白魔女は絆される。
朝日が朝を告げる。アシュリーは気持ちよく目覚め、ゆっくりと体を起こした。久々の熟睡だった。
「あんたが……」
今、アシュリーがいるのがベッドの上だ。ルカは、変わらず床で寝っ転がっていた。このルカが、ここまで連れてきてくれたのだろう。
「……あんたなんか」
このルカとて、四耳族だ。アシュリーが嫌いでならない四耳族のはずだ。頑張り屋で、健気で、それでいて純粋に慕ってくれるルカでもあっても。
「そうやって、私を騙そうとして。……ううん」
これでまたしても騙されたとしても。それはもう、完全に相手が上手なだけだ。
もういい、それでもいいと。アシュリーはそう思ったからこそ。
「……ふう、もうわかったから」
アシュリーは諦めた。白旗を振るしかない。
未だに悪夢によって、過去に苛まれているのもそうだ。見た目から気丈に振る舞おうとしてもだ。
「結局、私はこうなのよ」
根底にあるのは、弱さだった。世間からズレたままの、それこそ不器用な自分。
アシュリーは自分の弱さを認めた。結局は、人のつながりを求めてい続けていることも。縋りたい気持ちがあるのも。認めるしかない。
「―ありがとう、ルカ」
ルカはまだ眠っているはずだ。いつまでも床で寝させるわけにもいかない、と。アシュリーは彼を抱えて、ベッドまで上げようとするが。
「ぐぬぬ……」
そう、非力は非力のままだった。この事実も認めざるを得なかった。
「ふ、ふん」
誤魔化すように、毛布をかけた後。こっそりと部屋を出ることにした。
「……アシュリー様」
彼女が去ったあと、ルカは一人呟いていた。
アシュリーは食事の準備をしに、居間に向かっていった。食卓に並べたのは、昨日ルカが用意してくれたご馳走だった。
「ケーキ……」
ケーキなんて、何年、いや何百年ぶりだろうか。アシュリーはそわそわせずにはいられない。いそいそと切り分けて、自分の分とルカの分を用意した。
「ケーキよ、ケーキ」
アシュリーは椅子に座って、ルカを待つ。どうせならば、ルカと一緒に食べようと思ったのだ。他のご馳走達もそうだ。
「……」
ルカは中々来ない。となると、ケーキにはありつけない。いっそ、叩き起こしてやりたくなった。
「ああ、楽しみにしておられる……」
聞こえてきたのは、ルカの笑いをこらえる声だ。彼は入口の方にいた。いつからかはわからない。もしかすると、かなり前からかもしれない。
「あんたねぇ……!」
見られていたアシュリーは怒りに体を震わす。笑いながら謝るルカは、反省していないだろう。
「アシュリー様、ケーキがお好きだったんですね」
「好き、とかじゃ。自分で作るのが手間だし。嗜好品で高かったりするから、とか。それだけで」
「はい、わかりました!また、お作りしますね」
「だから、好きとかじゃ」
うだうだ言っているアシュリーをよそに、ルカも目の前に着席した。
「申し訳ないです、アシュリー様。準備までしていただいて」
「……そ、そうよ。あんたがいつまでも起きてこないから、仕方なくよ」
ケーキに目線を寄越したまま、アシュリーはつれなく言う。
「……ルカ、じゃないんですか?」
「!?!?!?」
アシュリーの顔は一気にのぼせた。ルカはルカで口を尖らせていた。拗ねているようだ。
「さっきは言ってくれてたから、ボクはてっきり……」
「ご、ごちそうさま!」
ルカはまさか、あの時起きていたのでもいうのか。これは気まずい。気まず過ぎるとアシュリーは逃亡を図るも。
「あっ、駄目ですよ。さすがに今食べないと。ほら」
ルカはにこにこ笑顔で、アシュリーを見ていた。随分と余裕の表れだ。
「……あ、それと。不躾ながらも言わせてください。お顔、その、すごいことになってますよ?」
「え」
ルカの指摘ももっともだった。アシュリーはあろうことにも、メイクを落とさずに就寝していた。化粧を落とすという考えはなく、翌朝に化粧し直せばよいのかと考えていたのだ。
