表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

嫌がらせが幼稚な悪役令嬢シリーズ

悪役令嬢に可愛い幼稚な嫌がらせで絡まれてます

作者: 伏山唯

【断罪中の悪役令嬢ですが、皆さん何でそんな微笑ましい顔で見ているんですか?】https://ncode.syosetu.com/n7264jt/のエラ嬢視点です。

終始「リリーラ様かわいい!!」してるだけなので前作読んでいただいたほうが共感しやすいかもしれません(*^^*)


タイトル変更いたしました!

【悪役令嬢に絡まれてますが、嫌がらせが幼稚すぎて可愛いです】→【悪役令嬢に可愛い幼稚な嫌がらせで絡まれてます】


一応、前作読まなくても分かるようにはなってます!



 とある王立学園に、貴族としては珍しい経歴を持つ令嬢がいた。彼女の名はエラ・グスマン。ここ数年で新事業を立ち上げ、男爵位を賜ったグスマン男爵の娘である。

 貴族の世界とはなかなか厳しいもので、新興貴族の肩身は狭い。当然、娘であるエラも周りの貴族子女、子息たちに馴染めずにいた。

 しかし、エラはそんなことはまったく気にならなかった。エラは何よりも勉学に励みたかったし、優秀な彼女には生徒会の仕事もあった。生徒会に行けば生徒会長の王太子殿下が気にかけてくれるし、王太子の側近である生徒会メンバーもエラに親切にしてくれていた。

 特に王太子は女性の扱いに長けているため、ときめくことが無いと言えば嘘だった。エラがこの学園に入ったのは良縁を結ぶため、という目的もある。さすがに身分差が有りすぎるため王太子は候補に入れられないが、誰かいい人紹介してもらえないかなーなどと思いながら、雑談をしていた。

 すると、エラの視界の端に一人の女生徒がチラチラと映る。

(あれは…)

 リリーラ・ブローニュ公爵令嬢。

 何代か前に王家から姫君が嫁いだことで王家に次ぐ権力を持つブローニュ公爵家の末娘。

 サラサラの銀髪とクリクリと大きな翡翠の瞳、全てのパーツがバランスよく配置された顔に、小柄で華奢な体躯がまるでお人形のように可愛らしいご令嬢。

 そして、王太子の婚約者。

 噂によればそれはそれは大切に育てられたようで、世の中の汚いことなど何も知らないんだろうな、とエラは彼女を一瞥し背を向けた。

 他愛のない話をしていた王太子に挨拶をすると、次の授業に向かうため歩き出す。


「ごきげんよう、エラ・グスマンさん。貴女とお話するのは初めましてですわね」

 案の定、呼び止められた。先ほどから刺さるような視線を感じていたのだ。一人になれば、必ず話しかけてくると思っていた。

 とはいえ、挨拶から入るんだ、やっぱり育ちがいいわね…と思いながら、スカートをつまみ上げ軽く頭を下げ挨拶を返す。

「ごきげんよう、リリーラ様。お声掛けいただき、ありがとうございます」

 彼女が話しかけてきた理由はなんとなく察している。おそらく、王太子殿下とのことだろう。自分が王太子殿下と親しくしているのが気に入らないのだ。さて、どんな嫌味を言われるのだろう、とエラは少し身構えた。

「あの…貴女…男爵家の娘さんよね?」

「ええ、父が数年前に事業を成功させまして、男爵位を賜りました」

「それは大変素晴らしいことだわ!」

 あれ?普通に褒められた?

 エラは拍子抜けした。

「あ、いえ…その…そうではなくて」

 しどろもどろになっているリリーラを思わず凝視する。困ったように視線を彷徨わせて次に何を言えばいいのか迷っているようだ。

 エラは思った。

(か、かわいい……っ)

 おそらく彼女は苦言を呈したいのだ。しかし、箱入りで育てられた彼女は他人に悪意を向けたことがないのだろう。言葉が出てこず困り果てて、リリーラは持っていた扇をビシィッと突きつけてきた。

「きょ、今日のところはこのくらいにしておきますわ!次にお会いしたときは覚悟なさい!」

 そう言って、くるりと勢いよく踵を返して去っていった。リリーラの姿が見えなくなると、エラはその場で腰が抜けたように座り込んでしまった。

「な、なにあれ…」

 可愛い。可愛すぎる。

 変な声が出そうになるのを、口元に手を当て必死に堪えた。

(今日のところはって…褒めていただいただけなのだけど?)

