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いたいけな四耳族との日々。

 研究室にルカを連れてやってきた。ルカは入室早々、埃にやられ咳き込んでいた。これはすぐに音を上げるだろうと、アシュリーは悪い笑みを浮かべる。

「はい、これ。すりつぶせるだけすりつぶして」

 ドサッと大量の薬草を机の上に乗せた。禍々しい色をした、見るからに毒草だった。

「……これからの私に必要なものだから。気合入れて取り組むこと」

「はいっ!」

 ルカはすり鉢を手にし、すりつぶしを開始した。その直後。

「わわっ!」

「ちょっと!」

 ルカは手を滑らせ、すり鉢と鉢ごと吹き飛ばしてしまった。勢いよく音を立てて、それらは割れて壊れてしまった!

「……いい。次は、かきまぜてもらう」

 嫌な予感がする。アシュリー早々に、別の仕事を振ることにした。大釜の中の液体をずっとかき混ぜる作業だ。かき混ぜるだけだ、簡単なはずである。

「ごめんなさい、アシュリー様!今度こそっ」

「あ」

 張り切り過ぎたのが良くなかったのか。勢いよく回してしまったルカは、大釜を横倒しさせてしまった。ああ、液体が豪快にぶちまけられてしまった!

「……」

 アシュリーはあらゆる意味で恐怖した。これほどまでに不器用なのだ。それに。

 この大釜の重量は中々のものである。しかも、液体込みなのだ。アシュリーも生まれてこの方、これを動かしたこともない。

「……ごめんなさい。ボク、武芸だけ叩き込まれてきたから」

「……ふう」

「あの!ボク、頑張りますから!必ず、お役に立つように―」

「役に、ねぇ」

「は、はい……」

 割れた器類。床にぶちまけられた薬品。任せた結果がこの部屋の惨状である。これには、さすがにルカも落胆せずにはいられなかった。

「……まずは、片付け。―ゆっくりでいいから」

「え……」

 アシュリーは気を取り直して、備え付けの雑巾とバケツを持ってきた。ルカの分の雑巾も手渡す。

「あんたも長命だというなら。相当長い時間をここで過ごすことになるから。だから、ゆっくりでいいから、仕事覚えていって」

「アシュリー様」

「あーあ、本当はもっと早く役に立って欲しいんだけど!」

 アシュリーはそっぽ向き、危険そうな毒草の片づけから取り掛かった。ルカには、無害な液体の片づけを命令していた。

「……はい!はい、アシュリー様!ボク、早くお役に立てるようになりますから!」

「だからってね、張り切りられてもね。限度があるけど」

「はいっ!」

 ルカの返事はいいが、いまいち伝わっているかどうかわからなかった。


 先行き不安な中、ルカとの共同生活が始まることになった。

 アシュリーは願う。さっさとこの四耳族が出て行ってくれるようにと。


「……はあはあ」

 アシュリーは真夜中に目を覚ます。悪夢を見ていた。体が汗だくで、心臓の心拍数も早いままだ。彼女は深呼吸を繰り返した。

 ひとまずは落ち着いた。変に目覚めたこともあり、アシュリーは家の中をうろつくことにした。この際なので、ルカの様子を見に行くことにした。

 あのルカのことだ、まだ床で寝てはいまいか。いい加減、注意しようと思っていたところだった。いっそ、叩き起こして説教したいくらいだった。

「あれ?」

 わざわざ二階まで赴いたのに、部屋にルカの姿はなかった。トイレや風呂場をノックするも、彼はいない。いたらいたで気まずいが。

「……ああ」

 出て行ったのか。アシュリーはそう思った。願ってもないことだとも思った。

「……」

 アシュリーは冷めた目をしていた。そんなものだ、四耳族など。むしろ、こちらに手を出してこないだけ、幾分かマシだと思ったくらいだと。

「はあ。続き、やりましょうか」

 あの不器用な少年のせいで、作業工程が思ったほど進まなかった。勝手に出て行った上に、尻拭いまでさせられるとは。アシュリーはもう一度深い溜息をついた。

 地下まで下り、研究室の近くまでやってきた。部屋がわずかながら開いていた。そこから聞こえてきたのは―。

「……遅れ、取り戻さなくちゃ」

「!」

 薬草をすりつぶす音、そして必死なルカの声だった。

「……」 

