白魔女は傷だらけの少年と出逢う。
寒さが増す頃。強風の中、少女は一人立つ。里のふもとまで下りてきたのだが、この日は誰も通らなかった。変に思っていた頃。
「……!?」
少女に緊張が走る。ひりつくような空気だ。後ずさりをしながらも、少女は周囲を見渡す。
「……」
嫌な緊張感だ。少女にとって生まれて初めての感覚でもあった。戸惑いながらも、民に何かあったのかと想像してしまった。
「!」
嫌な予感がしてならない。この場に留まってはいけない。そのような類いの。
得体の知れない不安に駆られながらも、少女は走ることにした。だが。走ることなどほとんどなかった少女は足がもつれてしまう。
「いたた……」
もつれた末に転んでしまった。しかも転んだ拍子に膝をすりむいていた。咄嗟に手を宛がうが。
『―それは禁止、良いですね?』
「……うん、禁止よ」
少女の記憶にもないのに、時折響く声。それを疑問に思うことなく、当然かのように。少女は従っていた。妹以外、器を通してでしか、人を知らないはずなのに。
少女はその声を気にすることもなく、先を急いでいた。足を引きずるように走っていく。
もたつきながら走って、走り続けた。
「……?」
少女は足を止め、耳をそばだてる。その音は確かに聞こえるものだ。人の、か細くも苦しそうな呼吸だ。
誰かが傷を負っている。少女は音を頼りに探っていく。
「あ……」
少女の視線は下に向く。―そこにいるのは地べたに倒れている人間だった。体中が傷だらけであり、流血もしていた。
「あの、大丈夫ですか……?」
「……」
少女はしゃがむと声掛けをする。相手からの反応はない。辛うじて意識はあるようだが、返答がままならないようだ。
「待ってて、今手当をしますから―」
少女は疑問を持つこともない。目の前には苦しんで倒れている存在がある。
「……」
相手からはやはり反応はない。相手が何者なのか。どうした立場の人間なのか。そのことに少女は深く考えることもなく。ただ治すことにした。
彼女は手持ちのハンカチで止血をする。それから、日頃常備している傷薬や薬草を与えようとしていた。その時だった。
荒々しい足音がする。複数だ。
「!」
怒号がする。何者かが怒りながら発声していた。
少女は体を震わせてしまった。生まれて初めて聞く、恐ろしい叫び声だった。治療しようとする手も震えてしまう。
「追え!探せ、なんとしても探し出すんだ!」
「!」
少女は理解する。今自分が手当している少年、彼は追われている存在のようだ。そして。
このおぞましい声の持ち主らが、彼を痛めつけた存在であることを。
「―君の為に言う」
「え?」
掠れ声で告げてきたのは、少年の方だ。少女は反応が遅れるも、耳を傾ける。
「……このまま、自分を置いていってくれ。……僕と関わらない方がいい」
「そんな……」
これだけ怪我を負っているのに、放置していけというのか。今にも生命の危機に瀕している彼を。狂気に満ちた者達に追われている彼を。
「……僕が、望んでいる」
「……」
弱弱しいながらも、少年ははっきりと伝えてきた。自分はそう望んでいるのだと。
「……そうだとしても」
少女は手を宙にかざすと、白い光を生じさせる。それは、彼女の住処と繋ぐ扉となった。
「私が放っておけないの。治療だけはさせてください。あとはあなたの自由にすればいい」
それが少女の出した答えだった。少女の望みだった。
「君は何を……」
少年は反論しようとはするも、体力も限界を迎えているようだ。これ以上は止めることもなかった。
この出逢いが、自分の人生を大きく変えること。この時の少女には想像すらなかった。
その時の彼女はただ、純粋に。助けたい、それだけだったのだ。
少年は今、空室となった妹の部屋にて横たわっていた。かなりの重傷だった。少女は治療を本格的に開始することにした。
「……さて」
少女はベッドの上の怪我人を見る。彼がまとっているのは、ずたぼろの衣服だ。
衛生上良くないものであった。それ故、少女は服を脱がそうとしていた。フードも伴ったそれは、外套のようなものである。抵抗もないだろうと。
そんな意識の無い状態であったのに。治療開始の為に、フードに触れようとした時。
あれだけ意識が朦朧としていた彼が。頭を抱え込んで。手に力を込めて。
―拒んでいた。
「……」
少女は黙り込む。が、少年がこうも嫌がるにも理由があるのだろう。
「……ここ、痛くない?」
少女は労わるように。大事に、大事にそっと。―彼の頭部に触れてきた。
頭のダメージは特に放っておけない。念の為の確認だった。
「!」
少年の体が固くなっていた。息も詰めていた。
「……」
「……」
それから沈黙が続く。少年が答えをくれることもない。
痛みはないのか。無断で触れられて、相当嫌だったのか。それか、頭部は必死に守ったのか。あれこれ考えるも、少女はわからないままだった。相手は今も黙ったままだからだ。
ならば、尊重するまで。そう、少女は思った。彼女はこう告げた。
「わかった。なるべく、そのままで治療するね。でも、頭部も痛くなってきたら。ちゃんと言ってね」
「……」
少年はやはり何も言わない。けれども、わずかに頷いたかのようにみえた。