 しかし、悶えていられたのも束の間であった。

「エラ様、大丈夫ですか?」

 先ほどのやりとりを遠巻きに見ていた令嬢の一人が手を差し伸べながら声をかけてきた。

「ええ、何ともありませんわ」

 別に一人でも立ち上がれたが、厚意を無下にするわけにもいかないのでその手を取り立ち上がる。

「お可哀想に…怖くて腰が抜けてしまったのね」

 手を貸してくれた令嬢とは別の令嬢からの言葉に、エラは嫌な雰囲気を覚えた。

「リリーラ様はエラ様が王太子殿下と親しくしているのが気に入らないのですわ」

 また、別の令嬢が。

「そもそも、王太子殿下とのご婚約もブローニュ公爵のゴリ押しだったそうよ」

 さらに別の令嬢が。

 エラは先ほどのリリーラからは感じられなかった悪意を彼女たちからはひしひしと感じ、彼女たちに分からないようにスッと冷ややかな視線を向けた。

「何かあったらご相談くださいませね」

 一見親切そうな言葉ではあるが、エラは知っている。彼女たちと話すのはこれが初めてだ。

 親切そうな雰囲気でいるが、挨拶もなく悪意のある発言をする。そもそも、彼女たちだって今までエラに対して見下すような視線を送っていたというのに。

(こんな人たちよりも、よっぽど)

 先ほどのリリーラのほうが好感が持てる。

 この学園には彼女たちのような人間のほうがずっと多い。隙あらばリリーラを王太子の婚約者の座から引きずり下ろそうとしているのだ。そのためにエラを利用しようとしている。

 エラはその日、父親に頼んで映像と音声が記録できる魔道具を譲ってもらった。少々高額な代物だが、そこは出世払いで、と頼み込めば渋々ながら譲ってもらえたのだ。


 それから3日後。再びリリーラから声をかけられた。

「エラさん、ちょっとよろしいかしら」

 お、今度は自信満々に話しかけられたぞと思いながら、エラは会釈する。

「なんでしょう?リリーラ様」

 エラよりもずっと小柄なリリーラが口元を扇で隠しながらキッとその大きな目を吊り上げげて睨みつけてくる。が、下からなので上目遣いになっていて可愛い。

(この方…今、自分がどんな表情をしているのか分かってるのかしら?)

 頑張って睨みあげているものの、その目には戸惑いと怯えと罪悪感のようなものが見える。

「貴女、最近アドニス殿下とよく一緒にいらっしゃるそうね」

 がんばってる、がんばってる。悪役ムーブ、がんばってるぞ!とエラは必死でニヤけそうになるのを堪えていた。

「ええ、生徒会の一員として殿下には気にかけていただいてます」

 鉄壁のポーカーフェイスが仕事して、おっとりと穏やかな微笑みを作った。

 すると、リリーラに前回と同じくビシィッと扇を突きつけられ

「ちょっと殿下に目をかけてもらってるからって…」

 エラは少しワクワクしながら次の言葉を待った。

 さて、どう来るかしら?スタンダードなのは「生意気なのよ!」だと思うのだけれど。

 しかし、リリーラの口から出てきた言葉はまったくの予想外だった。

「ばーかばーか!!」

「え…」

 まさか、こんなに可愛らしく気品があるお人形のようなご令嬢からそんな言葉が飛び出すとは思わず、エラはポカンとしてしまった。

その間にもリリーラはくるりと踵を返して、前回と同じく去って行った。

 あまりの衝撃にその背中を呆然と見送ったあと、はっと我に返る。

「なにあれ…かわいい」

 リリーラは根が善人なのだ。以前も思ったが人に悪意を向けたことなど無いのだろう。だから、王太子殿下…アドニスの傍にいる自分に対して初めての「嫉妬」という感情を持て余しているのではないだろうか。

 口汚く罵れれば楽だろうに、それが出来ないのだ。あんな言葉をどこで覚えてきたのかは分からないが、本当に子供のような取るに足らないような悪口しか言えなかったのだろう。

