第4話 陰謀
ヒロイン節ですね
自室へと戻ったレイニーアは、クッションに憤りをぶつけていた。何度も執拗にベッドに叩き付けられたクッションから羽が舞う。
「アリルの癖に…悪役令嬢の癖に!どういう事よ!こっちはヒロイン様なのよ!?私の登場と共にさっさと場所を明け渡すものでしょう!」
本来であるならば、ヒロインの私はこどもたちのお茶会で、デュラン様にお近づきになり、徐々に距離を縮めて行ける筈だった。父が発狂し、正妻と愛人を殺害し、次の標的にされた時に、デュラン様は妹のマギに助けてもらった。
それ以来、妹は何かとデュランに恩着せがましく我侭放題になる。恩は感じていても、次々と我侭に付き合わされるデュラン様は疲れてしまい、それをヒロインの私が癒してあげるのだ。誰にも言えない心の裡を聞いて上げて、その関係が段々と恋に発展していく。
そのデュラン様にあんなに妹がベッタリ張り付いていて、何故不満そうな顔をしていないのだ?やはり脅されているのだろうか。悪役令嬢らしく、自分を優先しなければマギの力で仕置きでもされているのかも知れない。私が早くセイクリッドの力を発現させて、そんなデュラン様の傷を癒して差し上げたい…。
聖乙女である私は、セイクリッドという清らかな癒しの力を持つ唯一の人物だ。この力があってこそヒロインだと言っても過言ではない。学園入学後、トラブルで怪我をした第一王子の危機にこの力は発現する。
第一王子は確かにスタンダードに格好いい。侍らせておくと目の保養になるとは思うが、伏魔殿と名高い王宮で妃としての教育を受けてまで添いたい相手ではない。私が前世やったこのゲーム、聖乙女♥セイクリッドではもう断然一推しはデュラン様だ。あの憂い顔と美声でユーザー人気も1位のデュラン様!デュラン様こそが私に相応しいのだ。
「こうしてる間にも、アリルに折檻されているかも知れないのね…デュラン様……」
レイニーアの妄想は止まらない。上半身を剥かれたデュランが背にアリルのマギを受けて苦鳴を上げている所まで進んでいる。自分が迂闊にも2人で居る時に行ってしまったからだ。
「きっと背には今までの折檻の痕が残っていて、それを隠してるのね…御可哀想に…!私がセイクリッドを発現させたらそんな傷跡は全て消して差し上げるのに……待っていて下さいデュラン様!」
それに確か、二人が子供である事で心無い代理当主が家を乗っ取りに掛かっている筈だ。学園で会う頃には無能な養父に無茶振りばかりされて心の底から疲れ切ったボロボロの精神状態になって居た筈。…そうなれば確かにオトすのも難易度は低くなるけれど、出来ることなら、子供の内から幸せに暮らして欲しい…。
「ああ…あたしってばなんて健気な乙女なのかしら…」
お茶会ではあんなに傍に居て話しかけたのだ、デュラン様も私の事を覚えてくれている筈なのに。どうして頼って下さらないのかしら…。私がまだ子供で頼りないから、巻き込みたくないと思っていらっしゃるのかも知れない。だって優しいデュラン様なんですもの!
「私はそんな心配りまでされておいてショックを受けて帰って来るだなんて…やっぱり諦めずに声を聞いてお話を伺おう。アリルが居ない時を狙わなくちゃ…私の所為でデュラン様が折檻されるだなんて耐えられないわ…!」
エスコートをされて当たり前のような顔をしていたアリルを思い出し、腸が煮えくり返る。
「強要しているに違いないわ…ああ、なんてこと…」
悩ましい顔でうろうろと落ち着きなく部屋を歩き回るレイニーア。
「もしかして…同じベッドで寝ているの!?不潔だわアリル!」
もし同じベッドで寝ていたとしても5歳児と6歳児に何が出来るというのか、想像逞しい女である。
「やはり明日も行って、少しでもデュラン様の待遇を変えるようにアリルを説得しなくては…おぞましい女だわ…」
そのアリルにもデュランにも拒否されている事は、全てアリルの暴力と洗脳の所為だと思っているので、とことんアリルに容赦のない考えに至るレイニーア。
「デュラン様が自由に発言する為には、アリルを引き離すか、アリルを一旦誘拐でもして押し込めている間に話をするしかなさそうね」
レイニーアはキッと宙を睨みつける。
「待ってて下さい、あなたのレイニーアが貴方を助けに参ります…!もう不自由な生活などしなくても、私の家に来れば自由になれますから!そうしたら私がずっと傍でデュラン様を守れて、デュラン様の不安なお気持ちも私がずっと聞いて差し上げられるし、良い事しかないわ!ギルドに依頼して、アリルを1日何処かへ閉じ込めて貰って、急にアリルが居なくなって戸惑っているデュラン様を私が偶然発見して保護して差し上げるのよ!」
敢然と立ち上がったレイニーアは、早速ギルドに依頼をしようと立ち上がる。貯めていたお小遣いの殆どを鞄に入れて、先ずは冒険者ギルドへ向かった。
受付嬢がレイニーアの年齢の低さに挙動不審になりながら、問いかける。
「ご依頼ですか?」
「ええ、そうよ。ある人を救う為にどうしてもお願いしたいことが有るの」
至って真剣な顔でそうのたまう幼女と、只事では無さそうな依頼内容に、受付嬢は依頼書を取り出す。
「字は書けますか?代筆しますか?」
「代筆でお願い」
「解りました、内容をどうぞ」
「デュラン様を助ける為に、アリルという女を1日で良いから何処かへ拘束しておきたいの、お願い」
「…デュラン様もアリル様も…あの…公爵家の?」
「ええ、そうよ」
