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2話 電波仮想という世界


 屋上には、人もそんなに来ないのにベンチがあって、そこに座っている。前を見ても、雨が降っているだけだ。

 上を見る、雨の粒を防いでいるコンクリートの屋根がある。

 横には、誰もいない。さっきはいたけど、今はどこかに消えてしまった。

「遅いっ!」

 瞬間移動よろしく的に横に現れたサクラは、逆切れ過ぎる睨みで俺を見ていた。

 勝手に電波仮想に行っておいて、なんで文句を言われなきゃいけないんだろうか。電波仮想に行く方法が分からない俺には、どうしようもない。



 ……今朝の出来事から、時間は経過していた。

 昼休みの今頃は、C棟部室で木坂と会話しているはずだが、なんせ無視のできない事柄だけに普通に生活するわけにはいかない。

 今から俺は、参加者としてのルールの教えを聞くために、サクラと電波仮想とやらに行くことになったのだが、なにを考えてるのか、行き方も教えてもらってないのに先に行かれ、そして戻ってきて逆切れされている。

 理不尽とはこのことである。

「あのさ、まずは電波仮想の行き方を教えてくれ」

「そうでした」

「……やれやれ」

 冷静なクールを装ってはいるが、内心はドキドキしている。俺もミチルギ先輩のような、格好良い武器を持てると考えただけで、テンションは直角に急上昇。

 鉄砲刀剣類所持等取締法。

 略して銃刀法なんて法律があるが、きっと干渉されてはいないだろう。

 サクラが言うには、削除、つまり戦いに負け体力(HP?)がゼロになったとしても、削除=死、ではないらしく、好きなだけ暴れても良いという。

 少年の心をくすぐるイベントがあるのに、ドキドキしない奴はいない。

 刀なんて良いよな、日本刀みたいな。一撃必殺、うりゃっみたいな。

「お一人様、電波仮想へとご案内〜」

 サクラの一言で、また、俺の見ていた現実がぶれた。

 それも一瞬のことだ。

 俺はまだベンチに座っている。座り心地に違和感はなく、異変は感じられない。

 だが、ここは電波仮想だ。

 ぽかぽか陽気が俺を照らす。雨音と雨粒は消え去り、そんなもの最初からなかったと主張しているようでもある。

 そしてもう一つ違うのは、

「なんで、なんでお前は」

 ドレスを着てるんだ? と、サクラに言おうとしたんだが、知り合いの声が遮る。

「さて、私はいつものように点数を稼がないといけない。本坂、そしてそこのお嬢さん、始めよう」

 俺は即座に立ち上がる、遮られたことはもうどうでもいい。

 瞬間的に登場した、その人物に思い当たる節がある。

「……ミサ?」

 騎士のような話し方、堂々とした立ち振る舞いは知り合いに一人しかない。ミサの着ている服は、サクラのドレスに似た感じで、さらに安易な鎧を合わせたような服、女性らしさと騎士とを融合させているような一品。

「そうだが?」

「やっぱりか! お前もここに来れるんだな、俺もついさっき」

 馬鹿みたいに嬉しそうにしていた俺は、多少だが青ざめる。

「そんなことはどうでもいい、早く始めないか」

 具現されたそれは、何も持っていなかったはずのミサの手に現れた。

 両刃の剣という言葉があるが、その言葉の元となった剣。

 剣の種類に詳しくない俺には正式な名前が分からないが、剣が封じられている鞘をミサは握っている。

 いつものように無表情だが、いつものように優しさを感じる雰囲気、その雰囲気だけは出してはいない。顔が無表情ということは同じだが、雰囲気が違う、それだけで別人のような印象を受けてしまう。

