3話 定規という武器
片手には拳銃、もう片手には定規。多分世界で初なんじゃないのか、この組み合わせを手に持っている人間は。
「なぁ、サクラさん」
「どうしたんだいテルユキ君」
「この電波仮想の世界には、どんな種類の武器があるんだ」
「まずは私のランスとか、さっきの人達みたいな直接的な攻撃をする武器だね」
「この銃も?」
「うん。遠距離攻撃の武器は確かに相手に近付かなくて済むけど、そんなに相手の体力を削れない」
「ズルイもんな」
なんて良いつつ、至近距離で遠距離攻撃型の武器を使った俺はなんとも言えない気分になる。
「他には特殊なものもあるよ」
「特殊?」
「そう、特殊な武器。剣やランス、拳銃みたいな武器が直接的な武器だとすると、他には防御に徹底した盾を持つ人もいるし、杖を持つ人だっている」
人差し指をピンッと立て、説明しようとでも言いたそうな……まぁ説明はしてるんだが、説明しているサクラはすらすらと俺に教えてくれている。
よくもまあ、色々と知っているもんだ。
「杖は直接的な武器だろ? 相手の頭をボコスカ殴るとか」
「それも出来るけど、普通はそんな使い方しないよ」
「まさか、魔法?」
「その通り」
「なんでもありか……」
手に持つ定規を見る、もしかしたら俺の定規だって、杖のようなそんな特別な物かもしれない。
「この定規はどう戦うんだ?」
近付いてきた目的地。あの少女のいる教室。
「普通に戦うんじゃない?」
俺は目的地である教室の前に立ち、サクラに言葉を返しながら扉を開けた。
「だから定規でどう戦えって言うんだ」
「投げるんじゃない? えいって感じで」
「石でも投げた方が良い気がしてきた……」
ぼやきながらもぽつん、と座っている少女の姿を見付けた。なに事もなかったようで、安心した。
「あ、あのっ!!」
少女は立ち上がり、俺を見ている。
俺はサクラを見た。肩を竦めていて意味が分からない、みたいな顔をしている。
また少女の方を見た。
「お名前は……なんておっしゃられるんですか?」
「本坂テルユキだが」
「分かりました」
何が、分かりました、かさっぱりと分からない。でも何度も頷いて、よしよし、みたいな表情をしている。
「ねー、テルユキ君。もう帰ろうよ、疲れたしお腹減ったー」
「あ、あぁ。もう帰ろう」
こっちはこっちで、もうグデーンとしていて、さっきまでのやる気が見受けられない。
こんな対照的な二人を見て、俺は自分の手に持つ、木製の定規に目をやった。
なぁ、定規。
俺にどう戦えって言うんだ。
日は進み、一日が経過していた。昨日のことを思い出すと、なにげに大変なような気がしてならない。
「え、つまり自分の武器で勝たないとダメなんですか」
初めて倒したというのに、現実はなんとも厳しいわけで。いや、あそこは電波仮想だから現実じゃないのか? どっちだろう。
「そうです、自分がリアライズした武器でしかダメなんです」
現在職員室、自分のデスクであろう場所に座っている、文芸部顧問の藤川先生はそう言った。
「な、ならポイントは?」
「その拳銃の持ち主の子にいったんじゃないかしら」
「マ、マジですか……」
これは危ない情報を仕入れてしまった、逆に聞きたいが定規で倒される間抜けな人間を見た記憶がない。
どうしよう……。
「まぁ、まだまだ時間はあるから気長に頑張ってね?」
「……はい」
落ち込みながら、励まされ、それでも俺の頼りない頭脳は勝算への計算を始めていた。
職員室を退室する、相変わらずというか、どこか遠くから足音が聞こえるだけで声はしない。まさに放課後の学校だ。
まぁ、とりあえず部室に行くとしよう。
木坂が待っている、寝ながらだろうけど。
毎日の日課ってわけではないけども、部室に行く為の飽き飽きした階段を進もうとしたら、聞き慣れた奴の声が、後ろから発せられた。
「やっほ、テルユキ君」
少しの違和感を感じた。
「お、サクラか」
その違和感がなんだったかと言うと、現実世界でサクラに会うことと、服装がこの高校の制服姿だったからだ。
電波仮想では、何故か全員の服装がカッコイイ、または可愛い、はたまた伊東ミサのような、その二つが併された服装である。
サクラはお姫様のような服装でいて、そっちに見慣れている俺としては、当たり前であろう制服姿の方に違和感を感じても不思議ではない。
