第10話 婚約
念願の1つがかないましたね
「サイ、ヘクトに連絡を取れ。出来れば相談に乗って貰いたい」
「承知!」
馬車からリビングまでお姫様抱っこで運ばれる私を見て少し怪訝な顔をしたサイは、そのまま姿を消した。
お兄様は、戸棚の重要そうな書類の入った箱から、婚約署名書を取り出した。
「私は当主を継いでいるのでランドオルストを名乗るが、結婚までの間、アリルは母の旧姓を名乗って貰いたい」
「私自身には旧名はないので、最後の家名を変える事位しか出来ないんですが、クロス=ランドオルストをオストマリアに変えれば良いでしょうか」
そうか。何処かに養子に出した場合取り込まれて兄と結婚させて貰えない可能性があるのか。親戚連中が私を介して家督の奪い合いをする可能性がある。
「それで良いと思う。急がないと、王子が動いてくる可能性がある。出来れば婚約だけでもしておきたい。結婚は一応私が学園卒業してからと思っていたのだけど、あちらの出方に依っては早めてもいいと思っている。今までにも増して誘拐に気をつけておくれ」
兄は指輪ケースを取り出す。
「婚約用のものだ。用意しておいたのだけど、気に入って貰えると嬉しい」
ぱかりと開けると、うちの領特産の真珠に、周りを小粒のダイヤが彩るシンプルで素敵なものだった。
「可愛い…嬉しいです、お兄様…!」
婚約署名書に自分の名前を書くと、お兄様は私に紙を回した。
「署名、してくれるね?」
「勿論です!」
私は最後の家名を母の旧姓にした名前で婚約署名書に名前を書く。兄は領主印、私は血判を押した。母の旧姓の判子などというのは存在しなかったからだ。あの人は一切領地経営に興味を示さなかった。幼い頃の事過ぎて少し記憶はあやふやだけれども。
「後は見届け人としてヘクトに判を押してもらうが、念の為、2枚用意して割り印を押して置こうか」
「そうですね。王子は王宮に居るので万が一があるかも知れません」
2枚目も同様に作成し、私とお兄様の割り印を押した。
その辺りでヘクトが馬車でやってくる。話を聞くと、少し難しそうな顔をした。
2枚の婚約署名書を見て、溜息をつく。暫く目を瞑っていたが、やや有って私達を見た。
「オストマリア……アリルの母の旧姓か。危ういな。お前達はこのまま2人で此処で暮らしていいが、一度形だけうちの養女になれ、アリル。名は最後の家名であるランドオルストをヘルドテルディに変えるだけでいい。この書類のままでは、早々に、アリルが旧母方姓を名乗っているだけだと言われ、難癖を付けて来る者が出るだろう。結婚に合わせてランドオルスト姓に戻せばいい。家には来なくていい、馬鹿息子が少し夢見がちでな…取り込もうとしてくる可能性が高い。相談と聞いて養子の申請書を持ってきている。先にこちらにサインしろ。そしてもう一度婚約署名書を作って欲しいのだが、書類の予備はまだあるのか?」
兄は直ぐに頷いた。
「あります、先に名前を書いて回していきます」
すぐ回ってきた書類に、私はアリルメイフィール・メイルド・ヴァン・クロス=ヘルドテルディと署名し、拇印を押す。そしてヘクトに書類を回すとヘクトも署名と捺印を記した。
2枚同じように処理し、今度は割り印を押していく。3名の判が揃って、書類は出来上がった。
ヘクトは言う。
「同じ日付ではあるが、養子申請を今からすぐに出す。婚約届けは今日の受付ギリギリに出す。その程度で齟齬は出ないと思う。信頼できる文官が今日はフルで入っている。そいつに頼むからまあ間違いないとは思うが、…王子の事だ。絶対ではない。そこは覚えておいてくれ。割り印の入った控えがあるのだからそうそうおかしな手出しは出来んと思うが…」
ヘクトがここまでしてくれるとは思わなかった。後ろ盾になってくれると言ってくれてから、なにくれとなく世話になっていたが、ここまでして貰えるとは。
「ヘクト……義父さん、ありがとう…!ここまで良くしてくれる程私達に情を掛けて貰えるとは思わなかった…」
「何年の付き合いになると思っているんだ。――流石に多少は情を移しているに決まっているだろう」
苦笑したヘクトは少し擽ったそうに肩を竦めた。
「お前達は本当に、何をするにも苦労するな。少し同情する。もし拒否された場合、16年前に誰と誰の間に生まれた子がどっちか、という話になる可能性もある。少し醜聞が流れるかも知れない。覚悟しておいてくれ。では。私は書類を出してくる。何かあれば連絡しよう」
来た時と同じく早々に馬車に乗って出て行く。ヘクトは少しせっかちかも知れない。