「なんて…なんて、いじらしくて可愛らしいの!」

 この瞬間、エラはリリーラが大好きになった。

 

 その日を境に、リリーラは度々エラの前に現れた。

 大体は出会い頭に「エラさんのばーか!」と言って去っていく。悪口のバリエーションがこれしか無いらしい。かわいい。

 ある時は、エラの背中に「私は王子が好き」と書いた貼り紙を貼っていく。誰かに入れ知恵されたのだろうか?かわいい。

 またある時はいつも一人でいるエラに「エラさん、一緒に食事をしましょう!」と言って食堂につれていき、おそらく苦手なのだろう…ピーマンや人参をエラの皿に入れていく。かわいい。

 また、長期休暇のあとにはアドニスや側近たちや彼女の友人たちに地元の名産品のお菓子や雑貨などをお土産に渡し、エラには地元の工芸品や民芸品らしき変わった置物などを渡してくる。土産を買ってこないのが一番の嫌がらせなのに彼女はそれができないらしい。そもそもエラは各地の工芸品や民芸品を集めるのが趣味なのでリリーラからのお土産は普通に嬉しいものであった。

 素直に「ありがとうございます」と礼を言えば、少し頬を赤くして「変わった人ですわね!」と言ってくる。それすらも可愛い。

 リリーラが自分に子供のいたずらのような嫌がらせを続けるのはアドニスと仲が良いと思っているからだ。アドニスが好きで、近くにいる女性に嫉妬しているのだろう。それすらもいじらしくて可愛くて、エラはリリーラがちょっかいをかけてくるのが楽しみになっていた。

 いつだったか「王太子殿下とはそんな仲ではない」と言ったことはあったが「わたくしには分かっていますわ!」と言い切られてしまった。


 そうして日々を過ごし、3学年になっても相変わらずリリーラは子供のようないたずらを仕掛けてきていた。

 そんなある日のこと、エラは複数名の女生徒たちに呼び出された。エラの記憶では、初めてリリーラと言葉を交わしたときに声をかけてきた令嬢たちだったように思う。

「グスマン男爵令嬢。貴女、王太子殿下と距離が近いのではなくて?」

 まさか、アドニスとのことに口を出してくるとは思わなかった…彼女たちは無関係なのに。

「王太子殿下はリリーラ様の婚約者でしてよ」

 そんな事は知っているし、そのリリーラから可愛らしいいたずらをされている。そもそも彼女たちは最初のリリーラとのやりとりの時に「侯爵家のゴリ押しの婚約」と言っていたではないか。実際はそんなことはなく、アドニスがリリーラを溺愛しているのは見ていれば分かる。

 そんな事も知らずにリリーラとアドニスの婚約を悪しざまに言っていた彼女たちが何を言い出すのだろう。

 この呼び出しは間違いなく彼女たちの独断だ。リリーラが彼女たちに命じて、は有りえない。こういう本格的な嫌がらせを思いつくタイプではないし、そもそも彼女たちとは交流がないだろう。

 ここ2年ちょっとの間に、リリーラがどういう人間であるのか…エラは深く理解していた。なんなら、アドニスが惚気てくるし。アドニスの側近であるロランからもリリーラの素晴らしさを語られるし。何より、自分自身が彼女と接してよく分かっているし。

