第3話 レイニーア
相変わらずお兄様とはラブラブです
酵母パン製造実演は上手く行った。皆で製造方法を確認し、全員で作業しながら焼き上げたふわふわのパンは感動的に美味しかった。
「こんな革新的なパンなら是非売りたい!」
「コッペパンにテーブルロール、デニッシュ、クロワッサン、バゲット…こんなに色々出来るなんて!」
「今迄硬すぎてスープに漬けないと食べられない丸パンかスープなしでも食べられるけど口当たりの良くない薄パンしか出来なかったけど、これなら色んな形で売り出せそうだ」
前世、拘りの料理をしていたので、私はパンも自力で焼いていた。料理教室の生徒の希望でパン作り教室もやった。パン釜ではなくオーブンだったけど。今回は火の調整が上手く出来て良かった。お陰でコゲコゲになったパンは1つもない。皆の笑顔で疲れが吹き飛ぶようだ。
次回はケーキやマフィンなどのおやつ系の作り方を教える事を約束し、全員に酵母を配って解散だ。酵母の増やし方はレクチャー済みである。また一つ、お兄様が治める時の領民が豊かになっていく。こんな小さな事でも少しでもお兄様の役に立つならいくらでもやりたかった。
ビートもいい感じに回ってきている。ビートを作っていない時は豆を植えるように言ったが、これも備蓄食料として長期保存に向いていた為、備蓄もしつつ、家庭でも食べる。腹持ちも良い。豆のうち1種が小豆、1種が大豆だと解った時にはテンションが上がったが、醤油や味噌を作るには麹が足りないし、作ったとして白米もないのでは悲しい。
しかし大豆は体に良いので、茹でた大豆を肉などと一緒に入れトマトで炒める調理法や小豆でお汁粉や餡子の作り方もレシピにして流した。丁度、甜菜糖(ビートから取れる砂糖)が各家庭にあるので、小豆は事の外喜ばれた。大豆は、実はにがりに伝手はあるのだけど、豆腐に何掛けて食べるのかと言われると少々困ってしまう。せめて梅紫蘇や胡麻を見つけていれば良かったんだけど…白和えにも味噌を使うし、今のところ手を入れていない。残念だ…。
「難しい顔をして、悩み事かな、僕の可愛いアリル?」
声と同時に、ぽふっと背中から抱っこされる。おおう。お兄様の唇が丁度耳元に来ちゃう!!
キッチンの片隅でボンヤリしてたので心臓が飛び出るかと思った!
「料理のレシピを考えていただけです、お兄様」
「そうか…今日は上手く行ったの?」
「はい!バッチリでした」
「アリルがそう言うなら間違いないね。また一つ特産が増えたかい?」
「んー…今回は観光に来た人でもないと…輸送に時間が掛かると悪くなってしまうので…」
そうか。他領に輸出出来ないとお金が入ってこない。私のバカバカ!
「じゃあいつか此処が観光地になっても安心だね、アリル」
お兄様が耳にキスしてくれる。うう。そこは弱いんですお兄様…。
ぷるぷるしながら赤くなっているとお兄様に笑われた。
「ぷるぷるしてるアリルも凄く可愛い」
「う…恥ずかしいです…私は単純にお兄様が治める時に、少しでも住人が笑顔の方がいいかと思っただけで…稼げる物を考えたほうが良かったでしょうか。甜菜糖だけじゃ弱いですよね…」
「アリルは真面目だなあ…。甜菜糖だけでも十分凄かったのに、まだ思いつくのかい?」
「基本的に日持ちのしない物ばかり思い浮かぶので…。あ。この領の端に海がありますよね?」
「あるね。今度夏に遊びに行こうか?」
み…水着なんてこの世界にあったか!?水着のお兄様が見れるのか!?
