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白魔女はゆっくりと。

 春までの間、二人はここで過ごすことになった。季節は巡る。

 無口な彼と、おっとりとした彼女。二人にはいつも長い沈黙が訪れる。だが、出逢ったばかりの頃とは違う。

 最初は気まずかった沈黙が、今では違うのだ。

「そうなんだ。そんなことが。……えっと」

 食事を共にし、互いに向き合っている時でも、こうして沈黙はやってくる。少女が返す言葉を選んでいる時でも。会話が続かなくなった時でも。

「……」 

 ウィルフレッドの顔は穏やかだった。長い沈黙すらも厭わない。彼が少女を見つめる、それはとても優しくて。

「えっと……」

 込められているのはそれだけでもないようで。少女は落ち着かなかった。


『同棲じゃん、やるじゃんお姉ちゃん!』

「ど、同棲!?そ、そういうのとかじゃ」

 久々の妹との通信だった。マグカップ越しのわずかな面積で、妹の姿が映し出されている。相手も姉の姿が映っていることだろう。今回は彼女一人のようだ。

『で、相手どんな人?……つか、どうやって里に入ってきたの?や、それはないか。集落の人に見初められて?』

「み、見初められてとか。違うの、怪我していたから」

『……怪我?なにその人、魔物に襲われてとか?あの周辺は大丈夫だと思ってたけど』

 妹は怪訝そうにしていた。と同時に、姉のことも心配しているようだ。里に下りてきていたのは知っている。そこで襲撃でもされたら、と彼女は考えたのだろう。

「襲われたのは……。ともかく、その人、怪我していたから。それで保護したの。それだけ」

『……お姉ちゃん?厄介な人、保護してない?お姉ちゃん、人がいいからさぁ。騙されてたりしない?』

「騙されてなんかいない!いい人!」

 少女は思わずカッとなってしまい、強く反論してしまった。

『び、びっくりしたぁ』

「……あ、ご、ごめん。あなたは心配してくれてるのに。でも、本当にいい人なの。優しくて。私が言葉を詰まらせても、笑って待ってくれるの」

『……そっか』

「本当に、素敵な人……」

 うっとりとした顔つきで姉は話す。妹の方は、うんうんと頷いていた。まだまだ姉の惚気は続く。聞ききった頃に、妹はこう呟いた。

『うーん、微笑ましいですなぁ。ここは、生温い眼差しで見守りたいところなんだけど。経過報告も聞きたいところなんだけど!』

「えっ……?」

 この際いじられてもいい。これからも恋話が出来るかと思っていたが。

『……えっとね、しばらく通信出来ない、かな』

「そう、なの……?」

 妹との通信が絶えてしまう。姉の表情がみるからに沈んでいる。なので、殊更明るめの声で妹は返す。

『もー!察してよ?こっちはこっちでラブラブなんですー。ほら、見て?』

「あ……」

 妹のお腹は膨らんでいた。彼女は身ごもっていたのだ。

「お、おめでとう……!わあ……」

『うん、ありがとう。もうじきなんだ。あとね、頻度が減るってだけ。そんな心配しないの!』

「うん!私もしっかりするから、あなたも安静しててね?無理禁物だからね?」

『うん、りょーかい』

 それからいくつか会話をしたあと、通信は切り上げた。妹のめでたい話に、少女は満足感を得ていた。ふと、思い当たる。

「……彼のこと、言わなくて良かったのかな。四耳族、って」

 どこまで差別が根づいているかはわからない。もしかしたら、妹もヨツミミと蔑称で呼んでいるとしたら。あの気の良い妹でも、それが世界として当たり前なら、彼女自身、疑問を抱かないかもしれない。