「ちょっとそこを通ったらテルユキ君がいたからさっ、ちょちょいとナンパしちゃおうかと」
「ナンパって、おい」
「ジョークだよジョーク、ジャパニーズジョーク」
あははっ、と微笑み、髪を揺らし腹を抱えて笑いだした。ここまで笑うと、ただ不審に思う。
俺が冷めた目で見ていると、
「あー、お腹痛いよぉ、きょとんってするんだもん」
「……、ってそんなことはどうでもいいんだ」
……いい加減に笑うのは止めろよ。
「何か用事でも?」
「用事はないけどさ、今日は電波仮想行くのかなって」
「行くつもりではある」
ただ、その為には一つの難問をクリアしなければならない。
「じゃっ、今から行こう?」
「待て、部活を休んで来ないといけないからさ。今からそれを言いに行くんだ」
「なるほろー」
うんうんと頷いて、納得しましたとサクラは言ったが、適当に話しを聞いているに違いない。
「だから今から部室に行って、部長に休みますと言いに行く」
「私も一緒に行こうではないか!」
「……は?」
にこにこしているサクラを見て思った、こいつは何をしてでも着いてくるつもりだな、と。
「へぇ〜、私は文章を考えたりするの苦手かな」
階段を進むにつれ、繰り広げられる会話は盛り上がり、騒がしい一階付近を過ぎたさらに上の静かな階では、もはやサクラのオーバーリアクションの音だけが響いている。
俺はそのリアクションにリアクションしつつ、曖昧な返事をしては会話を継続させてはいた。
最上階に到着した頃には、俺は相槌をするだけの聞き役になっている。
いつも思う、女の人は話題が豊富なもんだ。
廊下を進むと、そこにはいつもの文芸部があって、入口があるわけだ。
扉に触れ、開けようとしたら、違和感を感じた。別に扉が変なんじゃない。錆び付いて開かないとか、そういうのではなく。
……これはさっきのサクラを見たときの、変化の違いを見付けたような違和感でもなくて、なんて言ったら正解なんだろう……。
なにかが変だ。
そう……いつもは木坂が一人で座っている、つまりは一人で部室にいるのに……今は二人いるような。
扉を開けた。
「やっと来たん? 待ってたで」
木坂がいた、これはいつものことなのでスルー。
問題といえば、
「……ど、どうも」
もう一人いたことだ。
その顔はつい最近見たもので、さらにヒントを言うとすると、
「あっ、拳銃の子だ」
サクラが後ろから、答え同然の言葉を言った。
「本坂、その人はどないしたん」
「木坂、その人はどうした」
俺達が同じ疑問を同じタイミングでハモらせ、一瞬の静けさが部室を支配した頃。
遠い場所だろう、廊下から誰かのくしゃみがどこかで響いた。
俺はピンチだ、ピンチをチャンスに変えることができるらしいけど、明確なピンチだけが俺に与えられている。
「つまり、新しい文芸部員を連れて来たんやね?」
法廷の裁判官のような、するどい眼光で俺を見る木坂。
「ま、まだ本人は様子見ってことだけどな」
俺はそうだな、無実の身でありながら痴漢事件の犯人、そのような扱いを受けている。
「よくもまぁ、こんな可愛い子を……ふーん」
な、なにかを、疑われている。俺は……痴漢なんかしてないんだ……。
「いやー、いつも木坂さんとテルユキ君が楽しそうにしてるから、私も文芸部員になると楽しい青春を生きれそうだなーと思っちゃいまして」
隣のパイプ椅子に座るサクラはそう言った。ナイス、ナイスだサクラ。良いフォローだと思う。
「ふーん……テルユキ君なんてえらい親しげやなー……」
会議室にあるような、持ち運び簡単なテーブルの向こう側には木坂と拳銃の子が座っている。
そして何故か俺の絶賛した完璧な追撃が、追撃が効いていない。
「ま、ええよ? うちは部長やけど厳しくはせぇへんから」
木坂は目をつぶり、何度も頷いていた。ご丁寧に腕まで組んでいる。
「私もテルユキ君って呼びたいです」
拳銃の子は、全く無関係なことを言い出した。
「良いよ? 呼びなって私が許すからさっ」
そして何故か、サクラが許可を出した。お前は俺のマネージャーだっけ。
「じゃなくて! 木坂今度はお前の番だ、その子はどうしてここに居るんだ?」
木坂に電波仮想のことは、話していない。彼女が偶然来た可能性もあるけど、部室に入ったときに彼女は驚いた表情をしなかったところをみると、偶然ではない。
