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【小説】デトックス・ストーミング


この作品は、note、エブリスタ、pixiv、ステキブンゲイ、NOVEL DAYS、アルファポリス、ツギクル、小説家になろう、ノベマ、ノベルアップ+、カクヨム、ノベリズム、魔法のiランド、ハーメルン、ノベルバ、ブログ、に掲載しています。


 六本木の自社ビルに本社を構える、煌斗(きらと)ホールディングスはあらゆる部門を抱える巨大企業である。

 広い歩道にはグレーのタイルと綺麗(きれい)に整えた植栽が規則正しく並ぶ。

 初夏の陽気になった空を見上げて、眩しそうに腕を日除けにする瑠璃 魁人(るり かいと)は、スラリとしてエリートらしい空気を(まと)っていた。

 ビル群の一角にある、一面ガラス張りのホールへ消えて行く人ごみに紛れて歩道を進む。

 ロビーでICカードをかざして中へ入るとエレベーターホールへ向かう。

 ひっきりなしに上下して停止するたびに機械音を立て、音がした方をちらりと見るが、目的の最上階の一つ下まで行くカゴはなかなか来なかった。

 時間に余裕があっても、早くカゴに乗りたい気持ちになるのは周囲の乗り降りする人たちに見られている気がするからだろうか。

 少々焦りながら視線をやった先に、光に満ちた開口部が希望に満ちた空間をもたらす錯覚(さっかく)(おそ)われた。

 飛び込むように急いで乗り込み、操作盤の前に立つと後ろに影のように立つ者がいた。

 ボタンを押し、

「何階ですか」

 と早口で尋ねた。

 すると、

「同じ階だよ、瑠璃さん」

 聞き覚えのある声に振り返ると、古塚 友睦(ふるつか ともちか)だった。

 嫌な奴と一緒になったものだと、内心舌打ちしたくなるが、会議の前からすでにバトルは始まっていた。

「君もそろそろ課長クラスに上がっても、おかしくない歳だろう。

 周りを見て、協調性というものを学んだらどうかね。

 気配りができないと、中間管理職は務まらんよ」

 密室に2人きりでいるだけで息が詰まりそうな奴に、言いたい放題言われて怒りが込み上げた。

 だが、感情を(あら)わにしたらペースを持って行かれるのは分かっている。

 また心の中で舌打ちをしてから、できるだけ静かに言った。

「ご教示、ありがとうございます」

 丁寧に、しかし無感情なトーンで返すしかなかった。


 役員用の応接室の隣にある、会議スペースには大きな黒い本革のソファが並びガラステーブルが(しつら)えてあった。

 2人が、開け放たれた入口を入るとすでに面子は(そろ)っていた。

「やあ、次代を担うホープのお2人さんがそろったので、会議を始められるな。

 今日の会議を経て、取締役会にかける大事な議題がある。

 忌憚(きたん)のない意見を頼むよ」

 立ち上がってにこやかに迎えたのは、専務取締役の黒田 丙馬(くろだ へいま)である。

 一番奥に、窓を背にして座ると表情をサッと消して手元の端末を(にら)みつけた。

 黒田が黙り込んでしまうと、急に空気が張りつめて胃袋を(ひね)り上げられるような圧迫感が瑠璃を襲う。

 事前に資料に目を通してはいたが、不安に駆られてタブレットを弾きながらもう一度斜め読みした。

「では、早速ですが会議を始めさせていただきます」

 立ち上がった柊 俊一(ひいらぎ しゅんいち)の振る舞いには、いつもより硬さが感じられた。

 社運をかけた事業を、何度も手がけてきたが、今回ばかりは重圧がいつもの何倍もかかっている。

 彼はマーケターとして、今日のためにどれだけの時間を割いて準備してきたのだろうか。

 データ分析くらいは、どの社員でも多少こなすが変化の激しい市場を正確に捉えて論点を明確化する、彼の立場の重みは計り知れない。

 黒田が片手で制して座るように促した。

「まあまあ、今日の話し合いは堅苦しい挨拶(あいさつ)抜きでやろうじゃないか」