「なんとか言ったらどうなのです?」

「貴女がそんなだから、リリーラ様も貴女に嫌がらせをするのですわ」

 リーダー格っぽい令嬢の取り巻きたちが口々に詰ってくる。自分が詰られるのは構わないが、リリーラが嫌がらせをしていると言われたのは心外である。言い返そうとしたその時

「何をしていらっしゃるの」

 颯爽と現れたのはリリーラその人であった。

 即座に状況を判断して令嬢たちとエラの間にサッと小柄な体を差し入れ、エラを背に庇う。

「この方をいじめていいのはわたくしだけですわ。立ち去りなさい」

 威厳のこもった声で一喝すると、令嬢たちはなおも「ですが、リリーラ様…」

 と、食い下がろうとした。しかしリリーラに

「彼女と殿下のことは貴女方には関係のないこと。いいから立ち去りなさい」

と言われ、苦々しげな顔をして立ち去っていく。その背中が見えなくなるまで、リリーラはエラを背に庇い令嬢たちの走り去った方向を睨み続けていた。

「あの…リリーラ様、ありがとうございます」

ようやく、肩の力を抜いたらしいリリーラに礼を言うと

「貴女ね、いじめるって言われてるのにお礼を言うんじゃありません」

 呆れたようにため息をつかれた。けれど、このときのエラの胸の内は荒れ狂っていた。

(リリーラ様…可愛らしいだけでなく、格好良いなんて…!!!もう…私は…私は…っ!!!)

 エラにとってのリリーラが可愛らしい令嬢から、崇拝する女神になった瞬間であった。

 しかし、冷静になったエラは少し嫌な予感を覚える。そして、その予感は見事に当たったのだった。 


「やあ、エラ嬢」

「ごきげんよう、アドニス王太子殿下」

 ある日の授業終わり、アドニスに声をかけられたエラはスカートの裾を軽くつまんで淑女の礼をした。

「素晴らしい挨拶だね」

 穏やかな笑みで賛辞を送るアドニスに、エラもまた穏やかに微笑んだ。

「ええ、先日リリーラ様が『貴女のカーテシーはぎこちないわ』と、特訓してくださいました…嫌がらせのつもりだったみたいです」

 と言いながらクスクス笑うエラにつられてアドニスもまた小さく笑った。

「リリーらしいね」

 そう言った王太子の目は本当に愛おしそうな、慈愛に満ちた眼差しだった。しかしそんな表情も束の間、アドニスは真剣な顔でこう告げた。

「エラ嬢に確認したいことがあるんだけど、少し時間あるかな?」

「ええ、構いませんわ」

 ここでは話せないから、と2人連れ立って生徒会室に向かった。

「近頃、良くない噂を耳にするようになってね」

 おもむろに切り出された言葉に、エラは表情を硬くした。この話には心当たりがある。

 近頃、よく耳にするのだ。

 『リリーラ・ブローニュ公爵令嬢が、王太子と親しいエラ・グスマン男爵令嬢をいじめている』

 エラは目の前のアドニスが、その噂をどう受け止めているのかを警戒し、慎重に言葉を選んだ。

「王太子殿下は、どうお考えですか」

エラの問いかけに、アドニスもまた表情を硬くした。

「エラ嬢には申し訳ないけど、僕は到底信じられないんだ…リリーが、そんな非道なことをするとは思えない」

 その言葉にエラは密かに安堵した。

「確かに、私はリリーラ様に嫌がらせをされています。実は、証拠も記録しております」

 エラの言葉に、アドニスは信じられないという表情をしていた。エラはその様子にくすりと笑うと、胸元の映像記録用の魔道具を起動した。


「リリー…なんて可愛いんだ……」

 いくつかの映像を見終わったあと、アドニスは床に突っ伏してしまった。

「こちらなんておすすめですよ!先日の建国祭パーティーの際の映像です!殿下はこのようなリリーラ様をご覧になったことはないでしょう?」

 いつの間にやらリリーラの可愛い場面を視聴する会になっているのをいいことに、エラは自分しか知らないリリーラを自慢する姿勢に入る。

「く…っ」

 アドニスは本気で悔しがりながら、エラから進められた映像に釘付けになってしまう。


『エラさん、貴方…ドレスはそれしかお持ちではないの?』

 パーティー会場でリリーラがエラに話しかけているところから映像は始まった。

『ええ…うちは事業を成功させたとはいえ、まだまだドレスにお金をかけられるほどの利益は上げていませんので…』

『そう…そのドレスは少し野暮ったくて貴女に似合いませんわね』

 品定めするように下から上へ、リリーラの視線が動く。そしておもむろにエラの手を引くと

『わたくしのいらないドレスを差し上げます』

 そう言って控え室へ連れて行かれた。

『これでも着なさい』

 押し付けられたのは若草色のスレンダーラインのドレスだった。一緒に渡されたお揃いの色をした髪飾りはエラの少し赤みがかった髪によく映える。

『何着かドレスを作らせたけれど、気に入らなかったのよ』

 そう言ってはいるが、どちらかと言えばこの手のドレスはリリーラのイメージではない。何より、サイズもリリーラには合わない。まるで、始めからエラのために作られたかのような…。