「物価に疎くて恥ずかしいんですが、塩を作ったら売れますか?」
「岩塩しか流通してないからね。海から塩が取れるならいい値で売れると思う」
「じゃあ今度、海辺の町に行って塩の取り方を教えて参りますので、輸出しましょう」
ふ、とお兄様が悲しい顔をする。
「どうしましたかお兄様!!」
「海辺に行っても僕と遊ぶより塩を優先するアリルを考えると辛くなって…」
やめてー!罪悪感で萎れそう…!!
「別々の日にしましょう!!遊ぶ為に行く日と塩を取りに行く日!私はお兄様と遊ぶ日の方が重要だと思います!」
そんな事を話しながら、お兄様にエスコートされつつ、中庭をぐるりと歩く。柵越しに目が合ったのは、隣接する領の男爵家のお嬢さんだ。丁度私と同い年だ。――が、仲は良くない。むしろ悪い。
「デュランロード様ー!!良かった私、一目でも良いから会いたくて…!」
「え…それで生垣の傍にずっと居たんですの?」
いつ通るか知れたものではないのに、ずっと生垣の傍に?怖い…!
「貴女には用がないので黙って居て下さる?先に館に戻られてはどうかしら。私はデュラン様と話をしたいだけなの」
相変わらず本当に可愛くない。時折催される『こどもたちのお茶会』で、私のお兄様を見初めたようで、何かと言えば適当な訳をつけて家に来ようとする。そして隙あらばお兄様にべたべたとくっ付こうとする。死ねばいいのに。お兄様は学園へ行く事になれば私が同学年である事に気を使って強く突き放してはいないのだ。そのせいでこの雌豚が調子に乗るのだ。
「お兄様!嫌なら嫌とはっきり仰って下さい!!!私は…私はお兄様と2人きりが一番心安らぐのです…!」
「アリル…そんな事を言っていては学園に通った時にお友達が出来ないよ?」
「デュラン様、私はアリルなんかと友達になったり話したりしたい訳じゃないんです!デュラン様とお話がしたいだけなんですー!」
「こちらから願い下げですわ、レイニーア様」
お兄様はそんな私達の様子を透き通ったサファイアの目でじっと見ていたが、ふう、と軽く溜息を吐いた。
「…行こうかアリル、アリルに用がないなら僕も特に用が有る訳ではないからね」
「お兄様!解ってくださって嬉しいです!」
「アリルですか!?アリルの所為でそんな事を仰るのですか!?いつもいつも私の邪魔をする…!!」
「僕のアリルが邪魔だと…?」
ぴく、と反応したお兄様の目つきが冷たく凍り、レイニーアを射抜く。
「はぁ…険しいお顔もなんて凛々しい…」
相手は全く気にしていないようだが。普通好意を持った相手の反応ってもっと気にするだろうに!
「今後、僕だけが目的なら近づかないで貰えるかな。アリルの為にならない子に構っているほど暇ではないので」
「解りました!アリルにも声を掛けますから、だから…!」
「お兄様に相手をして貰うためだけに声を掛けられても何一つ嬉しくないし気持ち悪いのでやめて貰えますか」
なんで義理で声を掛けられねばならんのだ、しかもコイツに!
「そうだね。そんな関係を望んでいる訳じゃない。悪いけど、これきり構わないでくれないか」
お兄様にきっぱりと跳ね除けられたレイニーアは呆然とした顔で震えている。口元でなにかをブツブツ呟いているが上手く聞き取れない。悪役、と言っているのだけ聞き取れた。誰が悪役だ!私にとってはレイニーアこそが私とお兄様の間に入り込もうとする邪魔者で悪役だ。
しかし、ピンクの髪、いつ見ても凄いな。前世のアニメかなんかに出てきそうだ。それきり視線を断ち切ると、私はお兄様にエスコートされながら家の中へ戻った。
「悪役令嬢の癖に…!なんでデュラン様と仲がいいのよ、おかしいでしょう!?確か設定では…」
レイニーアは暫く同じ場所で佇んだまま、ぶつぶつと独り言を呟いていた。
やっとヒロイン(笑)が出せましたw
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