 口元は引き上げていたが、目は笑っていなかった。

 腹に一物抱えているし、これから起こるであろう火の出るようなやりとりを察知しているのだ。

「で、うちはどれくらい負債を抱えたのですか」

 先陣を切ったのはやはり、速水 鈴華(はやみ れいか)である。

 彼女は切り口上に物を言い、本題へと一気に流れを導いた。

「個人情報漏洩(ろうえい)については、すでに解決済みです。

 今回の件による負債を上回る増収が見込めるので問題はないかと ───」

「そんなもの、初動が遅かっただけだろう。

 いっそのこと無視した方がマシだったぞ」

 言葉が終わらないうちに古塚が噛みついた。


「まあ、まあ、事故はゼロにはできないものだ。

 ただ、世間の誹謗中傷を過度に恐れるのも、考えものだ」

 黒田はやんわりと古塚を支持した。

「そうでしょうか。

 高度情報化社会では、事故から初動までの1時間が勝負だと言われています。

 炎上被害も侮れません」

 最も若い紅一点の速水 鈴華(はやみ れいか)が語気を強めた。

 端末から視線を上げて、古塚は彼女を睨んだ。

「では、本題へ移りましょう。

 新規事業の提案をしていただくために、本日はお集まりいただきました」

「では、若手から行きましょうかね」

 瑠璃が促すと、古塚が口を開いた。

「新規事業だからと言って、若い者のいい加減なアイデアを先行させるつもりはない。

 我が社は長年培ったノウハウがあって、少々のことではビクともしない体力があるのだ」

 声高らかに言い放ち、速水を牽制(けんせい)する。

 速水は小さく咳払いをした。

「では、若輩者の私から起死回生のプランをお示しします」

 スライドを端末で共有して、話し始めた。

「我が社の収益が下がり始めたのは10年ほど前に(さかのぼ)ります。

 事務機器部門の主力商品である、椅子の部品に欠陥があり、回収及び交換の対応をしたところ、500億円を上回る損失を出しました。

 他の部門の増収により表立っては問題視されていませんが、信用というかけがえのない財産に傷がつきました。

 最近各部門が低迷しているのは、全体的なイメージダウンによるものです」

「話が抽象的で、具体的なデータに乏しいな」

 ボソリと古塚が(つぶや)いた。

 ゆっくりと黒田も(うなづ)いた。

「データにばかり頼っていては、問題の本質を見失います。

 数字に出ない要素にも目を向けるべきです」

 瑠璃が反論する。

「あなたまで、数字にならない、つまり金に換算できないものが大事だとでも言いたそうだな。

 そんな夢見がちなロマンチストに、会社を潰させはせんぞ」

 古塚は怒りを(あら)わにした。

「ふん、数字、数字って、守銭奴みたいなことを言っているから、信用されない。

 つまりうちの商品を買えば間違いない、というブランドイメージを理解できないんじゃありませんか」

「ほう、言うじゃないか。

 じゃあ、ご教示願おうか」

 テーブル越しに火花が見えるようだった。


「まずは、マスメディア全盛時代から続く、(あか)の溜まった広告戦略を見直します」

 古塚の眉が吊り上がり、小さく頭を振るのを視線の端に捉えながら続ける。

「現在、インターネット広告が43パーセントを占めています。

 テレビCMや新聞を2019年に抜いています」

「つまり、広告戦略を大転換しなくてはならないわけですね」

 合いの手を瑠璃が入れると、すかさず古塚が顔を上げた。

「ブランドイメージと言うなら、長年続けてきた戦略を重視するべきでしょう。

 インターネットだからと言って、動画配信が主流なのだから、テレビCMを流せば良いじゃないか。

 我が社には商標として消費者に認知されたビジュアルイメージや音、そして他社にはない尖ったコンセプトとやらがある。

 時代が変わった、変わったと音頭を取ったところで歴史は(くつがえ)らんよ」

「甘いですね」

 瑠璃はこぶしを握り締めて、言葉に力を込めた。

「何だと」