 本当に、この方は…

『リリーラ様…ドレス代は必ずお支払いいたします』

 エラはほんの少し頬を染めて、嬉しそうに言った。

『必要ありませんわ!これは嫌がらせなのですから!いらないものを押し付けただけです!このままここで着替えてきなさい!』

 予想外のエラの反応に、リリーラは照れくさかったのだろう…真っ赤になりながら控え室から出ていった。これは、アドニスが少しの間リリーラの傍から離れていた時の出来事だ。


「リリー…なんて、優しくていい子なんだ…僕に対してはいつも素直なのに、素直じゃないリリーも愛くるしいよ」

 アドニスは感動している。目に涙を浮かべて。今までの映像、すべてがアドニスの心に深く刺さっていた。そして改めて「僕の婚約者、最高」と実感するに至った。

「リリーラ様が言うには嫌がらせらしいのですが…」

「ああ、ありがとう、エラ嬢。噂の真相がよく分かったよ」

 リリーラの自称嫌がらせ劇場は一旦幕を閉じた。今は確かめなければならないことがある。

「私の意見を述べてもよろしいですか?」

 先ほどまでとは打って変わって、エラとアドニスは真剣な表情になった。

「こんなに可愛いリリーラ様を陥れようとしている者がいるのは確かです」

「それは、こんなに可愛いリリーが僕の婚約者だから、ということかな」

 真剣なはずなのにどうしてもリリーラを褒めずにいられない2人である。

「ええ、間違いありません。ですが、一番問題なのは…リリーラ様の悪い噂を鵜呑みにしている方がいらっしゃることです」

 エラはそれが許せなかった。何故、そのような噂を鵜呑みにする輩がいるのか。あのように可愛らしく、清廉で、心の綺麗な方を。どうして、悪意に満ちた人々の目に晒すことができようか。

「何か、考えがあるのかい」

 アドニスの言葉に、エラは不敵に笑った。

「ええ、卒業パーティーでこの映像を流します。お許しいただけますか?」

「卒業パーティーを騒がせることになるけど、それをすることによってメリットは?」

 エラは思った。さすがにそこは王太子である。愛するリリーラの名誉のためと言えど、多くの民のことを視野に入れている。

「もちろん…犯人の炙り出しと、何よりもリリーラ様の愛らしさを世間に広めるためです」

「それならいいよ!」

 前言撤回だ、チョロいぞ、この王太子。リリーラを好きすぎる。

(まあ…私も人のことは言えないけれど)

 リリーラの潔白とかわいらしさを知ってもらうのならたくさんの人が集まる卒業パーティーが望ましい。エラは許すつもりがないのだ。リリーラに悪意を向けた人間を。リリーラを陥れようとした()()()()を。


 側近の方々にも一芝居打ってもらうことになり、いよいよ迎えた卒業パーティー。

 王太子にエスコートされ会場入りしたリリーラは、愛らしさに加え気品と、清廉さに磨きがかかっていた。王太子から贈られたのであろうドレスは、見事に王太子の髪色と瞳の色で誂えられている。

 一度リリーラから離れた王太子がエラと側近を近くに呼び、リリーラと向き合った。人々の目には彼女が詰められているように見えるだろう。だが、実際は違う。

(ああ…リリーラ様…あんなに、怯えて。申し訳ありません、もう少し我慢なさってください)

 リリーラは俯いていたので気づいていなかったが、エラは心配そうに彼女を見ていたし、王太子も気遣うような視線をリリーラに向けていた。

 王太子の合図とともにエラが映像記録用の魔道具を起動すると、人々の目はその映像に釘付けになった。最初に映し出されたのは2回目にリリーラと話した時のものだ。

(懐かしいわ…)

 エラにとってはリリーラとのメモリアル映像である。どれもこれも、エラとリリーラの愛の軌跡だ。自慢の映像だ。婚約者の王太子でさえ羨むほどのお宝映像だ。自然と優越感に浸ってしまう。

