健気な四耳族との日々。
それから月日は流れた。
あれだけ不器用だったルカも、今でもは研究の補助のみならず、家事をも任せられるほどになった。それも、彼の努力もあってだ。アシュリーは未だ知らないふりをしている。
その日の朝食はいつもより豪勢だった。フルーツがふんだんに使われた、生クリームのケーキも並べられてもいた。
「おめでとうございます、アシュリー様!どうぞ、召し上がってください!」
「……何の?」
アシュリーには見当のつかなかった。
「本当は誕生日祝いやりたかったんですけど、ほら、わからないから。なので、アシュリー様とボクの出逢い記念日です!一年経ったんですよ、アシュリー様!」
「そうなの。……あんたと、一年も。そんなにも、長々と」
「またまたー。アシュリー様は、本当にもう」
主人の悪態も難なく交わし、ルカははしゃいでいた。アシュリーは居心地が悪い。話を変えることにした。
「って、あんた。よく覚えているのね。律儀に数えていたりでもするわけ?」
「はい、律儀に数えています。今、何年何月何日かもお教えできますよ!」
「ええ……。いや、いい」
「はい、いつでもご用命くださいね」
「いや、いいって」
ルカはにこにこ笑ったままだ。アシュリーは実に居心地がよろしくない。こう、毒気が抜かれそうだった。
「……ううん」
相手は四耳族、四耳族。アシュリーは詠唱する。まだ、たかが一年だ。一年で何がわかるというのか。いや、一年といわずとも。
「信頼しないんだから、あんた達、四耳族なんて」
アシュリーはどこまでも拒む。散々、自分にトラウマを与えてきた相手だ。それだけではない。
世界を苦しませる存在までに成り下がった存在だ。このルカも、どうして変わらないといえるのだろうか。また、化けの皮が剥がれないともいえるだろうか。
「シジゾク、ですか」
「……そうだけど」
アシュリーは今更だと居直る。これはアシュリーの本音だ。
「……ずっと、思っていました。アシュリー様は、『ヨツミミ』とはおっしゃりませんよね。どれだけ、悪ぶろうとも。あなたはずっとそうです」
「そんなことで、何がわかると言うのよ」
「じゃあ、ヨツミミって。言ってみてください」
「それは……」
ルカはまっすぐな目でアシュリーを見つめる。対するアシュリーは目をそらしたままだ。
「別に、そう言う必要がないから。それだけよ」
「……はい。差別の意味があるってわかっているから、だから呼ばない。ですよね」
「……別に、そんなんじゃ」
依然、顔を背けたままのアシュリーにも、ルカは語り続ける。
「はい。―やっぱり、お優しい方です。ああ、顔立ちとかじゃないですよ」
「……!」
アシュリーが顔に触れる前に、ルカがそう口にしてくれた。
「だから、お仕えしたいんです。アシュリー様だから」
「……ごちそうさま」
ほとんど口にしていないが、アシュリーは席を立った。残された食事にも、ルカは気を悪くすることもなく。
「はい。保存しておきますね。でも、明日までには召し上がってくださいね」
「……」
こうも調子を狂わされる。ルカは何度も、何度も。アシュリーに感謝と、こう形容し続ける。
―あなたは、優しい方だと。
その日、アシュリーは研究室にこもりきりだった。ルカにも何を命令することもなく。
「うう……」
アシュリーはその夜も、悪夢に苛まれていた。
繰り返されるのは、外界で過ごした日々のこと。ただ、盲目的に四耳族の男を愛し。騙されて。暴虐の四耳族の男には辱められ、されるがままで。
裏切り者とされた少女は、世界に居場所などない。それを身をもって思い知らされ。
世界もまた、荒廃したままだ。自分達が救った世界が、こうも踏み荒らされ。苦しむ民の姿を目にし、それでも厭わないのが。それでも理想の世界だとのたまうのが。
四耳族だ。四耳族が世界を苦しませる。それは、もちろん、この少女をまでも。
「はあはあ……」
アシュリーは苦しがっていた。脂汗も止まらない。悪夢はまだ、彼女を解放しない。
「うう、助けて……」
「―はい、アシュリー様」
ふと、暖かい温もりを感じた。誰かが、手を包み込んでくれている。
「……すうすう」
心が安らいでいく。アシュリーの寝息は穏やかなものとなっていった。
「お連れしますね。お体に障りますから」
ルカは両手で主人を抱き上げた。小舟にゆったりと揺られるようだった。アシュリーは心地良さに、すっかり身を委ねていた。
久々だった。こんなにも、眠ることができたのは。