表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/44

白魔女は傷だらけの少年と出逢う。

 寒さが増す頃。強風の中、少女は一人立つ。里のふもとまで下りてきたのだが、この日は誰も通らなかった。変に思っていた頃。

「……!?」

 少女に緊張が走る。ひりつくような空気だ。後ずさりをしながらも、少女は周囲を見渡す。

「……」

 嫌な緊張感だ。少女にとって生まれて初めての感覚でもあった。戸惑いながらも、民に何かあったのかと想像してしまった。

「!」

 嫌な予感がしてならない。この場に留まってはいけない。そのような類いの。

 得体の知れない不安に駆られながらも、少女は走ることにした。だが。走ることなどほとんどなかった少女は足がもつれてしまう。

「いたた……」

 もつれた末に転んでしまった。しかも転んだ拍子に膝をすりむいていた。咄嗟に手を宛がうが。

『―それは禁止、良いですね?』

「……うん、禁止よ」

 少女の記憶にもないのに、時折響く声。それを疑問に思うことなく、当然かのように。少女は従っていた。妹以外、器を通してでしか、人を知らないはずなのに。

 少女はその声を気にすることもなく、先を急いでいた。足を引きずるように走っていく。

 もたつきながら走って、走り続けた。

「……?」

 少女は足を止め、耳をそばだてる。その音は確かに聞こえるものだ。人の、か細くも苦しそうな呼吸だ。

 誰かが傷を負っている。少女は音を頼りに探っていく。

「あ……」

 少女の視線は下に向く。―そこにいるのは地べたに倒れている人間だった。体中が傷だらけであり、流血もしていた。

「あの、大丈夫ですか……?」

「……」

 少女はしゃがむと声掛けをする。相手からの反応はない。辛うじて意識はあるようだが、返答がままならないようだ。

「待ってて、今手当をしますから―」

 少女は疑問を持つこともない。目の前には苦しんで倒れている存在がある。

「……」

 相手からはやはり反応はない。相手が何者なのか。どうした立場の人間なのか。そのことに少女は深く考えることもなく。ただ治すことにした。

 彼女は手持ちのハンカチで止血をする。それから、日頃常備している傷薬や薬草を与えようとしていた。その時だった。

 荒々しい足音がする。複数だ。

「!」

 怒号がする。何者かが怒りながら発声していた。

 少女は体を震わせてしまった。生まれて初めて聞く、恐ろしい叫び声だった。治療しようとする手も震えてしまう。

「追え!探せ、なんとしても探し出すんだ!」

「!」

 少女は理解する。今自分が手当している少年、彼は追われている存在のようだ。そして。

 このおぞましい声の持ち主らが、彼を痛めつけた存在であることを。

「―君の為に言う」

「え?」

 掠れ声で告げてきたのは、少年の方だ。少女は反応が遅れるも、耳を傾ける。

「……このまま、自分を置いていってくれ。……僕と関わらない方がいい」

「そんな……」

 これだけ怪我を負っているのに、放置していけというのか。今にも生命の危機に瀕している彼を。狂気に満ちた者達に追われている彼を。

「……僕が、望んでいる」

「……」

 弱弱しいながらも、少年ははっきりと伝えてきた。自分はそう望んでいるのだと。

「……そうだとしても」

 少女は手を宙にかざすと、白い光を生じさせる。それは、彼女の住処と繋ぐ扉となった。

「私が放っておけないの。治療だけはさせてください。あとはあなたの自由にすればいい」

 それが少女の出した答えだった。少女の望みだった。

「君は何を……」

 少年は反論しようとはするも、体力も限界を迎えているようだ。これ以上は止めることもなかった。


 この出逢いが、自分の人生を大きく変えること。この時の少女には想像すらなかった。

 その時の彼女はただ、純粋に。助けたい、それだけだったのだ。


 少年は今、空室となった妹の部屋にて横たわっていた。かなりの重傷だった。少女は治療を本格的に開始することにした。

「……さて」

 少女はベッドの上の怪我人を見る。彼がまとっているのは、ずたぼろの衣服だ。

 衛生上良くないものであった。それ故、少女は服を脱がそうとしていた。フードも伴ったそれは、外套のようなものである。抵抗もないだろうと。

 そんな意識の無い状態であったのに。治療開始の為に、フードに触れようとした時。

 あれだけ意識が朦朧としていた彼が。頭を抱え込んで。手に力を込めて。

―拒んでいた。

「……」

 少女は黙り込む。が、少年がこうも嫌がるにも理由があるのだろう。

「……ここ、痛くない?」

 少女は労わるように。大事に、大事にそっと。―彼の頭部に触れてきた。

 頭のダメージは特に放っておけない。念の為の確認だった。

「!」

 少年の体が固くなっていた。息も詰めていた。

「……」

「……」

 それから沈黙が続く。少年が答えをくれることもない。

 痛みはないのか。無断で触れられて、相当嫌だったのか。それか、頭部は必死に守ったのか。あれこれ考えるも、少女はわからないままだった。相手は今も黙ったままだからだ。

 ならば、尊重するまで。そう、少女は思った。彼女はこう告げた。

「わかった。なるべく、そのままで治療するね。でも、頭部も痛くなってきたら。ちゃんと言ってね」

「……」

 少年はやはり何も言わない。けれども、わずかに頷いたかのようにみえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