 エラは人々を観察していた。今まで険しかった人々の表情が映像が進むにつれ柔らかく…それこそ、温かいものに変わっていった。気づいていないのはリリーラただ一人だ。

 ただ静かに床を見つめるリリーラの姿をエラはうっとりと眺めていた。 

 彼女は自分が断罪されると思っているのだろう。彼女が断罪されるようなことなど、何一つ無いと言うのに。

(大丈夫です、リリーラ様は私が守ります)

 エラはリリーラが好きだ。それは親愛であり、敬愛であり、崇拝である。周りの環境に馴染めずにいたエラを救ってくれたのはリリーラだ。

 リリーラはアドニスの傍にいる自分にヤキモチを焼いて、子供じみたいたずらをしてきただけだ。それでも、リリーラとの日々はどれもこれもエラの学園生活に彩りを与えてくれた。

「これが、私が今までリリーラ様にされていたことです。そして、一番見てほしい映像がこちらです」

 それは、エラが複数人の女生徒たちに囲まれた際にリリーラが颯爽と助けてくれたときの映像。

 ごらんなさい。リリーラ様は、可愛らしいだけでなく格好良いのです。これを見て、本当に悪意を持っている者が誰なのか。判断ができない人間は、エラにとっては全てリリーラに害をなす敵となる。

 会場は静まり返っている。みんな、微笑ましい顔でリリーラを見ている。親のような気持ちで“断罪待ち”のリリーラを見守っている。

「リリーラ」

 やがて、アドニスがリリーラに声を掛けると、リリーラは大きく深呼吸をして

「エラ様への嫌がらせの数々、全て真実です。どうぞ罰してくださいませ」

 と、頭を下げた。

 このとき、エラとアドニスの心は一緒だった。

(やっぱり)

 思った通りだ。リリーラは本気でこれを嫌がらせだと思っていたのだ。

 エラはちらりと王太子を見遣る。

(なんて嬉しそうな…)

 表情はなんとか取り繕っているものの、空気が薔薇色になってる。大好きなリリーラがヤキモチを焼いて、こんなに幼稚な嫌がらせをエラに繰り返していたから。それを認めてくれたから。

「顔を上げなよ、リリーラ」

 そう言われてようやく顔を上げたリリーラの目に映ったのは、にこにこと微笑みを浮かべる人々の顔だった。

 ぽかんとしながら周りを見渡して、「な、なんですの…みなさん、なぜそのようなお顔を…」と困惑したようにキョロキョロしている。やがてその視線はアドニスとエラを捕らえた。

(ぽかんとした顔も可愛らしい…)

 エラはうっとりとリリーラを見ていたが、視線が合った瞬間もう我慢ができなくなった。

「もう我慢できません!リリーラ様、可愛すぎます!」

 はしたなくも駆け寄って抱きついていた。小柄なリリーラはエラの腕の中にすっぽり収まってしまう。

「な、何をおっしゃっていますの、エラ様?わたくしは貴女にあんなに酷いことをしたのですよ?」

 エラの腕の中でさらに困惑するリリーラ。それすら可愛くて抱きしめる腕に力の入るエラ。それを見て笑いが堪えられないアドニス。

「リリーラ、あんなもの嫌がらせとは言わないよ。ただの子供のいたずらだ」

 そう言われて、ぴしっと固まるリリーラ。

「それとエラ嬢。まだ終わりじゃないだろう」

 あまりのリリーラの可愛さに本来の目的を見失いかけていたエラはアドニスの言葉に、我に返った。名残惜しいが、一度リリーラを解放して「そうでした」とスッと背筋を伸ばした。

「私が今回、アドニス王太子殿下の力を借りてこのようなことをしたのは、リリーラ様の悪評を払拭するためです」

 ことの経緯を説明している間、その内容にショックを受けていたり、噂されている内容に青ざめて怯えていたり…怯えるリリーラを優しく慰めれば頬を赤らめて見上げてくれた。かわいい。アドニスには咳払いとともに睨まれたけれど。

 こうしてリリーラの悪評は払拭され、なんならリリーラの可愛らしさを布教し終えたエラは満足していた。リリーラの悪評を流したであろう犯人も見当がついた。微笑ましげな顔をしている人々の中に、青ざめた顔をしていた人物が何人か。エラを取り囲んでいた令嬢たちだ。あれは後でどうにかしよう。

 エラがそう考えていると

「さて、リリーラ」

 真剣味を帯びたアドニスの声に、エラは「ん?」と眉をひそめた。

「内容はどうであれ、君が悪意をもってエラ嬢に接していたことは事実だね?」

 続けられた言葉にエラは珍しく慌てた。

(ちょっと待って、こんなの打ち合わせにない!)