大真面目に頷くイリアーナ。それを見て受付嬢の顔色が悪くなる。
「こんな小さな子が犯罪の依頼を…!?」
「犯罪?違うわ、デュラン様を助けるのに必要なの!」
「いいえ、お嬢ちゃんちゃんと聞いてね。貴方は公爵家の長女を1日誘拐しろという依頼をしようとしているわ。そしてそれは犯罪なのよ。ギルドでは犯罪を依頼として受け入れる訳に行きません。そのままお家に帰って忘れてしまいなさい?」
受付嬢は、闇ギルドに関わってまで依頼しそうな勢いの幼女をあやすように、帰宅を勧める。真剣に取り合って貰えていないと思ったイリアーナは泣き顔になるが、受付嬢は引っ込む心算はないし、此処で依頼を受ける訳にもいかない。絶対にそんな依頼は何処にもしないようにと念押しして、イリアーナを帰す。
一応ギルド員に少女の後をつけて闇ギルドに行くようならば衛兵に相談しろと言われ、男性職員が後をつける。迷いもなく闇ギルドへと向かう少女に溜息をついて、兵舎に駆け込んだ。
「このお金で、アリルという女を一日だけ拘束して欲しいの。正義の為なの、お願い出来るかしら」
「一日拘束?コロシじゃなくていいのかい。身代金は?」
「正義の為なんだから殺すなんて!…でもアリルはマギ使いだから、どうしても拘束が出来ないなら已むを得ないわ…」
「はあ!?マギ使いを殺さずに1日拘束なんて冗談じゃない、こっちが殺されちまう!しかもアリル様って言えば公爵家の娘じゃないのかい!?」
「そうよ。…やはりマギ使いは捕らえるのが難しいのかしら」
「当たり前だよ!それに加えて公爵家の守備はかなり堅いと聞くよ。殺すだけでも難解なミッションだから相当お金は掛かると思ってもらうし、成功報酬じゃなく前金として頂くよ。こっちにも死人が出る可能性が高いんだ。文句は言わせない」
どうしよう。殺すことまでは余り考えて居なかったのだ。気に食わない女ではあるが、殺すなんて……い、いいえ、ここでアリルが居なくなれば、デュラン様はもうアリルに脅される事なく生きていけるのよ!戸惑っている場合じゃないわ!
「え、ええ。解ったわ」
衛兵詰め所には既にギルド職員が駆け込み、ランドオルスト家の防備を固めている事等知らずに。
当然の如く、ランドオルスト家の守備兵と影のサイ、衛兵の取り囲みにより、闇ギルド員は全員捕まる事となる。期せず闇ギルド丸ごとを一斉検挙出来た事に、むしろ衛兵からお礼を言われる始末。
依頼料でお小遣いの全部をなくしただけで終わったレイニーアは呆然とした。年齢が幼い為、厳重注意だけで家へと帰されたが、勿論レイニーアは納得が行かない。
「これが…これが小説でも読んだ事があるわ、強制力というやつなのね?デュラン様は虐げられて失意の状態で学園に行くストーリーだから、それまで待たなければならないの…?なんて御可哀想な……!」
レイニーアの目から涙が零れるが、それで何がどうなるでもない。
ただ、レイニーアの起こした騒動に面食らった両親は、レイニーアをこってりと叱り、もう少し分別のつく年齢になるまで一人で町に出かける事を禁止した。
「――ちょっと、これじゃあランドオルスト家に行けないじゃない!!デュラン様を見る事すら出来ないなんて…!ロミオとジュリエットみたいに、お互い惹かれあっても周りが引き裂こうというのね…!…待ってて下さいデュラン様、直ぐに…こんな外出禁止なんて乗り越えて、私は貴方の元に駆けつけますから…!それまで耐えて下さい!!」
しかし、レイニーアには、15になるまでの間、がっちりと監視が付いた。ランドオルスト家に行く事は勿論、こどもたちのお茶会でも迂闊な真似をしないよう監視がずっと見張っている状態になった。
勿論レイニーアは癇癪を起こして不満を爆発させたが、癇癪を起こすたびに地下にある座敷牢に近い所を『反省室』と名付け、半日反省させられる日々が続いた。さしものレイニーアも、今はどうしようもないという事を学び、なるべく癇癪を抑えて、ベッドとクッションに八つ当たりする日々が続く。
「15歳…15歳になったら学園でお会いできる…あと10年は辛い…辛すぎる…お顔を拝見したい…!」
日々嘆くレイニーアだったが、今のところはどうしようも出来ないのであった。
時を戻して闇ギルドの襲撃前。ランドオルスト家は急に衛兵がやって来て、アリルの身柄を狙っており、最悪殺害される可能性がある事を告げ、家の防備を固め出したことに吃驚していた。
「あの…何故わざわざ私を指定して…?」
「さあ…どこかの箱入り娘がアンタを1日拘束して欲しいって依頼に来たんだ。心当たりあるかい?」
「ぁ――ああ。なんとなく解りました」
ギルド職員は痛々しそうな顔でアリルの頭を撫でる。
「闇ギルドに向かったという事は生死不問になったと思う。絶対に窓に近づいちゃいけないよ?」
言われて少しだけ遠目に窓を伺ってみると、曲がり角の影からこっそりこちらを伺っているレイニーアが見える。
「本人が来てますよあそこ」
「何!?…悪い、捕縛指示出してくる」
「ええ、どうぞ」
はああああ~とアリルは長く重い溜息を吐く。だがこれだけやらかしたのだ。きっと当分家に来ることなんて出来ないに違いない。其処だけは自業自得の処分だろう。
もし懲りずにまた来たら、今度は男爵家に直談判に行くのも辞さないと決意するアリルだった。
ヒロインの思考回路を考えるのは楽しかったですw
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