私は一気に幸せな気分になったが、明日早々に王子の顔を見るのは嫌だった。明日も休みたいとお兄様に伝えると、自分も休むと言ってくれた。そして何度も唇にバードキスを落としてくれる。
私も兄にしがみ付いて唇を合わせる。そのうち、ぐっと抱き寄せられたかと思うと、お兄様の舌が前歯をノックしてくる。そっと唇を開くと、兄の舌は優しく歯列をなぞり、口蓋をゆっくりと擽る。舌を絡ませ、唾液を吸われ、私は腰から力が抜けていく。
「ん、んふ、…っぅんん…っ」
長いキスの後にとろりと糸を引いて唇が離れていく。かぷ、と耳を噛まれて肩が跳ねる。
「これ以上は婚姻後に置いておこう。アリル、もう唇を許すような油断をしてはいけないよ」
「は…っい、お兄様…」
そのまま私の部屋に連れられ、ベッドに下ろされる。
「…っふふ、ダメだな目に悪い。襲い掛かってしまいそうだ。ゆっくりお休み、アリル」
ちゅ、と額に優しい口付け。私は幸福な気持ちのまま、眠りについた。
ふと目を開けると明るくて。時間を確認すると昼に近かった。私、どれだけ寝たの!?色々気を張って疲れてたんだなと苦笑するしかない。書面は今日には処理され、明日受領済みとなる筈だ。受領届けを見てからでないと登校する気が起きない。お兄様との婚約が成ったならば、それを心の支えにしてあの王子の居る教室に通える気がする。……いや、飛び級制度を利用して、お兄様と同じ学年になってしまおうか…。
起き出してきた私を待って下さっていたお兄様と昼食を共にしながら、相談していると、飛び級制度の利用に頷いてくれた。受領届けを待って飛び級の試験の手続きを申し込んで下さるという。ついでに私の教室の私の私物を回収してきてくれるとの事。お兄様にそこまでさせては!という気持ちと、あの王子の居る教室にもう行きたくない気持ちが鬩ぎ合い、王子への嫌悪が勝ってしまった…お兄様申し訳ありません…。
お兄様はまるで学園へ通う前のように自然に接してくださり、私も少し滞っていた政務をこなす。
次の日になると、養子手続き、婚約届け両方の受領書が届いた。実はギリギリだったようだ。今日王子が私との婚約を打診に来る心算であったようで、水際で止められた。
受領書を大事に仕舞い、お兄様は飛び級試験の申し込みと私の荷物の引き取りに行った。試験の日付は明後日、昼過ぎから小会議場で行うようだ。私は準備の為に1年と2年の各学科のおさらいをする。特に問題なく身についている。試験の日、お兄様もついて来て下さった。会場までは入れないので、会場の前で待っていて下さる。私は安心して試験を受けることが出来た。
丁度最終設問を解き終わって提出しようとした所で、忘れもしない嫌な男の声が響いた。私はうっすらと視界が赤くなっていくのを感じつつ、回答用紙を先生に提出した。教師用の裏口から出るよう促し、私はお兄様の居る出口に向かう。進むにつれ、攻撃的な結界が構築されていく。攻撃対象から私とお兄様は外してある。扉を開けると、どうやらお兄様に殴りかかったらしい王子が、拳から血を流している。私は問題なくお兄様の結界へ入り、二重の結界が私達の周りに展開された。
「それ以上近づくと以前より強く弾かれますよ。お兄様、王族を傷つけたというのは外聞が悪いかと」
「仕方がないね…ヒール」
お兄様の言葉と共に、血が流れていた拳が綺麗に治る。
「……お前はセイクリッドか……!」
呆然とした顔の王子が呟く。世が世ならば、能力者の方が只人の王よりも王位に相応しいとされ、政権交代となった筈だ。
「アリル」
びく、と肩が跳ねる。なんとか平静を保って返答する。
「何の用だ」
「…教室にも来ず、こんな場所で何をしていた」
「お前に話す必要性を感じない。行きましょう、お兄様」
「待っ…ぐぁあああっ」
そこそこの電撃と衝撃。また勝手に私の腕を掴もうとした王子は、手痛い反撃にあった。痛いだけで大した傷も負わない。そのように調整してある。
「触らないで下さいと何度言えば学習されるのですか」
赤く染まった視界の中の王子に告げる。
「今のはお兄様に殴りかかろうとした代償としてお受け取り下さいね」
辛うじて上半身を起こした王子は、去り行く私達に向かって吼えた。
「俺がお前を諦めたとは思うなよ――!!」
なんて鬱陶しい男だ。教師を帰しておいて良かった。最悪飛び級の答案を奪われる所だった。
次の日のうちに結果は届き、私は無事お兄様と同じクラスに配置された。
私達は、お互いの薬指に婚約の指輪を付け、一緒に登校する。
王子が諦めてくれるといいのですが。
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