 鞘と剣とか擦れる金属音、鞘から解放された剣は銀色に輝いていた。

 女騎士、伊東ミサにはお似合いだろう。

 用済みとなった鞘は、現れた時のように、瞬間的に消えた。


 気が付けば、サクラも武器を手に持っている。今朝に見た、俺を救ってくれたあの槍だ。

「はあああ!!」

 先手必勝とばかりにサクラが走り出す、リーチとしては圧倒的にサクラが有利。

 突き出される槍。

 槍の突き進む先には、銀色の剣が待っており、簡単に受け流されてしまう。

 先の部分は鋭利でダメージを受けてしまうとしても、そのリーチの元である棒部分は言ってしまえばただの棒である。

 ようするに、

「そこだっ!!」

 切り付けるミサ、サクラは辛うじて身を引いたもののあれが本物だったら致命傷になりうるかもしれない。

 槍の弱点は、誰から見ても分かるように接近戦では小回りができないところじゃないだろうか。

『100/100』

 頭上に表示されるパラメータ。数字は変動し、

『47/100』

 一撃で五十%以上を削られている。


  明らかにサクラは分が悪い。このまま続けても勝算はない。


 先の一撃を見たサクラは、防戦一方になってしまっている。

 一撃でも当たってしまうと、アウトの可能性もあるという心境がそうさせているのかもしれない。

『47/100』

『20/100』

 確実に減っている数値。

 サクラは、俺を守る為に戦っている。

 ミサの俺への接近を、サクラの邪魔によって阻止して、紙一重でその作業を行う。

 ただ見ている俺には、サクラを助けることもできない。

 ……どうしたらいいんだ。

『20/100』

『3/100』

 一撃でも、確実にアウトになってしまう数値となる。

「はぁ……はぁ……」

 華奢な肩が上下し、息の荒れているのは、後手のサクラだ。

 ミサは無表情に剣を構える。

 今回は相性が悪かった、接近特化のミサ、接近戦では攻撃すらできないサクラ、明らかに結果は分かりきっている。


 走り出す女騎士は、銀色に輝く剣を振り上げる。


 結果の分かっている姫は、白銀の槍を斜に構え、攻撃を対処する気力もない。


 俺は、なにもできない自分に苛立ちだけが積もる。

(いいのか、助けなくて)

 反復するその言葉。


 俺は全力で走っていた。


 作戦なんてものは、これっぽっちも考えていない。

 さーて、どうしたもんか。

 このまま走っても、ミサがサクラに攻撃する方が先だろう。

 アニメ的マンガ的な、ギリギリで剣を受け止める、そんな間に合う余裕はない。

(それなら……)