「アシュリー様、メイク落とされてないでしょう。母が言ってました。化粧落としを怠ると翌日に響くと。あ、でも。落とされなくても、アシュリー様お肌の状態いいんですね。すごいです、アシュリー様!」
「ぐぬぬ……」
アシュリーは唸らされる他なかった。
アシュリーの毒薬研究も順調であった。今となっては手慣れたルカの助力もあってだ。今日も一日を終え、あとは眠るばかりだ。
ソファで寝る事が無くなったアシュリーは、自室のベッドで眠ることにした。
「おやすみなさいませ、アシュリー様」
「あんたさ……」
ルカは未だ床で寝ようとしていた。アシュリーはため息をついたあと、こう提案した。
「あんたも、こっちで寝たら?」
「……え。ええええ!?」
最初はよく飲み込めてなかったルカが、次には大声をあげていた。相当驚いているようだ。遠慮はすると思っていたが、こうも動揺されるとは思ってもみなかった。
「な、なによ」
「何よ、じゃなくて!その、……そうです!主人との同衾など、その、失礼にあたるというか」
「その主人が良いって言ってるの。こっちとしても、いつまでも床に寝させるわけにもいかないし。体にも良くないから」
「ですが……」
ルカはその場で硬直したままだ。アシュリーは強要するまでもない、と思い直す。
「まあ、セクハラで訴えられるのもね。じゃ、せめてソファ行き」
「ええー……」
今度は不満そうな声ときた。どっちなのだと、アシュリーは苛ついてきた。
「そ、そんなセクハラとかじゃなくて。でも、その、そんな同じ布団で共に、とか」
ルカの頬は心なしか赤い。それでいて、拒否も続けていた。
「嫌じゃないの?」
「嫌なわけないです!」
即答だった。だが、早いのは返答だけで、ルカは動こうとはしない。
「……ふう」
アシュリーは息をついた。そして。
「おいで、ルカ」
「!」
動こうとしないルカを招き入れる。どこまでも優しい声色だった。
「ず、ずるいです……。抗えるわけないじゃないですか」
ルカはふらつきながらも、ベッドに吸い寄せられていった。アシュリーは彼を迎え入れた。
「失礼しま……!?」
遠慮がちなままのルカを、アシュリーは抱きしめた。ルカの鼓動が早くなる。
「あんたなんて、安眠枕よ。安眠枕」
「ぐぬぬ……。人の気も知らないで、あなたという方は―」
今度はルカが唸らされる身になってしまった。恨めしさを込めて、アシュリーの顔を見るが。
「……お化粧、落とされてますよね」
「何よ、悪い?あんたの母君のご助言を聞いただけよ?女の先輩だから」
アシュリーは厚化粧を落とし、生まれたままの顔になっていた。日常からは化粧は手離せないが、せめて寝る前くらいは落とそう。彼女はそういう考えになったのだ。
「やっぱり、可愛……。いえ、お肌に負担を与えなくなって。ボク、安心しました」
「そう」
アシュリーはそのまま瞳を閉じた。ルカもそれに倣った。
「……」
ぎくしゃくしていたルカも、やがて眠りに落ちていった。アシュリーは腕の中の彼に向ける。
「……せいぜい、長く騙してね。そうしたら、私も私でいられるから」
「はい、あげる。たまにはね」
「ありがとうございます……?」
出会い頭にアシュリーは、包みに入った何かをルカに手渡す。許可を得て、ルカは開封した。
中身は陶器製のアクセントがある、チョーカーだった。
「こうやるの」
「わわわ……」
アシュリーに急に近づかれ、抱きつかれる形になった。ルカは緊張して縮こまっていた。気にしないアシュリーは、パチンと固定させた。
「わあ、アシュリー様からの贈り物だ!わあい!」
「……えっと、そう喜ばれると」
ルカの反応は、とても気に入ってくれたようだ。彼は、照れくさそうに触れている。
「……大事にしなさいよ。決して、失くしたり壊したりしないように」
「はい、もちろんです!」
「ふん」
アシュリーはこれでも満足そうにしていた。彼女はすっかり、―絆されてしまっていた。