「テレビCMは効果を計る方法が、モニターの視聴率やアンケートに頼る程度だった。

 どれくらい信憑性(しんぴょうせい)があると思いますか。

 テレビ離れ、活字離れが進んだ現在、アンケートなどで正確なフィードバックはできない。

 その点インターネットでは膨大なデータを収集して、正確な分析ができるのです」

「それが何だというのだ。

 上場企業が市場を作っている現実は変わらんだろうが。

 細かく分析して何になる。

 だいたい、データ分析だの、マーケティングだのと言ったって、やっていることは不利な数字をグラフにして危機感を(あお)るくらいのものじゃないのかね、君」

 速水は顔を紅潮させ、爆発寸前の活火山になっていた。

 マーケターの柊を前にして、良く言うものだと瑠璃は内心舌打ちをした。

「まあまあ、お互いを尊重して、敬意を払った発言をしようじゃないか。

 しかし、我が社のブランドイメージは、昔から時代に合わせて変えてきているはずだ。

 そう大きく方向転換しなくても、少し手を加えれば良いのではないかな」

 穏やかな口調で黒田が諭すように言った。


「それで、結局あいつらは何がしたかったんだ」

 瑠璃はジョッキ一杯のビールに口をつけた。

「まあ、会議なんてあんなもんさ」

 1歳年下の柊を誘って夜の会議で続きをやろうという訳である。

「マーケターをこき下ろそうとしやがったぜ。

 古塚の奴め」

「それも、良くある話さ。

 人間は、リアルな数字を恐れる。

 現実を直視したくないのさ。

 俺は嫌われ者でいないと、怠慢だ」

 何度この話をしただろうか。

 軽くため息をついて心を落ち着け、お通しの漬物をつまむ。

「新しいアイデアが欲しい、みたいなことを言っておいて、自分たちは何も出さないんだぜ。

 後出しジャンケンで俺たちのプランを揚げ足取りして喜んでるのさ、あのくだらない連中は」

「はは、まあ、もっともだね。

 俺たちは損な役を買って出て、茶番のピエロになるわけだな」

「ご立派なことだねえ」

 他人事のように瑠璃が言うと、柊は暗い顔になった。

「しかし、うちが低調なのは事実だ。

 まだ表立って問題にはなっていないが、取引先銀行で頭取が不祥事を起こしたし、うちの社員が反社と(つな)がっていた件もある」

「なあ、ここだけの話、個人情報漏洩(ろうえい)の件は、反社が絡んでるって本当か」

「お前、どこでそんなネタ仕入れてくるんだ。

 まあ、黒だと言っておこう」

「観葉植物を置くと、会社の雰囲気が明るくなって、人間関係のトラブルやメンタル不調が減るだなんて、反社が良く言うよな」

 一瞬目を丸くした柊が話を継いだ。

「その観葉植物をお得なサブスクにすると、取引先が反社だったってわけだ」

「ついでにうちのゴミ捨て場からシュレッダー待ちの段ボール箱を失敬して、そいつをネタにゆすり、個人情報漏洩事件勃発。

 世間を騒がせて心臓が縮みあがった取締役が事件をもみ消しにかかる」

「いくら、金を闇に消したのやら」

「はあ、バカバカしいな。

 末端の社員が取引先を確かめもせず買うからだ」

「そういう落とし穴はあちこちにあるぜ」

 口角を上げて柊は暗く笑った。


 各階の自販機コーナーは、缶コーヒーと紙コップのドリップコーヒーが半分以上を占めている。

 眠気覚ましと疲労回復にカフェインが良いとか、香りが心をリフレッシュしてくれるかららしい。

 デスクワークで体のあちこちが凝った瑠璃は、伸びをしたり腰を回したりしてストレッチしながら缶コーヒーを(すす)っていた。

「昨日は、どうも」

 速水がちょこんと頭を下げた。

「君は、若いけど物怖じせずに言うねえ」

 手をヒラヒラさせて壁に寄りかかっていた瑠璃の方へ眉根を寄せて彼女が言った。

「私、あの会議で意見を言ったという既成事実を作るためだけに呼ばれた気がするのですけど ───」

 (ひたい)をピシャリと叩いて瑠璃は笑った。

「良いところに気づいたねえ。

