合いなんていないよ」


響華は膝をついて、妖霊に目線を合わせた。

妖霊は響華の膝丈くらいの大きさしかない。


「貴方は何?って、喋らないか」

『響華、私ダヨ。佳秧ダヨ』

「喋った……?え?佳秧……?貴方妖霊だったの?」


響華は目を丸くして、目の前の小さな妖霊を見つめた。

その姿は、確かに彼女が妖霊の胃の中で出会った佳秧の面影を宿していた。

幼い少女の姿とは異なり、モヤモヤとした黒い霧に赤い目が浮かぶ妖霊の姿だったが、その声と話し方には間違いなく佳秧の気配があった。


「佳秧……本当に? どうしてこんな姿に?」


響華の声には驚きと戸惑いが混ざっていた。

彼女は妖霊に警戒心を抱きつつも、佳秧の言葉とその切なそうな表情を思い出し、心のどこかで信じたい気持ちが芽生えていた。


『綴音には行けるノ?』

「うん、許可は貰った」

『話は私の手記を見てからダヨ』

「手記を見てから、か……。分かった、佳秧。綴音の書庫で絶対に手記を見つけるよ。」


響華は小さな妖霊の佳秧を見ながら、力強く頷いた。

佳秧の赤い目が一瞬輝き、まるで微笑むように揺れた。

櫂流はまだ警戒を解かず、星華滅妖剣の柄に手を置いたまま、響華に尋ねた。


「響華、こいつが本当に佳秧という奴だとしても、妖霊だ。綴音の書庫に連れてくのは危険じゃないか?」


響華は一瞬考え込み、佳秧の小さな姿を見つめた。

妖霊の姿ではあるが、その声には確かに二千年前の少女の魂が宿っていると感じた。

佳秧が妖霊になった経緯は分からないが、彼女が敵意を持っていないことは、響華の直感が告げていた。


「櫂流、佳秧は私に大事なことを教えてくれた。彼女の目的は、私達と同じだと思う。妖霊の姿でも、佳秧の心はまだ人間のままだよ」


響華はそう言うと、佳秧に向き直り、優しく微笑んだ。


「佳秧、綴音の書庫に行くよ。一緒に来るよね?」

『 私の手記、ちゃんと見つけてネ』


佳秧の声には、希望と切なさが混ざっていた。

彼女の小さな妖霊の姿がふわっと浮かび、響華の肩にそっと寄り添った。

櫂流はまだ疑いの目を向けていたが、響華の決意を見て、渋々頷いた。


「分かった。だが、響華、もしこいつが何か変な動きをしたら、俺が即座に斬るからな」

「よし、じゃあ準備しよう! 綴音の書庫で佳秧の手記を見つけて、誰も犠牲にしない未来を、私達の手で掴むよ!」


◇◆◇


翌日、響華と櫂流は綴音の屋敷へと向かった。

綴音は、咲花家と同じ瑠璃色の家柄であり、咲花と同じく伊集院葉夜杜の時代から続く不動の一族だ。

その書庫は、伊集院と咲花の書庫に匹敵するほどの古文書や秘伝が眠る場所として知られていた。

綴音の屋敷は、咲花の華やかな雰囲気とは異なり、どこか厳粛で静かな空気が漂っていた。

門をくぐると、綴音家の当主である、綴音萱堵(つづりねかやと)が二人を出迎えた。

萱堵は落ち着いた物腰の男性で、健悟と同年代に見えるが、その瞳には何処か古びた知識の深さが宿っていた。


「咲花響華殿、緑木櫂流殿。よく来られた。書庫への立ち入りは許可されているが、何を求める?」


萱堵の声は穏やかだが、どこか探るような響きがあった。

響華は一瞬、言葉を選んだ。

佳秧のことを話すべきか迷ったが、彼女の存在はあまりにも突飛で、信じてもらうのは難しいかもしれない。


「妖霊の増加について調べたいことがあって……。綴音の書庫に、手がかりがあるかもしれないんです。特に、その……綴音佳秧の手記など……」


響華は曖昧に答えたが、萱堵は鋭い視線で彼女を見据えた。


「ほう……。綴音佳秧の時代か。しかし、妖霊の増加は、伊集院の結界の揺らぎが原因とされているが、それ以上の何かがあると?」


櫂流が前に出て、響華を庇うように言った。


「綴音当主。俺達はただ、妖霊を抑える方法を探してるだけだ。書庫を見せてもらえれば、後は自分たちで調べる」


萱堵はしばらく二人を観察するように見つめ、ゆっくりと頷いた。


「……分かった。書庫へ案内しよう。但し、触れる本には気をつけなさい。綴音の書庫には、聖力を吸い取る呪われた書物もある。」


響華と櫂流は顔を見合わせ、緊張を隠せなかった。

呪われた書物。

そんなものが存在するとは、流石に予想外だった。

響華と櫂流は萱堵に導かれ、綴音家の書庫へと足を踏み入れた。

萱堵は直ぐに公務に戻っていった。

佳秧は、響華の懐に隠れるようにして気配を消していた。

書庫は、咲花家の華やかさや伊集院の荘厳さとは異なり、冷たく静かな空気が漂い、まるで時間が止まったかのような重厚な雰囲気に満ちていた。

古びた本棚には、革装丁の書物や巻物がぎっしりと並び、埃と古紙の匂いが鼻をついた。


「響華、どこから探す?」


櫂流が尋ねると、響華は佳秧の囁きを思い出し、本棚の奥に目をやった。


「こういうのって、書庫の奥深くにあるんだよ。きっと、隠し部屋か何かがある筈」


響華はそう言いながら、佳秧の小さな妖霊が懐の中でそっと動くのを感じた。

佳秧の声は聞こえないが、その気配は響華に確かな指示を与えているようだった。

櫂流は周囲を警戒しながら、響華の後ろを歩いた。


「隠し部屋か……。伊集院の書庫でも似たような仕掛けがあったな。綴音の書庫もそういう仕掛けだらけってわけか」


二人は本棚の間を慎重に進み、書庫の奥へと向かった。

冷たい石の壁と古びた本棚の間には、時折風もないのに揺れるような不気味な気配が漂っていた。

響華は佳秧の指示を思い出しながら、本棚の裏や壁の隅を注意深く観察した。

しばらく探していると、響華の目に一つの本棚の裏に隠されたわずかな隙間が映った。伊集院の書庫で見た隠し扉に似ていた。


「櫂流、これ見て! ここ怪しくない?」


櫂流が近づき、隙間を指でなぞった。


「確かにここの壁、微妙にズレてるな。本棚を動かせば何かあるかも。」


二人は力を合わせて本棚を押した。

重い本棚が軋む音を立てながらゆっくりと動き、背後に石造りの隠し扉が現れた。

その先には、暗く狭い階段が地下へと続いていた。


「また地下かよ……。響華、お前本当にこういうのに縁があるな。」


櫂流が苦笑しながら言うと、響華は軽く笑って答えた。


「これが運命ってやつだよ! 佳秧、ちゃんといるよね?」


佳秧の妖霊が響華の懐からふわっと浮かび、赤い目が一瞬輝いた。


『うん、いるヨ。多分この奥に、私の手記があるカラ』


響華は頷き、櫂流と目を合わせて階段を下り始めた。

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