 サクラへと銀色の剣が一線に落ちかけた時、

「スキありっ!!」

 俺は叫んだ。

 もちろんスキはあっても攻撃手段はない、ただのはったり。

 手ぶらな奴に、スキありと叫ばれても鼻で笑うのが一般的だろうと思う。

 それでも、それでもミサは中断して後ろに下がった。

 それはそうだろう。

 俺は武器を持っていない。だけど相手側からしたら、つまりはミサに武器を見せていないことにもなる。

 なんの武器を持っているのか分からない状態の敵に、スキありと叫ばれたら下がるはず。

 そして圧倒的優勢のミサが、無理をしてまでサクラに一撃を入れる道理はない。

 内心は、これが成功してよかったと思っている。

 ダメだったら、サクラ消失、俺は無力、女騎士ミサの剣技、そのあとに待っている結果なんて考えなくても分かりそうだ。


「ミサ、一つだけ言いたい」


俺はミサを見据えて、言った。

「武器の出し方を教えてくれ」

 ある意味で、空気が凍り付いた時間が流れた。

 敵意を向けられ構えられていた剣が、鞘に戻される。

 戻されたというより、瞬間的に登場した鞘が、構えられた剣に覆いかぶさるように現れただけだ。

「……やはり君は優しいな」

 敵意の有無はスルーしても、井東ミサはいつもの井東ミサだ。俺の憧れる井東ミサ。

「一時休戦にしよう。私は本坂が既に理解しているものだと思っていたが……私は武器を構えない相手と戦う程に、落ちぶれてはいないつもりだ」

 消え去る剣。

「本坂、武器の出し方なんてものは決まりがない。ヒントなら、そこのお嬢さんに聞いてくれ」

 その言葉を残して、電波仮想からミサは消えた。

 例えばの話しになるが、ミサが俺の古くからの知り合い、じゃなくても一時休戦は望めただろう。

 やはり正々堂々が似合う奴だ。

「……、よし今日は帰るか」

「そう……だね、今日はもう戻ろっか……」

 意気消沈しているサクラ、圧倒的な力差で負けたらさらに疲れも溜まるだろう。

 笑顔は消え、頬を膨らませて不機嫌を表している。超不機嫌。

 まあ、元気そうだ。

 そして、今、気付いた。

 もしサクラが負け、電波仮想から消えていたら、俺はどうやって帰ればよかったんだろう。










「どうしたん? なんかアホっぽい顔して」

「顔にたいして文句があるなら親に言え」

 後ろから抱き着く一歩手前、そんなボディータッチを木坂から受けるが、ただたんに肩を揉まれているだけである。

 今日最後の授業も終わり、さて今から部室に行きますか、と思っていると、

「自動マッサージ機もとい木坂ホナミさんがやってきた」

「いきなりどしたん」

「いーや、今日も木坂は可愛いなーって」

「結婚してくれるんなら、付き合ってあげてもええよ」

「凄い上から目線だな」

「まぁ、実際に上から目線なんやけどな」

 後ろを見ると、上から木坂が見ていた。まさに上から目線だ。

 そんな社交辞令言葉と生々しい言葉を交わしつつ、さっさと部室に行くとする。



 足が鍛えられる階段を進み、やっと部室に到着する。

 木坂が鍵を開けようとすると、

「あれれ? 鍵が」

「忘れたのか?」

「ちゃう、開いとる」

 ガチャ、と音をたてながらドアを開けると、そこには世にも恐ろしい……、

「き、来てくれて良かったー…………。それはそうと遅いじゃないですか!!」

 ただの先生がいた。

 涙ながらにきょろきょろしては、もう今にも涙腺が制御不能になりそうなくらい目にいっぱいの涙を溜めている。

「なんや、来てるなんて珍しいこともあるんやね」

「よ、用事があったんです!!」

 文芸部顧問、藤川ユウコ先生。

「用事? どんな用事や?」

「本坂君にだけ話しがあるから、木坂さんは……ちょっといいですか?」

「ん、分かったわ。ほな、うちはジュースでも買いに行く」

「ごめんなさいね」

 言った通り木坂は鞄から財布を取り出して、

「ユウコちゃん、二人っきりやからって本坂に変なことしたらダメやからね?」

「し、しししししません!!」

 そんなに動揺したら逆に…………、いや、なんでもない。


 木坂の居なくなった部室には、俺と先生だけが残る。

「用事ってなんですか」

「本坂君が文芸部として登録されました」

「は、え?」

「電波仮想に行くのは部長の木坂さんだろうと、私は思ってたけど……いいわ、やるからには本気でやってね?」

「い、いや意味がイマイチ把握できないんですが」

 外国人に外国語で話し掛けられている、そんな気分だ。

「電波仮想に行って、好き勝手に戦うだけだと思う?」

 優しく微笑んで先生は続ける。

「簡単に説明したら、勝てば良いんだけどね? 勝ったらポイントみたいなものが貰えるのよ」

 いつしか、サクラがそんなことを言っていた気がする。

「そのポイントは、その人自身の強さと、部室の強さに関係する」

「その人のポイントが高い、それならその人が勝ち続けていて強いってのは分かりますが、部室の強さってなんですか」

「あんまり負けばっかりだと、強制的に退部になっちゃうわよ?」

「た、退部?! それなら逃げ続けた方が得じゃないですか」