 実のところ俺と柊も同意見だよ」

「大企業って、どこもこんなもんなのでしょうか」

 表情を曇らせて、彼女は壁を見つめていた。

「よそ様は知らんがね、うちはかなり制度疲労(はなはだ)しいと思ってる。

 問題は、そう思わない連中が徒党を組んで幅を利かせてるところさ」

「どうしたら、変えていけるのでしょう。

 広く社会に目を向けて、自分の会社の利益だけでなく、人間の幸福を考えてはいけないのでしょうか」

「へえ、立派なことを(おっしゃ)るね。

 会議でもそんなことを言ってたかな」

「現代のビジネスモデルは、マクロな視点で社外への影響を考え、地域と連携していくべきだと言うのは、疑いようのないい世の中の流れだと思います」

「うん、うん」

「で、自販機コーナーで菓子パンの無人販売をしてはどうかと」

 ちびちびとコーヒーを飲む手を止めて瑠璃は頷いた。

「新しい風を起こすなら、まず小さなことからか ───」

 しみじみと言った彼を手で制して、

「違います。

 これは、机を並べただけの無機質な職場を一変させるための布石です。

 新しいことを始めるのではなくて、本当に必要な物事を取り入れて、古い体質が生んできた垢を振り返って落とす『デトックス』なんです」

 と熱っぽく語る速水に背を向けて、手をヒラヒラさせた瑠璃はデスクへと戻って行った。


「企業は人なり、と言いますが ───」

 先日の会議は長引いたため改めて続きをすることになっていた。

 今日先陣を切ったのは瑠璃である。

「ほう」

 珍しく黒田がズイと身体を前に寄せた。

 いつもは背もたれに身体を預けて静観する姿勢をしているのに、と速水は内心舌打ちをしたかった。

「オフィスに、社員が生き生きと働ける工夫をしていくプランです。

 速水さん、あの話を」

「ええと、ああ、各階に設置された自販機コーナーに、無人販売の菓子パンを置いてはどうかと ───」

 眉間に縦皺(たてじわ)を深くした古塚は小さく唸った。

「そんなことを ───」

 言おうとした彼を、黒田が手で制して先を促した。

「我が社のオフィスは、ほとんどが机を整然と並べて島を作るスタイルです。

 ですがクリエイティブな一部の部署では、社員をリラックスさせるための工夫をしています。

 問題を解決する合理的な思考は、リラックスした方がやりやすいものです。

 また、若い社員が経験豊富な先輩に相談しやすい社風を作り出すこともできるでしょう」

 瑠璃は、視線で柊に続きを促した。

「はい、統計データ上でも、オフィスを工夫している会社の方が利益を上げております。

 また、SDGsの理念に照らしても、人間の幸福に寄り添う取り組みが、社会全体を活性化させ、企業の利益を生んでいるというデータがあります」

 資料に盛り込んだグラフを示し、事実を一つ一つ積み上げるように説明していく。

 場の空気が変化したことを古塚も感じ取ったのか、さらに不機嫌な表情に沈んでいた。

「人間の活力には、金がかかりません」

 黒田も思わず笑顔がこぼれた。

「だからと言うわけではありませんが、安い部品を仕入れてコストカットを図れば10年前の二の舞になりかねません。

 コストパフォーマンスよりも、今はマンパワーを引き出すべき時です」

「なるほど、良く分かった。

 瑠璃さんの話は取締役会でも受け入れられるだろう。

 今日は実のある会議だったと思う。

 どうかね、古塚さん」

「えっ、ええ、黒田専務が言う通りだと思います」

 突然振られて取り(つくろ)った表情は、引き()った笑顔になっていた。


「これは、どういうことですか」

 役員応接室に入るなり、瑠璃が黒田に詰め寄った。

 ソファから立ち上がった専務は、両手で制して座るように促す。

 鼻息荒く、足を踏み鳴らしてやってきたものの、黒田の人柄にいなされた格好になった。

「まあ、まあ、話を聞いてください」

 ニッコリと口元を引き上げて、(まなじり)を下げた顔は、長年商社で培った商人顔(あきんどがお)である。

