冒険の始まり、始まりの時代。
「ついに、この日が来てしまった」
暗室にて、アシュリーは器を通して確認する。映し出されるのは、冬を越えて、芽吹く草木達。―春の訪れだ。
「さてと」
器の中は空だ。もう、何も映し出されていない。―役割が無くなった。
アシュリーは立ち上がって、思い出の場所に一礼する。そして、部屋をあとにした。
「もう大丈夫?」
「うん、お待たせ」
部屋を出ると、いつものようにウィルフレッドが待ち構えていた。待機万全な彼にアシュリーは抱き着く。彼もまた、頭を撫でた。
二人の足元にあるのは、大きめの旅行鞄と。アシュリーの道具を入れた携帯鞄だった。携帯鞄の方をまず、アシュリーは肩にかける。続けて、大きい鞄も持ち上げようとするが。
「私も、持つから、交替でっ!」
「アシュリー。持ち上げられてない」
「もうすぐっ、あともうちょと、でっ……!」
「僕が持つから」
持ち上げようとプルプルしているアシュリーをよそに、ウィルフレッドは軽々と持ち上げていた。アシュリーは唖然とした。
「ははっ」
しかも、ウィルフレッドは笑いだしていた。プルプルしていたアシュリーがツボに入ってしまったようだ。
「うう……」
ただただ、恥ずかしい。アシュリーは力んだ時よりさらに赤くなってしまった。
「可愛いな、本当にアシュリーは」
「!」
軽く口づけた後、ウィルフレッドっは手を差し出す。
「アシュリー、行こう」
「うん!」
アシュリーもその手をとり、二人は手を繋ぎ合わせた。
彼と離れることは、もう考えられなくなっていた。だからこそ。
―二人で旅に出ることにした。
長い苦難の旅路になろうとも、離れるより耐えがたいことはないと。アシュリーは考えていた。その自分の想いをウィルフレッドに伝えたのだ。
ウィルフレッドも快諾したわけではないが、彼もきっと離れたくなかったのか。苦労をさせるとわかっていても、共に旅立とうと決めてくれたのだ。
いつか、ウィルフレッドが話してくれていた。四耳族の役目を果たす為の、長い長い彼らの旅路が今。始まろうとしていた。
苦労続き、疲労も困憊だ。彼らの旅は最初から難航していた。
その日の宿を探すにも労力を要する。この日は野宿決定だった。森の中で、たき火をくべて、テントを張る。調達したわずかな魚を焼いているところだ。
二人は肩を並べて、たき火を眺めていた。苦労の連続だ。それでも。
「ふふ、幸せ」
「……ああ、僕もだ。君がいてくれるから」
「私も。あなたがいるから」
二人はさらに寄り添う。どれだけ大変でも、二人は幸せだった。
「……そうですか、妹は。いえ、教えていただいてありがとうございました」
アシュリーはその場で倒れたいのを、堪えた。ここでは気丈に振る舞っていた。
訪れたその村で聞かされた事実。アシュリーには耐えがたいものだった。
―愛する妹とその伴侶が殉死した、と。遺された子供は、夫の家に預けられたとのことだ。跡取りにされたという。
妹達の聖女としての行いは、噂ではあるものの耳にはしていた。
どこかで直接会えたらと、アシュリーは願い続けていたが。それは叶わないものとなってしまった。
この村の住民が用意してくれた墓を訪れ、アシュリー達は祈りを捧げた。
「僕が、必ず彼女を守り通します。だからどうか、安らかに―」
「……私も」
涙声になって、震えてしまう。アシュリーは上を向いて涙をこらえ、妹達に言葉を向ける。
「私も、頑張るから。あなたが慈しんでくれた世界、守りたいの」
夜になり、アシュリーは一人、自室で泣いていた。涙も嗚咽も止まらない。
夜中であっても訪れたのは、ウィルフレッドだった。泣きじゃくる彼女を抱きしめ、何を言うこともなく。一晩中寄り添っていた。
泣き止まなかったアシュリーも、やがて眠りに落ちていく。
ウィルフレッドはずっと、彼女を包み込んでいた。背中を撫で、あやす彼は穏やかな表情をしていた。
ふとした人助けで、一歩ずつ。少しずつ。道が開けていく。
それから、多くの人々と出逢い、関わっていくことになり。彼らは世界を知っていくこととなる。
頼りになる旅の仲間達と共に、世界を滅ぼそうとする魔族に立ち向かっていく。
多くの困難を乗り越えた先に、ようやく魔王討伐を果たす。世界に平和がもたらされたのだと、一行は安堵する。
彼らの旅はここで終わったのだと。
世界は勇者とその仲間達を祝福する。
彼らの栄光を讃え、多くの褒美をつかわす。
新たな王に四つ耳の少年を、いや。
世界を救った『勇者』が望まれた。
民から愛され、支持される勇者が世界の頂点に立つ。それは当然といえた。
勇者の傍らには常に支え続けてきた少女、白魔女がいるのも必然であると―。
世界に出て、魔王を倒しました。
ここでハッピーエンドになるはず。
なるはずだったのですが……。