 しばらくアシュリーは聞いていた。ルカの作業は終わることはなかった。あえて、何も言わずその場をあとにすることにした。


「ちょっと、あんた」

「え、誰のことだろ……?」

 翌朝、アシュリーは出会いざまに、ルカを呼びつけた。ルカはというと、わざとらしくキョロキョロとしていた。

「すっとぼけときたか。あんたしかいないでしょう。睡眠、ちゃんととるように」

「……ご、ご心配なく!大熟睡です!」

「疲れで?」

「そうそう、疲れのあまりに。……違います」

「あらそう。じゃあ、好きにしなさいよ」

「はい、頑張ります!」

 あくまでもシラを切るようだ。アシュリーはそれ以上、この件には追求しなかった。結局音を上げるならそれでいい。勝手にしてくれと言わんばかりだった。

 アシュリーは本題に入る。

「あんたの髪、切らせてもらうから。作業中、邪魔だったでしょうに。ふふ、変な髪型にしてやるんだから」

「変な……。いえ、ボク、自分で切ります。ほら、アシュリー様のお手を煩わせるのも」

「いや、なんとしてでも私が切る。―ほら、主人命令よ」

 アシュリーは食い気味にいった。この不器用にやらせて、どんな事になるのやら。想像すらも末恐ろしい。

「うう、ご主人様……」

 ルカは泣く泣く風呂場に連れていかれることになった。びくびく震えるルカに、アシュリーはこう伝えた。

「大人しくしてくれれば、悪くはしないわよ。……ほら、じっとしてて」

 アシュリーに獣の耳を触れられる。ルカは緊張したままだ。

「……っ」

 口の悪さに反するかのように、その手つきは優しいものだった。ルカの肩は跳ね上がった。

「あ、くすぐったかった?」

「い、いえ……」

「ならいいけど。何かあったら言いなさいよ。言わないと、全部刈るんだから」

「は、はい……」

 ルカはまだ緊張しているようだった。体の力を抜いてくれた方がやりやすい。アシュリー背中を撫でるも。

「っ!」

 またしても、ルカは反応してしまっていた。どうすればいい、とアシュリーは途方に暮れる。

「まあ、埒が明かないわね。さっさと始めましょうか」

「え」

 見切り発車で始めることにした。適温のお湯と特製の液体で、まず彼の髪の汚れを落とす。

「わあ、気持ち良いです……」

 ルカの強張りもほぐれていく。彼はその心地良さに委ねきっていた。

「本当に心地良くて、ボク、幸せです……。やっぱり、アシュリー様は優しいんだ……」

 ルカは夢見心地でそう言っていた。気分が高揚したのか、彼はべらべらとしゃべりだす。

「口ではあれこれ言っても、バレバレなんですよ。こんなにも優しい手をしていて、こんなにも労わってくださる方が、悪い人なわけじゃない……」

「……」

「ボクは、幸せ者です……」

 ルカの言葉に、アシュリーは居たたまれなくなった。自分はそんな人間ではないと。

 ルカの髪を濡らし、アシュリーは切り揃えていく。

「……」

 正直、彼女は自分のセンスに自信はない。化粧も覚えたて、これまでは素朴に生きてきたのだ。この天性の美少年に、合う髪型に仕上げる自信。それは無かった。

「ふん、いいわ。作業に適していればいいのよ。あんた、どんな髪型だろうと文句言わないでよ」

「はい、もちろんです」

「ダサいとか、似合ってないとか。不満は受け付けないわよ」

「まさか!そりゃ最初はびくびくしちゃいましたけど。そりゃ、アシュリー様だし」

「どういう意味よ」

「でも、アシュリー様だから。嬉しいんです……」

 ルカはえへへ、と照れていた。嫌がるなんてことなく、彼は本当に嬉しそうだった。

「……ふん。意味不明なんだから」

 やりづらくなってしまった。結局、アシュリーの方が緊張させられることになってしまった。

 その後、ルカは別人となっていた。

「わあ……」

 ルカは鏡の中の自分を見ていた。艶々光沢のある髪は、耳あたりで均等に切り揃えられていた。かけられた髪により、人間の耳の部分もあらわになっている。

「すごいです、アシュリー様!ありがとうございます!」

「ふん、気が変わっただけよ。あと、効率がいいから。それだけ」

「わあい!」

 ルカの顔は華やいでいた。アシュリーは、ふんとだけ返した。

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