第2話 発展
やっとちょっとお兄様といちゃいちゃします
数ヶ月後、3歳で丁度滑舌が成長する時期だった私は大分としっかりした発音が出来るようになった。ヘクトとお兄様と一緒に村などへ直接赴いたが、育てている作物の話などをしっかり聞き取って指示を出すのに困らずに済んだ。
ビートは育つのが早く、2ヶ月程で収穫できる。ただし、2回ほど収穫した後は連作障害を起こす為、1年ほど土を育てなおさねばならない。土壌回復も兼ねてマメ科の作物を育てるように指導した。肥やしにコンポスト作成や腐葉土も提案し、現在試して貰っている。ビートは最初の2回の栽培分だけで民にそれなりの余裕が出来る程度の買取金額を提示出来て、食うに困る層が救済出来た。
輸入に頼っていた砂糖よりも安価で提供出来る為、いい循環を生むことが出来た。信用の置けない当主代理が使い込もうとした直前にヘクトの監視の目が届き、水際で食い止められる。弱みを握ったも同然の為、私はその証拠を確りと仕舞いこむ。何かあればチラつかせてやればいい。こちらに従わなければ訴えられるという事くらいはエッケンの小さい脳みそにも確り刻み込まれたようだ。
――2年後、いい加減諦めれば良いのに、何度も着服などの背信行為に及ぼうとしたエッケンについて、流石に私はヘクトに苦情を申し入れた。
家の客間でヘクトとお茶をしながら交渉する。お兄様は今家庭教師に教わっている最中なので呼んでいない。
「小物には違いないが、いい加減鬱陶しくなって来た。もう少しマシなのは居ないのか。確かにあの腕の悪さでは家の乗っ取りなどは出来そうもないが、細々と繰り返してくるのを見るのは飽きた」
「ふむ…、その乗っ取りが出来そうもない、という人材がなかなか居ないのだ。どいつもこの家の家督を狙っている。子供しか居ないのだから簡単に乗っ取れると思うやつが大半だな。下手に優秀なのを送り込むと、着服などはしないかも知れないが、気付けばそいつがお前達の養父に納まったりしてそうだがいいのか?」
条件が悪すぎて、良い人材が送れないという。まあ、確かに子供を言い包めて家を自分が先に正式に継いでしまおうと考えるやつは多そうだ。養父の書類などが必要にはなるが、腕の良い者であれば簡単にボロの出ない偽造書類をこっそり提出し、いつの間にか乗っ取られていた、という事もありそうだ。
最近の私は領主の判を持ち歩いている。大事な決済書類などの確認を私がする。納得出来ないおかしな書類を混ぜ込めないように。書類の件でも一度エッケンはやらかしたので、二度と信用しない。大事な判は預けられない。旨みがないからと金を持ってとんずらしないようにサイに見張らせている。
「だからお前が当主になる方が早そうだと思ったんだがな。やはりまだその年齢では舐められるか…?エッケンは置物にしておけ」
「いずれお兄様のものになる椅子だからな…。私が整えておく分には構わない。お兄様はあの年齢にしては充分聡明だ。お兄様が継いだ後には私は補佐するだけで充分だ。丁度お兄様はそろそろ色んな事を学ばねばならない年齢だ。腕の良い家庭教師の派遣は助かった」
今でも何処かの親戚から暗殺者や毒などが送られてくる。一度うっかりお兄様が確認する前の紅茶を飲んでしまい、瀕死になった私に、お兄様は解毒と癒しを施してくれた。もう何度命を救われているか解らない。
代わりに暗殺者の方はサイが食い止めている間に私が魔法で処理をする連携が上手くなった。避ける技術はまだまだだが、その分シールド魔法はかなり使いこなせるようになった。しかしスマートではないので避ける技術をサイから教わっている途中だ。
お兄様の危機感知能力は年々磨かれていくようで、触れただけでアウトな物品なども、さり気なく直接触らないようにゴミ箱に捨ててくれる。暗殺者が来た時なども、なるべく安全な場所に私を隠そうとしてくれる。
でも、人数が居たりするとサイだけに任せるには不安が残る。お兄様を抱き締めて安心させ、私はサイに助勢する。お兄様こそ安全な場所に隠れていて欲しいのに、怪我をしたら即座に回復しようと後ろで構えていてくれる。前衛・中衛・後衛と揃った3マンセルのちょっとしたパーティのような戦い方は安全度が高い。お兄様への攻撃などは私が張ったシールドで防ぐ。通常のものと触れただけで蔦が捕縛するシールドの重ねがけだ。お兄様には触らせない。
「ふう。取り合えず、15でお兄様には家を継いで貰う。あと9年だ。それまでエッケンを置物にするとしよう」
「そうしてくれると助かる」
お茶を終え、ヘクトを見送る。重要書類だけを纏めてあるものに目を通し、領主の判を押していく。微妙な書類はもう一度案を練り直せ、と但し書きをつけて返却した。
「アリル、お疲れ様。本当ならばアリルもそろそろ勉強すべきなのに、こんな年齢にそぐわない仕事をさせてしまって済まない…」