「……言うとしても、相談してからだよね」

 その後、ウィルフレッドに打ち明けていいか相談していた。彼は、君の肉親ならと快諾してくれた。

 少女はほっとする。これで、いつでも話せると思っていた。


『ごめん、おねえちゃ―。子供が、割っちゃって―』

「ええ……」

 出産してから初の通信だった。が、やけに小さい。というか、声しか拾えなくなっていた。

『あ、こら―』

 ここで通信が途切れてしまった。妹との交流は途絶えてしまい、少女は呻く。これ以上はどうしようもなかった。

「うーん。……でも、元気そうだった」

 無事出産したことは確認できた。それだけでも救いだったかもしれない。


「人、通らなくなってる」

 例の暗室にて、少女は器越しに里のふもとを見ていた。

 ウィルフレッドにとっては良くない思い出の場所だ。なので、少女は彼の目を盗んで見ていた。夜更け過ぎ、彼も寝ている時間であった。

 集落の者達は、きっと。ウィルフレッドが保護されたことも。生存しているかどうかも知らないだろう。保護をしたのが、この少女だということもだ。

―忌まわしきヨツミミ。君達が知っての通りだ。

「……」

 知らなかったのが自分くらいで。四耳族以外がそのような目を向けてきたのだとしたら。あれだけの痛みが、彼にとっての当たり前だとしたら。

「ウィルフレッドさん……」

 どれだけ大変な思いをしてきたのだろう。少女は祈るような思いだった。

「―毎晩、こうしていたの?君は今でも見守っていたんだ」

「!」

 覆う影は、ウィルフレッドによるものだった。彼は机に手をついて、少女の肩越しに器を覗いていた。

 少女は仰ぎ見る。そして、まずいとも思ったようだ。器の映像を消そうとしたが。

「いいんだ。君がそうしたいなら」

「それは……。うん」

 彼は咎める気はないようだった。少女は正直に答える。誰も通らなくなったとしても、それでも眺めていたいものだったのだ。

 少女にとっての外の世界は。―憧れ、そのものだったから。

「そうか。でも、今晩はここまで!」

「ひゃっ」

 かなり遅い時間となっていた。ウィルフレッドは少女を軽々と抱き上げ、彼女の自室へと連れていくことにした。突然のことで、少女は間抜けな声を上げてしまった。

「ひ、一言くらい言ってくれたって」

「あははっ。抱っこしますって?わかった、今度からそうするよ」

「そ、それはそれで」

「ふふ」

 ウィルフレッドは軽快に笑う。笑いごとでは無いと、少女はむくれるも。

 大きなアーモンド形の瞳を煌めかせて。八重歯を覗かせながらも、こんなにも楽しそうに笑う彼を目にしてしまったからには。

「……もう。お願いします」

 少女はすっかり毒気を抜かれ、大人しくするしかなかった。

「うん、喜んで」

 少女の顔に近づけ、笑う。

「……」

 ここまで近づけて言うことではないのでは。そう、言おうとするも。

「うう……」

 こうも赤くなってしまった顔を、気づかれたくなかった。ただ、恥ずかしくて。恥ずかしいからこそ、そっぽ向くしかなかった。感じ悪かったかもしれない。それでも、彼女は隠したかったのだ。

「……うん」

 少女はそっぽ向いたままだ。でも、耳まで赤く染まっている。ウィルフレッドにはバレていた。彼もまた、不自然に目を逸らしていた。

 あれだけ穏やかで静かな日々だったのに。少女にとっては、落ち着かない日々へと変わっていった。


「もう、冬。今年も冬ごもりを始めているのかな?」 

 器越しの世界が、彼女に冬を伝えてくれた。外界では、季節は冬へと移り変わっていた。

「冬を越えて、そして。春になったら。私達は―」

 少女はふう、とため息をつく。このように憂うことが近頃増えてきた。物思いにふけることもだった。それだけではない。

「終わった?」

「!」

 暗室から出ると、ウィルフレッドが待ち構えていた。しかも、腕を広げながら。頬を紅潮させながらである。どこか、興奮しているかのようにも見え、少女は一歩引いてしまった。

「そんな、ひどい……」

「ひどいと言われても」

「ずっと待っていたのに。おあずけだったのに」

「入ってきても良かったのに」

「邪魔したくなかった」

「遠慮することなかった」

 このやりとりをしている間も、ウィルフレッドは待機していた。スタンバっていた。

「ええと」

 いつまでも待っていそうだった。少女は彼に近づいていく。そして、緊張した手つきで彼の頭を撫でた。

「……おふ」

「よしよし。……はい、おやすみなさい」

 ウィルフレッドから妙な声が漏れていたような、少女は聞かなかったことにした。これで満足してくれたなら、と思っていたが。

「おやすみ」

「!」

 抱き寄せられた少女は、耳元でそう囁かれた。それからも。

「……おやすみ」

「うん、おやすみ」

 おやすみと返すが、少女を離すこともない。より密着していた。

「うう……」

 彼に抱きしめられるのは、何もこの時が初めてではない。遠慮がちだったのは、最初の頃だけで。ここ最近になって、頻度が増すようになっていた。

 彼とて、本気で嫌がればやらないだろう。それでも。

「ううう……」

 少女は腕の中で呻いているが。本気で嫌ではないから。むしろ、全然嫌ではないから。

 鼓動は早くなる一方だ。落ち着かない。全くもって、落ち着かない日々だった。

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