幼き魔王の旅立ち。
隠れ里に案内すると、ケント達は住居の準備を初めていた。魔力を用いて、木材や石材を調達し、あっという間に家を建てていた。
それからは、水源をいつでも確保できる井戸を築き、川に生息している魚も手で確保する。そこらの野草を積んで、葉っぱの上に積んだ。
これで、自分と爺の分だと得意げだった。鮮やかな手つきだ。手慣れたものだった。
「大したものね。……で、それだけ?」
「それだけ、とは?」
「いや、ご飯の量。ほら!こんだけわっさわっさ生えてんのよ!?もっと採りなさいよ!」
「いや、十分過ぎるだろ。なあ、じいや?」
爺に同意を求め、爺に頷く。これが、彼らの日常だった。これでもありつける方だったのだ。
「あんた、魔王でしょうが!もっと貪欲にいきなさいよ!」
「おいおい、アシュリー。魔王皆が皆、強欲というわけではないのだぞ?」
「だとしても!見てるこっちが辛いのよ……」
額に手をあてて、アシュリーは項垂れた。見かねたルカが、口に出した。
「……ご飯、作り過ぎる予定だから。じいや様も、ついでにケントも。良かったら食べていってください」
「おお、恩に着るぞルカ!……して、予定とは?」
「ウルサイ」
何はともあれ、一緒に食卓を囲むことになった。
四耳族の少年に加え、魔王達も共に生活することになった。穏やかな暮らしに、賑やかさも増えていくこととなった。
賑わいはその後も続いていく。隠れ里に住む人々が、ケント達を機に、増えつつあったのだ。
聞けば、そこは逃げ落ちた先に在る場所。生き延びようと諦めなかった者のみがたどり着く場所。そここそが『終わりの地』だという。
アシュリーは拒むことなく受け入れていった。
「労働力が増えて有難いわ!せいぜい、この私の為に尽力することね!」
高飛車な笑いと共にだ。この口が悪き白魔女は。
迎え入れた民と暮らし、共に生きてきた。
また、寿命を迎えた民を見送りもした。
「爺は、これまでのようです……。ケント様、爺は、爺は。ケント様がご存命であれば―」
「わかってる。わかってるよ、じいや……」
蝙蝠姿の爺は、ケントの腕の中で息絶えようとしていた。ケントも涙をこらえながらも、頷く。
「……ケント、様。爺は、こうも、思うのです。一方で、あなた様の『本懐』も、叶えていただけたらと」
「……じいや」
「……ケント様の中に眠る、魔王の血が、求めるものを。酷な事を、申しますが」
「……わかった。わかったよ」
「ああ、爺は幸せでございました……。白魔女、様、どうか、ケント様を―」
主思いの彼は今、旅立っていった。ケントはさらに腕の中の彼を抱きしめた。
「……っく」
ケントは肩を震わせていた。静かに、泣いていた。
「……」
「……」
アシュリーとルカは、二人の静かな別れを見守っていた。
「……墓を立てたいんだ。提供してくれないか」
「……ええ、構わないわ」
「……ありがとう」
まだ泣き足りないだろうに、ケントは気丈に立ち上がった。
「ケント、こっち。ボクも手伝うから」
「ルカも、悪い……」
「別に、いいよ」
日頃やり合う二人も、この時ばかりは大人しかった。土地に詳しいルカの案内で、墓地となる場所へ向かっていく。
到着すると爺の埋葬を始めた。整え終え、再び黙祷を捧げる。
「本職じゃないけど」
見よう見真似ではある。アシュリーは僧侶のように、爺を送り出すことにした。
祈りの言葉と共に、白い光が墓を包み込んでいく。それらは白い玉となっていき、天上へと昇っていく。
「魔族なのに、いいのか」
「そうね、魔族ね。でも、私にとっては単なる爺やさんだから」
「……悪い、アシュリー」
ケントは眼鏡を外して、涙を拭った。そして、宣言した。
「じいや。随分と重い言葉を遺してくれたな。俺、考えるから。ちゃんと向き合うからな……。ありがとう、じいや」
「……」
アシュリーは小さな彼を見た。ケントは魔王だ。彼なりに重責があるのだろう。
爺が亡き後、ケントはより訓練に勤しむようになった。やり過ぎて倒れたこともあり、ルカが叱りつけていたこともあった。あれでも年長者として、ケントのことを気にかけているようだった。
「……世話になっている身だけどな。歯痒いんだ」
訓練中のケントを見かけたアシュリーは、休憩を言いつけた。否応なく従ったケントと、話をする機会が出来た。そして、ケントの本音も聞けた。
「……一度、出てみる?別に戻ってくればいいじゃない。ほら、通信装置渡しておくから」
このままモヤモヤさせるのも、心苦しい。一度出てみればと、アシュリーは切り出したのだが。
「……外界か」
「ケント?」
ケントの表情は曇ったままだ。彼が語るのは辛い過去だ。
「……話すか。俺達は歯が立たなかったんだ。当代の勇者に、生き残った魔族総出で挑んだ。結果、惨敗だ。俺とじいやだけが逃げ延びた」
「……!」
「そうだな。俺は燻ぶっていられない。俺は力をつけるんだ。今一度、世界を巡ってくる」
「……そう、わかったわ」
はっきりとそういったケントは、勇ましい表情に戻っていた。アシュリーはその気迫と覚悟に飲まれそうになるも、受け止めることにした。
通信の機能を果たす、陶磁器製のブレスレットを渡した。ケントも有難く受け取り、彼は旅立っていった。
「大したものね、あんたは」
「何だ、褒めても何もでないぞ。俺からは」
「うん、わかってる」
アシュリーはくすりと笑った。それはそれで気が楽だ。ケントは話していて、気安い。弟のような存在でもあった。
終わりの地。アシュリーはその言葉の意味を考え続けていた。
『終わりの地は最後の地。いざとなったら、そこを頼れ。それだけだ』
ケント達に確認しても、その答えは出なかった。そして、そのケントだ。
「ただいま戻ったぞ!」
彼は修業の旅から戻ってきた。彼は多くは語らない。辺境で修行もしていたが、同胞である魔族を探しもしていた。
「魔族は、本当にいないんだな。思い知らされたよ……」
彼は肩を落とした。何年、何百年と探しても、同胞の姿は無かった。
「……おかえり、ケント」
「ほら、ケント。今日はゆっくりしなよ。明日からは、キミの分の作業が沢山あるから」
二人は、静かに普段通りに彼を迎え入れた。彼はこの地でも修行を続けるという。もちろん、雑務をこなしながらである。
里での暮らしの影響があれど、ケントは成長していた。初めての出逢いの時は幼少期の彼だったが、かつてのルカくらい、いやそれよりも成長していた。この分だと、いずれ背を抜かされるかもしれない。
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