「本坂に助けてもらったんやて、だから恩返ししたいらしいで?」
「はいっ、だからなんでも言ってくださいね!」
腕を組んでいる木坂の隣で、対照的なように、にこやかな彼女を見ていると、何故だろう。やっとまともな人が俺の前に現れたような気がする。
「え、えっちなお願いは……場合によってはダメ……ですよ?」
そうだった、彼女はどこか暴走しやすい人だった……。そこさえなければ、ただ可愛くて大人しい人だ。今、俺を睨んでいる木坂はほっといておくことにしよう。
その日、俺は部活を休めなかった。
あの状況で休むなんて言ったら、不機嫌な木坂の不機嫌な目線が不機嫌ではない俺の良心に突き刺さり、抜けない気がしたからだ。
久しぶりに、騒がしい部活をしたかもしれない。
なんだかんだでサクラも木坂も、そして拳銃の彼女、姫井ルイさんも楽しんでいた。
これが部活動ってやつなんだろうね。
本来なら、部員二人では部活動として活動してはいけない、同窓会が関の山だ。
生徒手帳を見たら分かるが、部活として成り立たせるには、六人以上の人数が必要。
しかし何故だか部員二人でも活動することができている、そんな現状である。
顧問の藤川先生が言うには、昔からある文芸部を廃部にするわけにはいけないという建前があり、電波仮想を知った現在の真実としては、最強を決める電波仮想なら、一人でも多くの参加が必要となるのが本音。
生徒手帳を見ると、部活動に関する注意書きの最後にはこう書いてある。
【その他、例外あり。】
なにやら、誰かの作戦にまんまと引っ掛かっている気がしてならないけど、参加してしまったからには諦めるしかないらしい。
帰宅してから風呂に入り、出された課題に手をつけることはしない。寝返りの必要性を考えながら寝返り、さっさと寝ようと目を閉じてその日は寝た。
数日後。
携帯電話の振動によって、起こされる。
目覚ましを設定した覚えはない、となれば、電話かメールのどちらかで、いつもマナーモードの携帯がそれを知らせている。
何も考えずに携帯を取り、寝ぼけた頭は何も考えず画面を見て電話だ、それだけを確認して通話に入った。
「もしもし」
一日の最初の言葉が、もしもしなのはどうだろう。
『やぁ、おはよう』
「なんだミサか」
久しぶりに話した気がする。まぁ、電波仮想であんな事があったんだ、フレンドリーに話すには少しなにかが足りない。
『どうだ本坂、電波仮想は楽しかったかい』
「ぼちぼち」
『そうかい』
俺の知っているミサと、変わらないように笑っている。別人だと疑うわけでもないけど、なんかすっきりして安心した。
用件はなんなのか、早々と聞いた。
『学校に来てくれないか』
「……学校に?」
今日は休日、部活にしたって文芸部はなしだ。
「理由は?」
『それはまだ言えない』
……まぁ、例え電波仮想で争い事だったとしても、電波仮想に行かない限りは俺もミサもただの人間。争いようがないだろう。
「行くのは良いけど、何時から」
『今から』
「何時まで」
『きっと一日中だろう』
「分かった、今から行く」
『昼食は私が用意しよう』
「あいよ」
それでは、そう言い残され電話は終わった。
さて、まずは起き上がろう。
休日に学校に行く経験が少ないからだろう、頭の中には学校=制服のイメージが定着してしまい、寝ぼけた頭のままでやっていたら制服に着替えてしまっていた。
でも学校に私服もどうかな、まぁ無難に怒られない制服でも良いかもしれない、そういった結論に至った。
さすがに鞄と教科書まで持っていくと、気が滅入りそうだったから手ぶらで行く。
見慣れた風景とこなれた道を歩き、あまり時間も経過することもなく学校が見えた。
校門が近付き、車の音やら、楽しそうに俺の横を走り去る小学生を見て何となく休日感を思い、学校へと入った。
正面玄関。
そこにミサが待ち構えていた。
「案外早かったね」
「まぁな」
ミサの服装も制服。俺の寝ぼけた頭も、役に立つことがあるらしいようで安心した。
「用件は?」
「焦らなくても良いだろう。久しぶりに話したというのに」
「それもそうか」
ぎこちなさはある、それでも長い付き合いだ。今更になって信じられないとか、そういう低レベルな思考はない。