傷だらけのヨツミミと再び。
王都の裏通りを走り抜けていく。そこは生気を失った人達がたむろしていた。彼らは口々にしている。
この悪政はいつまで続くのか。それは少なからず、四耳族が君臨するまでだ。
四耳族、ヨツミミの天下が続く限り―。
「―おい、見ろよ!こいつ、本物か!?」
「いや、本物だ!ほら!」
やたらと賑わっている場所があった。アシュリーは避けて通ろうとする。
「痛っ……!」
「……!」
子供の声がした。アシュリーは思わず振り返ってしまう。彼女は見たのを後悔してしまった。よりもよって。
子供は子供でも。―四耳族の少年だった。
ぼさぼさ頭の少年は、獣の耳を引っ張られていて、本気で痛がっていた。演技にしては上手すぎる。紛れもない、本物だった。
「おいおい、商売品だぜ?そのへんにしといてくれよ。貴重な野良ヨツミミだよ。群れからはぐれたのかねぇ?」
「そのへん、てよぉ。止めるのおせえっての!」
商売品といった通り、少年の首には首輪と番号が記されていた。奴隷、そのものだった。しかも、すでに鬱憤をぶつけるかのように傷つけられた後だった。
「……」
忌々しい四耳族。子供だから何だというのだ。当然の報いだ。アシュリーは冷めた目で見ていた。
「うう……」
子供だからといって。弱者だからといって。
「ざまあねぇな」
「ああ」
よってたかって、集中攻撃されていたとして。
「……」
自分は。彼女は。アシュリーは―。
一緒にされたくもなく、なりたくもなかった。
「……その子、いくら?」
売り物だというのなら、買うしかない。この荒くれ者達と戦う術は、アシュリーにはない。
一緒にされたくなかった。ここまで堕ちたくはなかったのだ。
「はっ……。ははははは!」
彼らは異質な少女の存在に注目する。そして、盛大に笑い始めた。随分と質の良いドレスを着ている。どこぞの令嬢が度胸試しにやってきたのだろうか。
「まあ、いいけどよ。売ってやってもよ。パパでも連れてきてもらおうか。この場でも即金でも構わねえけどな」
男は値踏みをしていた。アシュリーをじろじろと見まわしている。着ているのは上質のものだ、いくらでもぼろうと考えていたのだろう。
「即金」
愛用の携帯鞄も、所持金も。捕らえられた時、全て没収されていた。手持ちが無い。それは相手方にも伝わったようだ。
「だからよぉ、家族に頼めばいいだろうがよぉ。―それが無理なら、とっとと帰んな。お嬢様が来るようなとこじゃねえんだよ」
「……」
確かに、アシュリーにどうすることが出来るというのか。
「……逃げて、ください。せっかく、逃げられた、のに」
「あなた……」
掠れた声で四耳族の少年が語りかけてきた。
「ボクなら、平気……。どうなっても、平気です。ボクは、誇り高き、―四耳族だから」
「!」
あれだけ痛めつけられても、この少年の瞳に意思が宿っていた。アシュリーはそんな彼の瞳を見ていた。
「おいおい、なんかヨツミミが抜かしてるぞー!」
「なーにが、誇りだよ!埃まみれがよぉ!」
そう罵倒しつつ、少年に一蹴りをくらわせた。少年は、げほっと呻いた。
「あなた達……。ううん、あんた達」
アシュリーなりの他者への敬意のつもりだった。だが、今となっては必要だろうか。
この荒くれ者達も。あの愚王にも。それこそ、始まりの勇者に対しても。もう、必要ないものだ、とアシュリーは荒んだ目となった。
アシュリーは後ろに手をやる。後方にあるのは、飲み残しの酒瓶と、マッチ達だ。ぼやを起こした騒動で、あの少年にもどうにか逃げてもらうしかない。そう思っていたところだった。
「そのへんにしておけ。―ボヤ騒ぎは御免だからな」
「……」
奥の方から声が聞こえてきた。ずっと物見遊山を気取っていた男がいた。リーダー格の男のようだ。樽にまたがり、酒をかっくらっていた。うらぶれた男だが、威圧感を与える男でもあった。
「で、でもよぉ。ボス!」
「痛ぶりも気が済んだだろ。それにだ。いつも言ってんだろうが。―ヨツミミはリスクが高すぎる。厄介払いでもしておけ。……あと、そこらの酒瓶やマッチも放置すんなっての」
「へ、へえ……」
男は嫌々ながらも、少年の首輪を解除した。そして、アシュリーの方に押し出した。
「……すごい熱」
少年はアシュリーの腕の中で、とたんに意識が落ちていた。痛みや高熱、どれだけのものが彼を苛んできたのだろう。アシュリーはぎゅっと抱きしめた。
「……いやいや」
彼女は首をかぶり振った。四耳族相手に、誰が同情するかと。救出したのは彼女だが。
「白魔女は未だ、逃亡中だ!逃すな!」
城中のいたるところで、逃げたアシュリーの捜索がなされていた。彼らは必死だった。あの暴君のお気に入りを逃がしてしまったのだ。事態は深刻なのだと。
「見つけだせ!我々の首が飛びかねない―」
「……伝令だ。『気が変わった。今は好きにさせる』と」
「は、はああああ?……はあああああ」
最初はいつもの気まぐれか、からの。首はつながった、その安心もあっての息吐きだった。
「……あいつなら、きっと」
幻聴が聞こえてくるようだ。
―居場所が無い白魔女だ。いずれ、戻ってくるだろう。
アシュリーは唇を噛み締めた。
アシュリーは少年を引きずるように抱え、人目のつかない場所まで移動していた。裏通りから続く、廃墟の街だった。人が住んでいる気配はあるが、皆、関心を抱いている余裕はないようだ。
「……疲れた」
アシュリーは限界を迎えていた。彼女は世界を見てきた。そして、世界が迎えた結末が、受け入れた結果が、四耳族の横暴を許す世界だ。
アシュリーは何もかも疲れていた。その要因を考えることすらも。
もう、疲れきってしまっていた。
「……帰ろう」
アシュリーが思い浮かべたのは、清浄なる隠れ里だった。自身の故郷だ。
誰かと関わることのない、傷つくこともない世界。
寂しいと思うには、アシュリーは人に辛い思いをさせられ過ぎていた。
「……仕方なく、だから」
腕の中で苦しむ、四耳族の少年に向けた。
「治療だけはさせて。あとは、あんたの好きに。……ううん、さっさと追い出してやるんだから」
吐き捨てるかのようにいうと、アシュリーは手をかざした。故郷につながる白い扉が現れる。
長い旅を終え、アシュリーは穏やかな場所へと帰っていく―。
ここいらでアシュリーの旅は一旦ストップとなります。