「あ、そうそう、部費の割り当てもそれで決まっちゃうから逃げてばっかりだと部費がなくなっちゃうわ。それと……」

 絶望的な、言葉が、続いた、

「文芸部で登録されてるのは本坂君だけだから、貴方が頑張らないと……ここ、廃部になります」

 微笑みながら、そう言われた。





 数十分が経過した頃、藤川先生は既に部室にはいない。木坂と二人だけになっている。

 この光景がいつものことにしては、俺の脈拍は異常だ。

 木坂部長はいつものように寝ているが、顔が俺とは反対側を向いているので寝顔は見えない。

 気付けば溜息を吐いていて、なんかアニメの主人公っぽい俺は余裕をこく余裕がない。

 電波仮想、ミサは敵で、サクラに関しては協力的ではあるが、この先も味方とは限らない。

 俺が電波仮想に行きポイントを稼がないと部費は貰えず、部費が貰えないとなると、部ではなくなりどのみち廃部。

 つまり、俺がなにもしないと待つ結果は廃部になり、俺が行動するとこのままとなるわけだ。

 これは、電波仮想=部活動となったパターンが連動した場合だけど。

 藤川先生の、ぽつりと言っていたことを思い出す。

 電波仮想のポイントは、なにも部活動だけに関係するわけではない。

 部活に入っていない、帰宅部にしてみたら意味が無いから。

 では、なぜ存在するのか? それは、最強を決めるから。

 ……。

 分かってる、ここは笑っても良いと思う。

 ふはははははははは。

 ……。

 雨音の響く、静寂に近い部室にパシャリ、と音が聞こえた。

「……おい」

「どしたん」

「その手に持つ携帯はなんだ」

「撮ったんやけど」

「な、なんで俺を撮った? 怒らないから言ってみろ?」

「お、面白い顔やったから」

「削除……するよな」

「保存して携帯をロックしたから削除できへん」

「木坂……お前!」

「あはははっ」

 なにが楽しいのか分からないくらい笑う木坂に聞こえないよう、俺は深く短い溜息を吐き出した。

「………………はぁ」

 そして決心した、文芸部を廃部にするわけにはいかない。







「うん。よしっ、今日は絶好調だよテルユキ君」

 ビュンビュンと槍を振り回し、バトンのように扱っている器用なサクラに、

「確かにその槍も元気そうだ」

「やぁ、テルユキ君、僕は長い槍さんだよー。今日も君を守るからね」

「サクラじゃなくて……槍さん。貴方は喋れるのか」

「すらすら話せるよー」

 敢えてなにも言わない、言わないからな……。

「グサッと刺してぶっ殺しちゃうよー」

「言葉が汚い!!」

 ダ、ダメだ、サクラのペースに乗せられてしまう。


 ……そういや、ここに来たのは何度目だろうか。

 電波仮想。

 正式にはレジット、と言うらしいけど、こっちで普及している電波仮想の名称が俺にはしっくりくる。

 ここは物静かな世界。

 それは、もう凄く物静か、だと思っていたが。

 バン、と銃声のような音が響いた。

 屋上にいた俺は、突然に響いた銃声に似た音に挙動不審なアワアワ状態。

「よし、行ってみよう」

「お、おう」

 サクラは槍を構えて走り出したが、俺は手ぶらで構える物がない。仕方なく前を走るサクラを見るだけにする。部活を休んでまで、武器出現方法を教えてもらいに来たのに、早速も問題発生か。

 いや、部活を休んで怒っていた……というより拗ねていた木坂からして、既に問題発生はしていただろうけど。

 どうやって機嫌を戻そう。






 我が母校A棟は片仮名の『コ』みたいな校舎の形をしていて、窓越しの中庭を見通す向こう側に人影が見える。

『28/100』

 頭上に表示されている数字。明らかにピンチのようだ。

 二人組の男が、一人の少女に襲い掛かっている。多勢で一人を襲うとは、気にくわない。

 角を二度曲がったところで、全力疾走のサクラに俺は距離を広げられる。

「そこまでだ!」

 廊下を走りながらサクラが、すぱっと登場したが、俺は登場のタイミングを見失い、取り敢えず物影に隠れるごとく無人の教室へ飛び込んだ。

「うりゃああああ!!」

 サクラの雄叫びを聞きながら、どちらかと言うと男二人組の方へ俺は同情する。

 ちらっと、角から顔を出して状態を確認したけど、五分五分な戦いだ。

 槍はやっぱり至近距離、近付かれることさえなければサクラの一方的な展開で進んでいる。

 それでも五分五分、よく二人を相手にして上手く立ち回っているが、数的有利は向こうにある。

 相手に挟み込まれないよう、反撃含みの誘導、受け流しつつ払う技術力には普段のサクラとは別人じゃないのかと思えてしまう。

「おいっ、その槍女はシカトして先にそっちの女を倒すっ!」

 諦めたのか諦めてないのかは分からないが、ターゲットを変更したようだ。

 短剣使いのそこの君、そういうのは言わない方が良いんじゃないか。

 窓際下にぺたんと座り込み、子猫のようにおどおどしている少女はそれを聞いて、ビクッと体を震わせた。手には銀色の拳銃、血の色をした……と言えば大袈裟だが、赤い色が基調の変わったセーラー服を着ている。