 しかし、アドニスの斜め後ろに控えていたロランに目線で制される。

「はい、わたくしはエラ嬢を決して嫌っていたわけではありませんが…殿下との仲に嫉妬して悪意をもって接していたことは事実です。エラ様、申し訳ございませんでした」

 リリーラに頭を下げられエラは困惑した。困惑して、王太子を見やると何やら含みのある表情をしている。さらに言えば、リリーラも食い気味に自分を罰するように迫っている。そんな彼女に苦笑しながら無限収納の魔道具を渡し、荷造りを言い渡しているのを見てエラはジト目でアドニスを睨む。

(ちゃっかりしてるわ、殿下)

 アドニスの企みがわかってしまったので小さくため息をついてしまった。

 何が罰だ。ちゃっかりリリーラと外交という名の婚前旅行に行こうとしているだけではないか。呆れたようににこにこ顔のアドニスを見ていたエラだったが、次にリリーラが言い放った言葉に凍りついた。


「あの…わたくしは婚約破棄されるのではないのですか?」


 その場にいた全員が固まった。

 これまでの流れで、どこに婚約破棄しそうな流れがあったのだろうか…いや、しかし…リリーラなら盛大な勘違いをしているのもあり得る。


「殿下はエラ様と愛し合っておられるのですよね?ですから、エラ様への嫌がらせの罰としてわたくしは婚約破棄され、殿下はエラ様とご婚約されるのでは?」


 エラは思わず笑ってしまった。何故リリーラがそんな思い込みをしてしまったのかは分からないが、先ほどまでリリーラがヤキモチを焼いてくれているとご機嫌だったアドニスが頭を抱え始めるし、それを見て頭にはてなマークを浮かべているリリーラが可愛いしで、1周回って可笑しくてたまらなくなってしまった。

 しかし、さすがアドニス。この超純粋培養のお嬢様の婚約者なだけある。すぐさま立ち直ってリリーラに愛を囁き始め、初心なリリーラは恥ずかしさのあまり気を失ってしまった。

 その瞬間、エラは心に決めたのだ。


 この王太子からも、リリーラ様を守ろう。


 後からリリーラ本人の話を聞くと、自分たちの状況が今流行りのロマンス小説に似ていたらしく。リリーラは悪役令嬢になってエラとアドニスの恋を盛り上げようとしていたらしい。

 ヤキモチを焼いてくれていたと思っていたのに、まったくの見当違いの解答にアドニスは愕然とし、以後、今まで以上にリリーラを溺愛し続けた。

 エラは、そんなアドニスに困惑しながらもようやく自分が悪役令嬢ではないことを理解したリリーラの専属侍女になり、王妃となった彼女の右腕として生涯リリーラに萌え続けた。


 本来の目的であった良縁に関しても、リリーラを通じてリリーラの兄と結ぶことができた。彼とは愛を育むとともにリリーラ溺愛仲間としても良い関係を築いている。アドニスからしてみれば厄介な2人が結ばれたようではあったが。



エラ視点のお話でした。

エラ視点は学園時代のリリーラの嫌がらせ場面も書いたので長くなりました。


誤字脱字ありましたら教えていただけると幸いです(*^^*)


読んでいただいてありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
前作の感想への返信ありがとうございました。 リリーラ様の詳細、やはり可愛いしか出ない! リリーラ兄とは身分違いですが、妹が王家に嫁ぐので逆に権力が偏らなくて良いですし、単純に妹を救ったという点からして…
エラとアドニスがリリーラをめぐってバトルするかとも思ったのですが、どちらも同担拒否でなくて良かったです リリーラ兄もまじえて、それぞれのコレクションを見せて語り合ってそう そして、その場にリリーラが居…
リリーラ様かわいい♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