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幼き四耳族との日々。

「呆れた」

 翌朝。アシュリーは、簡素な粥を運びに二階へとやってきた。病人である少年の様子見もあってだ。その少年ときたら。

「すうすう……」

 本当に床で寝ていた。しかも大爆睡していた。

「はっ!」

「な、なに」 

 かと思いきや、少年は飛び起きた。即、目が覚めたのだ。密かに驚いていたアシュリーは粥をこぼしかけた。

「ごめんなさい、ご主人様!ボク、朝の準備しようと思っていたのに!」

「別にいいのに。……って、ご主人様?」

「はい!ボク、ちゃんと恩返ししたく……。って、どういうことですか!?」

「今度はなんなの……」

 突然の主人呼びもそうだが、くるくる動く少年にアシュリーはついていけてない。それでも、平静に返そうとはする。

「だって、ご主人様。あまりにも雰囲気が……」

「ああ、これ?気分転換。いいでしょう?」

 少年が指摘して驚くのもおかしくない。相手がそれほど変貌していたからだ。

 あどけない少女はもういない。

 しっかりとした眉毛の描き込み。元々長かった睫毛はさらにカールされ、アイラインもしっかりとひかれている。唇も濃いめの色で塗られており、光沢もあった。

 厚化粧といえば、厚化粧。それでも似合うラインまで仕上げてきたのは、夜な夜な奮闘したアシュリーの成果だ。まあ、目の隈は隠しきれてはいないので、そこはまた研究しようと、彼女は企んでいた。

 髪も変化をつけていた。天然の癖毛をさらに巻いていた。

 纏っている衣服もそうだ。とことん漆黒に染め上げたローブだった。

 今までの純朴な美少女は、これほどまでの変貌を遂げていた。

 たどたどしい喋り方も改めていた。完全には抜けきってはないが、アシュリーはこれまでの自分から変わろうとしていた。

「そりゃ、お似合いですけど」

 確かに似合ってはいる。だが、少年は複雑だった。

「で。今度はこっちの番。ご主人様ってなに?許可した覚えないけれど」

「はいっ!ご主人様です!今回の恩返ししたくて―」

「やめて」

「え」

 間髪入れずに断りをいれたのはアシュリーだ。御免こうむる、だった。

「いいえ、ボクは引き下がりません。あなた様に助けていただいた身です。ボクは、納得してもらえるまで居座ります!」

「何それ。恩返しというなら、出ていってもらうのが一番だけど」

「それは困ります!」

「あー……」

 少年は意地でもここから動かないようだ。アシュリーは考える。そして、嫌な思い出ながらも、思い出したことを少年に言ってのける。

「あんた達四耳族って、目的だか、役目だかあったんじゃないの?それ放り投げて、ここにいるって?それ、おかしくない?」

「わあ、ご主人様!よくご存じでしたね!」

「う……」

 いちいち少年が綺麗な眼差しを向けてくるものだから、アシュリーはやりづらくなっていた。

「あ、でも、聞いてなかったのかな。その、役目。―ボク達、四耳族は人より長命。人よりも力に優れているともいえます。それを忌まれ、それこそ始まりの勇者の時代までそうでした。役目、すなわちそれは!」

「ためてなくていいから」

「すみませんっ。……外界の人達との交流、そして伴侶を見つけ出すことです。それで、ようやく成人を迎えられるんです」

「……は?」

 この少年が嘘をついているようには見えない。アシュリーは続きを待つ。

「この人と決めたら、ずっと添い遂げる。ボクの父もそうでした。四耳族は一途なんです!」

「……」

―僕も。僕も君だけだ。

 アシュリーは嫌でも思い出してしまう。四耳族のあの男。あの男が、いけしゃあしゃあと言っていたなと。他の女を選んだくせに、とも。

「はっ」

 だから、アシュリーは鼻で笑ってやった。少年は憤慨する。

「し、失礼ですね!……まあ、いいです。ボクも、まあ」

 ふくれっ面だった彼が、真顔になっていく。

「ボクもまだ、……よくわかってないんです。そういうのわからないまま、放り出されたようなものだから」

 アシュリーが好きだった彼より、さらに幼い少年だ。本当なら、もう少し年を取ってからが筋だったのだろう。早めに出なくてはならない状況だったのだろう。

「……そう」

 アシュリーは妙に安心した。これだけ年下であろう相手に、色恋沙汰もないだろうと。むしろそういう想像が出来てしまったこと自体、あれだったかもしれないと。

 それならそれで、おかしな点もある。アシュリーは疑問を口にした。

「よくわからないけど。あんな四耳族の天下で。どうしてあんたがそんな目に遭っているの?王自体が四耳族なんだから、あんな扱い受けなくても」

「……四耳族全てが、グレアム王と同じじゃないです。反発している人達もいます。ボクの父もそうでした」

「え……」

 少年は苦々しい顔で話す。

「ボク達の誇りを失ってしまったのが、あの暴虐の王達です。ううん、もっと前。―全ての元凶は、始まりの勇者だった」

「……!」

―元凶は、始まりの勇者。

 アシュリーは息を飲む。この言葉が胸に突き刺さってしまっていた。

「誇り高き一族、だっけ」

「はい!」

「笑える」

「なななっ!」

 馬鹿にするだけ馬鹿にしたアシュリーは、正座する少年に合わせてしゃがみ込んだ。

「その誇り、叩き折ってあげる。私、四耳族が大嫌いなの」

「……え、でも、四耳族って」

「……?とにかく!こき使ってあげるから。あんたが泣いて醜態晒すまで、とことんいびってやるんだから」

「……」

 アシュリーは精一杯の悪い顔をして、少年を脅した。少年は瞳をぱちくりさせたが、にこりと笑ってみせた。

「はい!どんどんご指導お願いします!」

「……ふん」

 天真爛漫な笑顔で、全くもって屈していなかった。アシュリーは面白くない、と部屋を出ようとしたが。

「あ、ご主人様!申し遅れました。ボク、ルカって言います。まだ、幼名ですが……」

「そ、わかった。まあ、あんたとしか呼ばないけど」

「はい、最初の内はそうですよね!」

 アシュリーは素っ気なくそう言うが、ルカは全くもって屈してなかった。 

「あの、差し支えなければ……。ご主人様のお名前を知りたいなって。もちろん、ご主人様呼びでも構いません。構いませんよ、ご主人様!わあい、ご主人様!」

「……」

 屈してないどころか、煽られてないだろうか。

「……アシュリー。だから、ご主人様はやめて」

「はい、アシュリー様!わあ、やったぁ……」

 屈したのは、アシュリーの方だった。ルカは、はにかみながら体をもじもじさせていた。

「じゃあ、さっそくだけど。あんたには、私の研究を手伝ってもらう」

「はいっ!」

「ふふふ、無限薬草すりつぶし地獄……。嫌がろうが、私の気が済むまでやってもらうからね」

「はいっ!」

 アシュリーはあくどい笑みを見せる。返事が良いのも今のうちだけだと。

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