 なるほど、電波仮想での武器は剣や槍のような近距離だけではないのか。

 それにどうやら、服装も仕様となっているらしい。

 サクラのドレス、ミサの鎧よろしく的ドレスに、そこの男二人組、そこの少女。

 俺だけは、高校の制服のままなのは誰の仕様だよ。

 そんなどうでもいいことを考えていたが、そろそろ登場しなきゃ気まずいだろうし、飛び入り参加を無許可で行う。

 俺は彼女に向かって走り、そのまま子猫を抱き上げるがごとく脇を抱えて走り出す。

 彼女はなんのことだか分かってないにしろ、共に走ってくれているので問題はない。

 廊下を走っている最中、後ろから男二人組の声が聞こえたが、振り向いたときにはサクラが廊下を遮っていたので追い掛けてはこれないだろう。

 離れたところで、適当に近い教室に入り込んで扉を閉めた。

「ここなら大丈夫かな」

「あ、あの……」

 着ている服の色と、寸分変わらないくらい彼女は顔を赤らめていた。

「貴方となら……キスまでだったら……できます……」

「……へ?」

 自分の胸元に、グッと握り込んだ手を当てながら彼女は言った。

 いやいやいやいやいや、何か勘違いされている気がするというか、されていなかったら、こんなことにはならない。

「大胆な人……」

「い、いや。取り敢えず誤解を招いたのなら後で弁解…じゃなくて説明する」

「……はい?」

 目をとろんとさせていらっしゃったので、俺は大いに目線を外しつつ、

「その銃、借りてもいいか」

「構いませんよ?」

 そっと丁寧に受け取り、

「君はここから動かないこと、だけどさっきみたいに襲われそうになったら動いて逃げること、臨機応変に対応すること、良い?」

「……はい」

 ちらっと目を見たが、まだとろんとした目をしていたので、巨大な誤解を招いているのだと覚悟しながら俺は教室を出た。「端っこに隠れてて」と助言したら、素直にちょこんと端に座ってくれるのを確認しながら。

 教室を出た俺は全速力で走る。

 いた、まだサクラは戦闘中のようだ。

 サクラの体力が気になる。頭上を見たが、表示されていないので危険な状態ではなさそうだ。

『13/100』

『25/100』

 常時表示されている、男二人組の方が危険域に達している。

 一応、武器は借りたのでなんとかなりそうだが、初心者の俺に拳銃が扱えるのだろうか。

(でも大丈夫か)

 体力が少ない方へ向かう。

 相手もこちらの存在に気付き短剣を振り回しながら特攻、そして俺は切り付けられる。

『76/100』

 削られる体力。

 そこに相手がいる、短剣なら、投げない限りは近付くしか攻撃手段はないから。

 この男の腕を掴んだ。

 確かに俺は、銃なんて撃ったことはないし触ったこともない。それでも当てれる自信がある。まあ、理由は言わなくても良いだろうと思う。

 バンッ、と耳が痛くなりそうな銃声が何度も響いた。

『0/100』

 初めての勝利だろう。

 一瞬の残像を残しながら、男は消え去った。

 銃を超近距離で発砲するのは、可哀相な気がするけど仕方ない。

 もう一人の方を見ると、既に姿は見当たらない。

「どうよっ、私の槍は」

「現実でもそれなりに戦えるんじゃないの」

「わーい」

「簡単な喜び表現どうも」

 それなりに重たい拳銃。銀色のそれを構えて、

「さっきの女の子に借りて来たから返しに行かなきゃいけない」

 教室の端っこで座っていた、彼女を思い出しながらサクラに同行を促した。

 全力で走ったからだろう、息を荒げない程度だが、そこそこに疲労している。

 文芸部が四階で日頃からの強制運動のおかげでこの程度で済んでいるのか、それとも無意味なのかは知らない。それでもその疲労を打ち消すだけの高いテンションのような、高揚感と達成感がある。

「そういえば」

「どうしたの? お腹空いた?」

「……いや、あんまり腹は減ってないぞ」

「私はゆで卵の二個入ったカレーライスが食べたい気分かなー」

「あれは試してみたら美味かったな」

「でしょー? ぐちゃぐちゃに混ぜたらもっと美味しいよ」

「そうなのか? 今度それも試してみる。って、俺が聞きたいのはそれじゃない」

 廊下を歩きながら、のんきな話しをしてるもんだ、なんて自分にツッコミを入れる。

「聞きたいのは武器の出し方だ」

 一歩、また一歩と廊下を歩く。手に持つ拳銃を見ながら。

「バトル学区で手ぶらは危ないもんね、よしならやってみよう」

 えいえいおー、とサクラはこれまた気合いの入らない言葉を言った。

「まず、当たり前を当たり前だと思ってみよー」

「当たり前を当たり前に? イマイチ意味が分からない」

「はい、そして武器を出してみよー。それだけ」

「短い説明だな」

 ようするに、あれか、武器が出るのは当たり前だと自分に言い聞かせたら良いんだろうか。

 俺は立ち止まり、目を閉じて集中してみた。

 当たり前、当たり前……。

 今から俺の手になんらかの物が現れる、それを掴む、それだけ、よし、現れろっ。

 正直な話し、こんなことで成功するとは思っていない。

 ただ、拳銃を握っていない手に、なにかの物体を掴んでいる俺がいた。

 どうやら成功らしい、あっさりと成功してしまったことに拍子抜けしてしまったが別に良い、結果的にはこうなるんだろうし。

 目を開ける。

 俺は、長さ三十センチばかりの定規を握っていた。

「なぁ、サクラこれって」

「定規だね、線を書く」

「……」

 これでどう戦えと言うんだ。

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