「いえ、今日はヘクトと話をしていたので遅くなっただけです。今の年齢で教わる事がないと、教本を見て確認しましたので。6歳からはお兄様と同じように……いえそうですね。6歳の分の勉強を個人的に教本で終わらせてしまって、6歳で7歳の分のお勉強をお兄様と一緒にするのは楽しそうですね!空いた時間に教本を見て置きます」
お兄様は苦笑しながらも私を抱き締めて髪に頬ずりする。
「アリルはそういう無茶ばかりをする…。きちんと寝ているかい?」
「私が寝れない程の仕事はしてないですよ。お兄様こそ無茶な詰め込みで徹夜は厳禁ですよ。折角のぷにぷにお肌が荒れちゃいます。メッですよ」
頬ずりが暖かくて気持ち良い。私からもお兄様の頬に頬を寄せてぷにゅぷにゅと頬ずりする。
「アリルには敵わないな…学園で一番の才女になりそうだね。お前は顔も美しいから、誰かに浚われたりしないか心配になりそうだよ。僕の傍にずっといておくれ、アリル」
お兄様から額にキス、瞼にキス、鼻先にキス、頬にキスを受けて、くすぐったくて嬉しくて暖かくなる。私もお返しに顔中にキスを落す。唇は特別だ、という思いが互いにあって、今は其処は不可侵だ。
両親共に違うのだ。私はお兄様と結婚する心算でいる。適齢期になったら一旦外部の養子になってお兄様に嫁ぐのだ。恥ずかしいのでまだ言っていないが、聡明なお兄様にはお見通しの事かも知れない。
「お兄様こそ、聡明で見目も良く、特別な癒しの魔法が使えて…浚われたらすぐに取り返しにサイと駆けつけますから下手な抵抗をして相手を攻撃的にせずに待ってて下さいね」
「ううん…そういうのは一方的で嫌なんだよアリル。僕は今日から空いた時間にサイに特訓して貰う予定だから。僕にだってアリルを守らせて?」
ああ…お兄様が今日も尊い…。笑顔で浄化されそうですお兄様…!お兄様に守られる私、なんて想像しただけで鼻血が出そうです!
「何か武器を用意しますか?」
お兄様はうーんと上を見上げながら悩ましい声で言う。
「ああ、選ぶ所からサイに指導して貰う心算。自分じゃ自分がどの武器に向いてるか正確に判断出来そうになくてね」
「じゃあ選んだら本物の武器と訓練用の木製の2つ用意しますね」
「僕の可愛いアリル、いつも心を砕いてくれて嬉しいよ。ありがとう」
耳にキスはちょっとぞくぞくします、お兄様!
「アリルはいつでもお兄様の事を考えてますよ!」
ふふ、とお兄様は笑み崩れる。
「それじゃあ僕と同じだね。いつもアリルの事を考えてるよ。大好きだ、アリル」
「わ わわわたしも!お兄様が大好きです!世界で一番です!」
テンパって顔を赤くした私に、お兄様がメッ、と唇に指を当ててくる。
「こら、滅多な事を男の前で言うものじゃない。食べられてしまうからね!」
「お兄様、私まだ5歳なのでちょっと早いですよ?」
「アリルは特別可愛いから危険なの!」
ふんす、と怒った顔を作って額をこつんとぶつけられる。
じゃれあいは楽しいが、そろそろ晩餐の時間だ。
「お兄様、晩餐に参りましょう」
「そうだね。またエッケンは仲間外れかい?」
「晩餐など一緒にしては勘違いを起こして増長しますから。私達が終わってからです、エッケンは」
「まあ…エッケンだから仕方がないね…」
少し嫌そうな顔でお兄様は言う。だったら提案しなきゃいいのに、一応気にはなるんだろうな。優しいからな、お兄様は。その後は2人で隣同士に座って食べさせ合いっこしたりしながら楽しく食事を終えた。マナーは弁えているのだけれど、自宅でお兄様と2人きりならマナーなんて気にしなくていい。
入れ替わりでエッケンが入ってくるのと擦れ違いながら私はチラっとエッケンの顔を見る。特に何か企んでる感じはしないので、一瞬でエッケンの事は忘れてお兄様のエスコートでダイニングを出る。
さて、今日もちょっと領民に仕込んでおきたいものを増産するとしよう。酵母菌だ。主にパン屋に広める心算だが、特許は既に取ってある。うちの領民以外が使用する場合は使用料を頂く。硬い薄焼きパンばかりだとやはり辛いものがあるのだ。米は見付かっていない。
じゃあ現状出来るのはパンの改革だ。領内のパン屋とうちのシェフに明日一度集まってもらって、酵母菌の扱い方と、実際パンを焼くとどうなるのかを見てもらう心算だ。最初はチビの子供が一体何を、という反応だったのだが、実際に砂糖を流通させて領内を豊かにしたりする所を見て貰っていると、考え方が違ってきたようだ。だがそれは大体こういう考え方だ。
『お貴族様は小さくても色々な事を学んでおられるからやっぱり自分達平民と比べちゃダメなんだ』
小さいのに貴族も平民も関係あるか!私の場合は前世というズルがあるけど、お兄様は努力して6歳にしてあんな紳士っぷりですよ?是非平民にも見習って欲しいものだ。
35店舗分、しっかり酵母菌を増やして明日に間に合わせた私は、寝るまでの残り時間、お兄様と一緒にサイと特訓して、お風呂に入って眠った。
アリルが色々頑張ってるのは、将来お兄様が家督を継いだ時にやりやすいよう、発展もある程度しているように、という気持ちが強いです。