白魔女と優しい日々。
「アシュリー様ー!繕い物終わりましたー!」
手を振りながらやってきたのは、ルカだ。お疲れ様と労うと、一層笑顔になった。
ルカもそうだ。いつの間にか、同じくらいの背まで伸びていた。
「……」
アシュリーはやはり、変わらないままだった。
「……アシュリー様?」
「何でもない。ねえ、ルカ。今って、何年だっけ?」
「あ、はい。そろそろ600年になると思います」
「そう」
途方もない時間の流れも、アシュリーにとっては刹那ことでもあった。だが、他の人達にとってはどうだろうか。
「ルカ、あとは適当にやっといて。出かけてくる」
「では、ボクも!共に参ります」
「……?単なる散歩。行ってきます」
この安全な場所なのに、何の危険があるというのか。ルカは心配性だ、とアシュリーはそう思っていた。
「……はい、お気をつけて」
一礼したルカを残し、アシュリーは散策に出かけることにしていた。
「アシュリー様ー、ごきげんよう!」
「えへへ、アシュリー様だぁ!こんにちは!」
今日もこの世界は平和だ。逃げ延びた民達は、今は穏やかに暮らしていた。
「これ、収穫したての野菜ですー!」
「いつもありがと。ルカに持っていく」
「はい、お願いします!」
風に揺れる木々。心地良い風。澄んだ空気。アシュリーは実りを迎えた麦畑を歩く。
ここは楽園。生きる事を諦めなかった人々が辿り着く場所。
ここは最後の楽園。最後の安寧の地だ。
この日もまた、民の亡骸を弔った。ルカとケントを除く、逃げ延びてきた民。その最後の一人だった。
「……」
アシュリーは憔悴しきっていた。ここ連日なのだ。一緒に祈りを捧げていたルカとケントもまた、意気消沈としていた。
「何だって、こんな急に……。どうしてなのよ……」
アシュリーは納得いかない、と恨めしそうに天を仰いだ。
「アシュリー」
「……わかってるわよ。どうしようもないことくらい」
「いや、気持ちはわかるぞ」
ケントは沈むアシュリーの肩に触れた。顔色が悪く、ふらついている彼女を補佐するように。ケント達は場から離れようとする。
「ルカ?行くぞ?」
「……」
「……先、行ってる」
「うん。アシュリー様をお願い」
「ああ」
「……」
ルカはそこに佇んだままだ。並ぶ墓を黙って見ていた。
「……ボクは」
それからの彼は、どこか遠くを見ていた。ここではない、どこか遠くを―。
残されたのはこの三人だ。沈んだ気持ちのまま、食事を取ることにした。
「……」
「……」
「……」
本来ならば、この日は記念日だった。毎年、民を自宅に招く。ルカもご馳走を振る舞う。一年に一度の特別な日のはずだった。
そんな浮かれた気分にはなれない。普段通りの食事となった。
いつもの食事をとる。口数は少ないものの、会話をしながら。そうして、ご飯を食べ終え、身支度をする。それで一日が終わる。―はずだった。
「……くうくう」
異変が生じた。食器が落ちる音がした。食事を終えた直後、ケントは机に突っ伏したのだ。
「ケント……?うっ!」
アシュリーにも眠気が襲う。ここまで強烈なものは体感したことがない。何が、一体何が起こったというのか。
「ルカ……?」
ルカまでも、とアシュリーは目で彼を探す。ここ最近の事を関係しているかもしれない。それならば、せめてルカだけでもと願ったが。
「―さすが、アシュリー様の研究ですね。ボクもあやかりました」
「は……?」
朦朧とする意識の中、ルカの声が聞こえてきた。どうしたことか、いつものルカではないようだ。
「ふふ、さながらお師匠様でしょうか。アシュリー様、ケントもおやすみなさい―」
「ルカ、あんた……!」
ルカにしてやられてしまった。アシュリーの視界は狭まっていた。眠りに落とされるのも間近だ。
「ふふ、舐められたもの、ね……」
「ふう。またいつものですか、アシュリー様」
冷酷なルカの声を最後に、アシュリーは瞳を閉じていった。
扉が閉まる音がする。ルカは、一体どうして―。