「私が会議で提案したプランを、なぜ古塚さんにやらせるのですか」

「それだがね、具体的に実行可能な手立てを社長と練ったところ、最適な部署に振ることにしたというわけだ」

「納得いきません」

 憤懣(ふんまん)やるかたない、といった表情で立ち上がったものの、矛先をどこへ向ければ良いのか分からなかった。

「君のアイデアは素晴らしい。

 だからこそ、インテリア業界に明るい者に任せたのだよ」

「私だって、部下にインテリアデザイナーを抱えています」

「それだけじゃなくて、私が直接商社のノウハウを教えた古塚課長に任せれば、人脈を駆使してコストを押さえながら最適なプランにしてくれるはずだ」

 黒田の部下として手足になって働いていた古塚には、実際黒田から引き継いだ人脈があった。

「もちろん、瑠璃さん、君も面子(めんつ)がつぶれた思いだろう。

 後輩の手前、手柄を横取りされたように写ってはまずいだろうしな」

 奥歯に物が挟まった様な言い方だった。

 にこやかに瑠璃の顔色を(うかが)うかのように、真っ直ぐに見ていた。

 次の言葉が出て来なくなって、数分が過ぎた。

 肩で大きく息を吸い込むようにしてから、重々しく低い声色で黒田が言った。

「君も内心、古塚にライバル心を抱いているだろう」

 黒田の目つきが鋭くなった。

 歳が近いこともあり、廊下ですれ違うたびに火花を散らすような視線を交わす仲である。

 不満を募らせるのは分かっていたのだろう。

「瑠璃さん、君を課長補佐から課長へ昇進させるよう、社長から辞令を預かっている。

 君の場合は、実力を認められてのことだ。

 同世代の課長クラスと比べてみれば、比肩する者がないほど頭が切れると評判だぞ」

 立ち上がった黒田は両手で書類を瑠璃に手渡した。

 筋書き通りに感情的になった自分をコントロールした、黒田の巧みな策に(はま)ったのは分かっていたが、返す言葉は見つからなかった。

「ありがとうございます。

 ご期待に応えられるよう精進いたします」

 言葉にはしたものの、何かが心の奥に引っかかっていた。


 辞令を受けて、すぐにデスクを課長席に移した瑠璃は、段ボール箱に詰めた書類を引き出しに詰めていた。

 内線が鳴り、腹に力を込めて取った。

「ああ、古塚だ。

 ちょっと込み入った話がある。

 行ってもいいか」

 昇進を祝ってもらうような間柄ではないし、切り口上に用件を言った。

 嫌な予感がした。

 別フロアの倉庫へと移った二人は、廃棄する文書や返品された不良品の棚で止まった。

「個人情報漏洩の件を、お前はどれくらい知っている」

 元々生真面目だが、権力欲が強くて攻撃的な態度を取る男が落ち着きを失い、嫌味の一つも言わずに切り出した。

 棚の箱に走り書きされた文字を手で触れながら、珍しい物でも見るように古塚をじっと見ながら答えた。

「はっきり言うが、反社が絡んでいて情報を盗まれたのだろう。

 事の発端は、オフィスに観葉植物を置こうとして契約した先がまずかったと聞いている」

「契約をしたのは、俺だったのさ」

 正直、古塚の失態だったとは知らなかった。

「それで、なぜ俺を呼んだんだ」

 極力平静を装い、射貫くように見据えた。

「また、やっちまった。

 どうすればいい」

 腹を押さえて(うめ)き声を小さく上げ、しゃがみ込んでしまった。

 そしてそのまま胃液を吐き出した。

 咳込み、目から涙が溢れ出た。

「何やってんだ」

 張り上げた声が薄暗い倉庫に響き渡る。

「もう、死にたい」

「違う、すぐ上に報告しろ」

「クビになる、言えない」

「馬鹿なことを ───

 隠蔽(いんぺい)したら、それこそクビでは済まないぞ」

 怒鳴りつけた瑠璃は、内線の受話器をひったくるようにして取り、黒田専務を呼び出した。



この物語はフィクションです


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